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    字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が、字幕ほにゃくハリ「ぐ~ちゃん」とともに書くドイツ映画日記

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2011/08/14(Sun)

アナトミー

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『アナトミー』(原題:Anatomie、2000年)
Stefan Ruzowitzky(シュテファン・ルツォヴィツキー)監督
Franka Potente(フランカ・ポテンテ)パウラ・ヘニング
Benno Fürmann(ベンノ・フュアマン)ハイン
Sebastian Blomberg(ゼバスティアン・ブロムベルク)カスパー

 医学生パウラ・ヘニングは、名門ハイデルベルク大学の解剖学講座に合格。実家の小さな医院を継ぐのではなく、祖父のような偉大な医学者になりたいパウラは、期待に胸を膨らませながらハイデルベルクへと向かうのでした。そこで医学生のカスパーやグレーチェン、ハインたちと知り合います。皆、グロムベック教授率いる解剖学教室の一員となることを夢見て、難しい試験を突破してきた優秀な学生でした。
 解剖の実習で、パウラはある男性の死体に疑問を抱きます。献体として横たわる死体は、ハイデルベルクに来る途中で知り合った男性だったのです。その血液はゴム状に凝固していました。足首には刻印されたAAAという文字が。「アンチ・ヒポクラテス連盟」です。中世に設立され、患者の命を救うことより研究を優先させるという秘密結社でした。この結社がハイデルベルクでひそかに活動を続けているとにらんだパウラは追跡を始めます。パウラが死体から採取しておいた組織からは「プロミダール」という物質も検出されます。本来は剥製を作るための薬品でした。彼らは血液や組織を凝固させることで人間を生きたまま解剖し、標本を作製していたのです。
 そのうち、奔放な女子医学生グレーチェンが行方をくらまします。そして「アンチ・ヒポクラテス連盟」の正体を暴こうとするパウラの前に、ハインが立ちはだかるのでした…

*****************************

 2006年に「ヒトラーの贋札」でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したオーストリア人のシュテファン・ルツォヴィツキー監督が2000年に制作した「アナトミー」。医学界を舞台に繰り広げられるサスペンスです。「生きたまま解剖する」という発想がグロテスク。解剖の最中に流れる明るいBGMが逆に不気味。主役のパウラを演じたのは、「ラン・ローラ・ラン」で赤い髪を振り乱して走りまくったフランカ・ポテンテ。その後ハリウッドにも進出して話題になったのですが、最近はあまり活躍が聞こえてきませんね…。元気にしているのかしら。長い歴史を誇る名門大学の医学部、しかも解剖学。「白い巨塔」の中でも最も秘密めいた(?)ところが物語の舞台です。患者の命を救うことが医者の本分。だけどいつしかその任務を忘れ、手柄を立てたい、名前を残したい、研究の成果を上げるためめなら人命の犠牲もやむなし、となってしまうのは洋の東西を問わずありがちなこと。周囲の反対を押し切って無謀な手術を強行したり、安全性が確認されていない薬品を投与したり、といったことはよく聞きますもんね。「人体実験」という忌まわしい言葉も歴史にはつきまといます…。本作はホラー的な要素が満載ですが(人体の標本がグロい)、扱うテーマは決して荒唐無稽ではなく、よ~く考えてみると普遍的だったりします。

 今回、この日記を書こうと思って久しぶりに「アナトミー」のDVDを見てみました。ハイン役を演じたベンノ・フュアマン(「フユルマン」とよく書かれていますが、私はあくまでも「フュアマン」と原音に近い表記をしたいです)ってハマリ役ですね…。古い例えですが「冬彦さん」的アブなさがあるような。優秀な頭脳を持ちながら、精神が健全じゃないといった感じ。何かに取り憑かれたような表情でメスを握っているのですから、ホントに怖い。wiki によると、ベンノ君は15歳で両親を失い、17歳のときには肝試しで「S-Bahn-Surfen(トレイン・サーフィン、走行中の電車の外側につかまること)」をやらかして大けがを負ったそうです。むむむ~。

 カスパーという、ちょっとビミョ~な学生役を演じたのは、ゼバスティアン・ブロムベルク。私事で恐縮ですが、この俳優さんが結構好きだったりします。顔が濃いし、粘着質な感じがするのですが、その演技になぜだか惹かれちゃいます^^;すみません、これは決して一般論ではなく、私の個人的な印象なので忘れてください。

 この作品を初めて見たときも、「なかなか凝った映画を撮る監督さんだな~」と思ったのですが、その後「ヒトラーの贋札」アカデミー賞を受賞したこともあり、今後の活躍がますます楽しみです。

      アナトミー

↓ 本国の予告編です
     
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2011/08/07(Sun)

4分間のピアニスト

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『4分間のピアニスト』(原題:Vier Minuten、2006年)
Chris Kraus (クリス・クラウス)監督
Monica Bleibtreu(モニカ・ブライプトロイ)トラウデ・クリューガー
Hannah Herzsprung(ハンナー・ヘルツシュプルング)ジェニー・フォン・レーベン
Jasmin Tabatabai(ヤスミン・タバタバイ)アイゼ
Vadim Glowna(ヴァディム・グロヴナ)ジェニーの父
公式サイト(日本語)

 トラウデ・クリューガーは老いたピアノ教師。刑務所で受刑囚にピアノを教えています。ジェニー・フォン・レーベンも教え子の一人。類まれなる才能の持ち主ではあるものの、殺人罪で服役中の身でした。忌まわしい過去がトラウマとなり、極度の人間不信に陥ったジェニーは、固く心を閉ざしています。クリューガーはそんな彼女の才能を見抜き、周囲の反対を押し切って彼女をコンクールに出場させようとします。クリューガーもまた、戦時中に最愛の人を失い、ピアノの才能に恵まれながらもそれを生かすすべもなく、心に傷を負って孤独に生きている一人だったのです。

 ジェニーに正統派の演奏法を教え込もうとするクリューガー。愛を知らずに育ったジェニーはクリューガーの教えを素直に受けることができません。たびたび癇癪を起こしては人を傷つけ、問題を起こします。それでも根気強くピアノを指導するクリューガーに、ジェニーは少しずつ心を開いていくのでした。

 しかし、ジェニーに手を焼く刑務官たちはコンクールの決勝を目前にした彼女にピアノを禁止してしまいます。ジェニーの才能を信じるクリューガーは、オペラ座で4分間の演奏をさせるべく、驚くべき行動に出るのでした…

************************************

 ジェニーを演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これがスクリーンデビューなんだそうです。それまでもテレビなどには端役で出ていたそうですが、あまり目立った存在ではなかったとのこと。でも、その話が信じられないほど卓越した演技力を見せています。童顔なだけに、突然「ブチ切れる」エキセントリックさがよく出ていたと思いました。本国HPによると、役作りのために数か月にわたってピアノのレッスンを受け、ボクシングのトレーニングも3ヶ月間続けたそうです。確かに演奏中、背中の筋肉が際立っていました。あれはトレーニングの賜物なんですね。インタビューで打ち明けていましたが、オーディションに合格したいあまり、「ピアノが弾けます」と言ってしまったと。監督も、てっきりピアノが弾けるものと思い込んでいたそうで、「実は弾けない」ことが分かったとたん、ガーン!となったらしいです…。

 老いたピアノ教師を演じたのは、故モニカ・ブライプトロイ。あのモーリッツ・ブライプトロイのママなのでありました。撮影当時は60過ぎだったはずですが、80歳くらいの老女を見事に演じていました。顔に深く刻まれたしわと丸まった背中が老教師の悲しく過酷な人生を物語っているようです。本国のHPによると、非常に手間のかかる特殊メイクを施したんだそうです。でも、あのオーラはメイクの効果だけではなく、演技力のなせる業なのだと思います。普段の写真とは全く違う姿に、女優とはかくあるべきだと思いました。

 ジェニーと同じ刑務所に収容されている受刑囚を演じたのはヤスミン・タバタバイ。イラン人とドイツ人の両親を持ち、「バンディッツ」で一躍有名になりました。美人というわけではないのですが、荒んだ少女を演じさせるとピカイチという気がするのは私の偏見でしょうか。そういえば「バンディッツ」でも受刑囚役でした。余談ですが、プライベートのパートナーは「GSG9」のコニー役で人気者となった(らしい)アンドレアス・ピーチュマンです。(GSG9は未見でして…すみません)

 ドイツ映画らしい、重いテーマではありますが、随所に「クスッ」と笑える演出も織り交ぜてあります。クリューガーが着るハメになるTシャツの柄に、それが「日独共通の下ネタ」であることを確認。一人で感動してしまいました。刑務官の娘が登場しますが、その女の子がとっても可愛い。その愛らしい女の子にクリューガーが厳しく言い放つ言葉「Kannst du knicksen?(←このままのセリフじゃなかったかもしれませんが、これに近かったと思います。knicksen は、膝をかがめてお辞儀することですよね。欧米の淑女がよくやるような。「あなた、お辞儀はきちんとできるの?」といった意味です)が、様々な意味を持っております。

 公式HPのトレーラーにも映っていますが、ジェニーがピアノを弾くシーンが圧巻。ジェニーの人並み外れた才能が伝わってきます。テーマが重いだけに、後味は「あ~面白かった♪スッキリ♪♪」といったものではないのですが、私は個人的にはこういう重い映画が好きです。ジェニーはクリューガー教師に心を少しずつ開いていくわけですが、「あなたに対し、個人的な関心はありません、私が愛しているのは音楽だけ」と言い切るクリューガーにも明らかに感情の変化が芽生えています。その経過が様々な形で表現されていて、好感が持てる映画だと思いました。
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2011/08/04(Thu)

ドレスデン、運命の日

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『ドレスデン、運命の日』(原題:Dresden、2006年)
Roland Suso Richter(ローラント・ズゾ・リヒター)監督
Felicitas Woll(フェリシタス・ヴォル)アンナ
Benjamin Sadler(ベンヤミン・ザートラー)アレクサンダー
John Light(ジョン・ライト)ロバート

 時は1945年早春、敗戦の色が濃くなったドイツ。美しい古都ドレスデンで暮らすアンナは、父が院長を務める病院に看護師として勤務し、負傷兵の手当に明け暮れていました。妹はナチ信奉者、精神が不安定な母は薬に頼っておりました。そんなアンナに医師アレクサンダーが求婚します。有能な医師との結婚は父が望む縁組みでもありました。

 ある日、イギリス軍の爆撃機が撃墜されます。瀕死の重傷を負ったイギリス兵ロバートは命からがら逃げ出し、アンナの病院に隠れます。地下に潜んでいたロバートを見つけたアンナは傷の手当を行い、彼をかくまうのでした。強引なロバートに惹かれるアンナでしたが、彼女にはアレクサンダーという婚約者がいました。

 一方、敗戦の色が濃厚と踏んだ父はモルヒネを不正に蓄え、横流しを企てていました。一家でスイスへ逃亡しようとしていたのです。そんな父や、結婚相手アレクサンダーの別の顔に失望したアンナは、ロバートと逃亡しようと心に決めます。ところがその晩、連合軍の爆撃機がドレスデンへ向かっていました。3回に分けて行われた空爆により、ザクセンの美しき都は壊滅的な被害を受けることとなったのです…

************************************

「トンネル」で有名なローラント・ズゾ・リヒター監督が手がけた作品です。ドイツでは2006年の3月に2夜連続で放映されました。日本で公開されたのは、2話合計180分を145分に編集し直したバージョンです。第二次大戦を引き起こし、ホロコーストなど非人間的な行為を行ったという過去を持つドイツは、長らく自国の被害を語ることをタブー視してきました。ドレスデンの空襲についても、ドイツで語られるようになったのは2002年ごろからだとのこと(柳原伸洋氏の講演「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」より)。2004年公開の「ヒトラー 最期の12日間(原題:Der Untergang)」でも、等身大のヒトラーやベルリンの被害を描くことに賛否両論だったと聞きます。この「ドレスデン 運命の一日」も、この時点で描けるギリギリだったのかと思います(←あくまでもワタシの個人的意見です)。

 先日、あるドキュメンタリー番組を見る貴重な機会がありました。ドイツで同時期に同じ局(ZDF、ドイツ第2テレビ)で制作されたテレビ向けドキュメンタリー「Das Drama von Dresden (直訳:ドレスデンのドラマ)」です。ドレスデンの空襲を体験した人たちの生々しい証言で構成された貴重な記録でした。その証言は、この「ドレスデン 運命の日」で描かれたシーンと一致します。燃えさかる炎の中で右往左往する人々、発生した「火炎旋風」に吸い込まれる犠牲者、地下の避難場所で避難を拒否されるユダヤ人、絶望の中で祈り続ける敬虔な信者たち。おそらくリヒター監督は制作にあたり、多くの体験者の証言を聞いたのでしょう。主観をまじえず、できるだけ忠実に当時を映像化する目的で、数多くの証言をそのまま盛り込んだのではないでしょうか(これも私が抱いた個人的な印象です)。また、本作の批評には「メロドラマすぎる」という意見も見られます。確かに、戦乱の中でのドイツ人の看護師とイギリス兵のラブロマンスというのは、少々「できすぎ」感があります。しかし、できるだけ多くの史実を盛り込み、周辺国に配慮し、長い時をかけて進めてきた「和解」の雰囲気に水を差すことなくテレビという影響力の大きなメディアで放映する必要があった。そんな背景を考えると、制作側の苦労が理解できるような気がします。ちょうど前年に、「和解」の象徴である聖母教会の再建が完成したばかりでしたし。そう考えると、決して陳腐なメロドラマとは思えなくなります。

      (ドイツで放映されたドキュメンタリーです↓)
      510WRTY6P5L.jpg

(都市空襲研究会の講演会「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」にて講師の柳原伸洋さんから貴重なお話を伺いました。改めて御礼申し上げます。)

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2011/07/29(Fri)

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

白バラ1

『白バラの祈り ゾフィ・ショル、最期の日々』(原題:Sophie Scholl - Die letzten Tage、2005年)
Marc Rothemund(マーク・ローテムント)監督
Julia Jentsch(ユリア・イェンチ)ゾフィー・ショル
Fabian Hinrichs(ファビアン・ヒンリヒス)ハンス・ショル
André Hennicke(アンドレ・ヘンニッケ)ローラント・フライスラー

 ゾフィー・ショルはミュンヘン大学の学生。兄のハンスたちとともに反政府組織「白バラ」を結成し、地下活動を行っていました。ナチ政権に反対し、戦争の早期終結とサボタージュを訴えるビラを刷っては密かに郵送していたのです。ところが大学構内でビラをまこうとしているところをゲシュタポに見つかり、身柄を確保されてしまいます。1943年2月18日のことでした。最初はシラを切っていた2人でしたが、家から郵送用の切手やビラの草案、仲間とやりとりした手紙が見つかり、動かぬ証拠となってしまいます。

 彼らを裁くのは悪名高いローラント・フライスラー判事。高圧的な態度で一方的に断罪することで知られていました。21歳のゾフィーは毅然とした態度で法廷に立ち、たった1人で立ち向かうのでした…。

***********************

 本作は史実を映画化したものです。allcinemaによりますと、90年代に東ドイツで新たに見つかった尋問資料を軸に当時を忠実に再現したとのこと。わずか21歳の女性が毅然とした態度で正義を訴える様子が胸を打ちます。
公式HP(ドイツ語)

<おまけ>
ゾフィーたちを裁いたフライスラー判事は、その高圧的な手法で有名です。ご参考までに、どんな人物だったかご紹介いたしますね。

『フライスラー:1893-1945、1942年から45年まで、ベルリンの民族裁判所(Volksgerichthof*)長官。また、ユダヤ人虐殺のシナリオを練った42年のヴァンゼー会議出席者の1人としても知られている。フライスラーは法律家の資格を取得し、やがてロシアで捕虜を体験、1925年にナチ党に入党する。その後、ヒトラーお気に入りの法執行者となり、43年に「白バラ運動」のショル兄妹、そして翌年のヒトラー暗殺未遂事件関与者を裁いた。彼が裁くベルリンでの公判の模様が映画に収められているが、それには大声でがなり立て、死の宣告前の囚人に対する計算し尽くされた精神的虐待を加える彼の様子が映し出されている。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より一部引用)
*民族裁判所:1934年に設置され、政治犯などを扱ったナチ政権下の特別法廷。(小学館独和大辞典より)

『フライスラーは真赤な法服をまとって登場し、ほとんど1人で審理を進めた。怒鳴り散らすかと思うと長広舌をぶち、被告の発言を思うままにさえぎった。とくに被告が反ナチ行動に出た動機を説明しようとすると、揚げ足をとり、皮肉を浴びせ、ついには発言を禁じた。現代の感覚でいう裁判とは似ても似つかぬもので、ひっきょうナチズム礼讃の茶番にすぎなかった』『被告たちを次々と容赦なく処刑場におくりこんでいたフライスラー自身に、運命の鉄槌がしのび寄っていたことを本人は、知るべくもなかった。45年2月3日の午後、シュラーブレンドルフに対する公判が始まろうとしたところで、空襲警報のサイレンが鳴り響き、判事、検事、被告ともぞろぞろ地下室に避難した。その直後、人民裁判所の建物が直撃弾に見舞われ、フライスラーは落ちてきた地下室の梁の下敷きになって瀕死の重傷を負い、すぐ病院に担ぎ込まれたが、死んでしまったのである』(以上、中公新書「ヒトラー暗殺計画」小林正文著 より引用)


裁判を行うフライスラーの映像

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2011/07/28(Thu)

アイガー北壁

アイガー北壁

『アイガー北壁』(原題:Nordwand, 2008年)
Philipp Stölzl (フィリップ・シュテルツル) 監督
Benno Fürmann (ベンノ・フュアマン) トニー・クルツ役
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) アンディ・ヒンターシュトイサー役
Johanna Wokalek (ヨハンナ・ヴォカレク) ルイーゼ役
Ulrich Tukur (ウルリッヒ・トゥクル) アーラウ役
公式HP(日本語)

 トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは優秀な登山家として知られた存在でした。時は1936年。ナチ政権はドイツ民族の優秀性を世界に示すべく、アイガー北壁の初登頂をドイツ人クライマーに達成させようとしていました。初登頂者には同年に開催予定のベルリンオリンピックで金メダルを授与すると発表。しかしそのアイガー北壁 (Nordwand) は“殺人の(Mordwand) 壁”と怖れられたルートで、その前年には有名な登山家が2名死亡した“最後の難所”でした。

 駆け出しの新聞記者ルイーゼは、この2人と同郷だということで抜擢され、彼らを取材することになりました。アイガーへの挑戦を勧めるルイーゼ。トニーは躊躇するものの、人跡未踏の地に足を踏み入れたいと思うのは登山家として自然な気持ちでした。結局、2人は北壁の登頂を目指します。

 現地へ向かうと、ふもとでテントを張るオーストリア人の登山家に出会います。彼らもまた、初登頂を狙っていたのでした。彼らに負けじと、トニーとアンディは夜中に出発します。登攀開始直後は順調に進みました。アンディはザイルを使って壁を横断。そのルートは後に“ヒンターシュトイサー・トラバースと命名されます。ところが後を追いかけるオーストリア人の1人が落石から頭部を負傷、登攀が困難となります。やがて天候も悪化。彼らは合流し、登頂をあきらめて下山することにします。しかし天候は回復せず、状況は困難になる一方。そして悲劇が起こるのでした…

***********************************

アイガー北壁の初登頂にまつわる悲劇をシュテルツル監督が映画化したものです。戦前、ドイツには「山岳映画(Bergfilm)」という固有のジャンルがあり、人気を博していました。飛行機を使ってアルプスを撮影したり、雄大で時に厳しい自然をカメラに収めるなど、様々な手法を確立したアーノルト・ファンク監督やルイス・トレンカー監督は「山岳映画の巨匠」と呼ばれ、一時代を築きました。しかしそういった山岳映画がナチの国威発揚に利用された経緯から、戦後はタブー視されるようになったと言います。その山岳映画をもう一度、新たな視点から撮り直そうというのが、シュテルツル監督の試みでした。

 しかし本作の撮影には莫大な費用と手間がかかったそうで、監督も来日時の舞台挨拶で「当分、山はカンベン」と言っていました。ヘリを飛ばすにも巨額のコストがかかるそうです。せっかくヘリを手配したのに、その日の気温が上がって雪崩の危険があるため、撮影中止になったこともあったそうです。ヘリ代がパア。さんさんと太陽が降り注ぐ中、うなだれてベンチに腰掛けていた~云々といったこともインタビューで答えていました。そこまでの思いをしながら撮影しただけあって、映像はとてもリアル。当時の貧弱な装備にも驚かされます。新素材を駆使した装備が当たり前の今と違い、すべてが綿や麻、ウールといった天然素材。登攀に欠かせないハーケンやアイゼンなどの登山用具も手作りでした。見ているだけで寒くなるリアリティです。
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2011/07/27(Wed)

吸血鬼ノスフェラトゥ

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『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (原題:Nosferatu, eine Symphonie des Grauens、1922年)

Friedrich Wilhelm Murnau (フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ)監督
JOFA Atelier (ヨファ撮影所) 制作
Max Schreck (マックス・シュレック) オルロック伯爵
Alexander Granach (アレクサンダー・グラナッハ) 不動産業者クノック
Gustav von Wangenheim (グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム)フッター

 時は1838年。ヴィスボルクという町に暮らすフッターは美しい妻エレンと幸せに暮らしていました。不動産業者クノックは自分の下で働くフッターに言います。「トランシルヴァニアのオルロック伯爵が、古くて荒涼とした屋敷を探しておられる。お前の家の向かいにある家をお薦めしろ」と。早速、フッターは伯爵と会うべく、トランシルヴァニアへ馬車で向かいます。そこは亡霊が出るとの噂が絶えない地でした。
 トランシルヴァニアに近づくと、馬車の御者は逃げ出してしまいます。地元の住民ですら近づかない呪われた地なのでした。フッターは迎えの馬車に乗り、伯爵の城へと向かうのでした。
 城で夜を過ごすにつれ、フッターも異変に気がつきます。首に何かの刺し跡が残っていたのです。危険を察したフッターは急いで逃げ出します。一方、伯爵もいかだを使い、ヴィスボルクへと向かっていたのでした。町では疫病が流行り始め、人々は次々と死んでいきました。そして夫を待つエレンに吸血鬼の魔の手が…

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「メトロポリス」のフリッツ・ラング監督と並び称されるサイレント映画の巨匠、F.W.ムルナウ監督の吸血鬼映画です。ホラー映画の原点とも言われているそうです。有名な「吸血鬼ドラキュラ(ブラム・ストーカー作)」を映画化する予定だったそうですが、著作権の取り扱いについて折り合いがつかず、ムルナウは登場人物の名前やタイトルを変えて制作したと言われています。(たとえば、ドラキュラ伯爵 → オルロック伯爵、という風に。) しかし原作者側は納得せず、著作権について制作後も双方が争う事態になりました。

 他のサイレント作品と同様、本作もオリジナルのプリントは紛失。復元に多くの手間がかかったそうです。残っていたフランス語版や、海外のアーカイブに保存されていたコピーを基に復元されたのこと。挿入される字幕(インタータイトル)もアーカイブに残されていたコピーや資料を基に、新しく作り直すなどして完成させたそうです。

 光と影を駆使した構図が当時としては斬新。1929年にはアメリカでも公開されました。伯爵が目をつけた建物はリューベックの塩の倉庫で撮影されたそうです。ひたひたと迫ってくる吸血鬼オルロック伯爵の影は確かに恐ろしい。大写しになった伯爵の顔は、ちょっぴりユーモラスではありますが…。なお、コチラのサイトでは、様々なバージョンの DVD ジャケットが見られます。元祖ホラー映画は、やっぱり人気なんですね。

参考サイト Filmportal(ドイツ語)

    のすふぇらとぅ2
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2011/07/25(Mon)

みえない雲

       みえない雲1

『みえない雲』 (原題:Die Wolke、2006年)
Gudrun Pansewang (グードゥルン・パウゼヴァング)原作
Gregor Schnitzler (グレゴアー・シュニッツラー)監督
Marco Kreuzpaintner (マルコ・クロイツパイントナー)脚本
Paula Kalenberg (パウラ・カレンベルク) ハンナ
Franz Dinda (フランツ・ディンダ) エルマー
映画情報サイト(ドイツ語)

 ハンナは、どこにでもいるごく普通の高校生。幼い弟ウリーと母親の3人で幸せな生活を送っていました。あるとき、前から気になっていた男子生徒エルマーに誘い出されました。突然のキスにとまどっているうちに校内のサイレンが鳴ります。近くの原子力発電所で事故が発生し、放射線が漏れ出したことを知らせる警報でした。慌てて家に帰る生徒たち。ハンナが自宅に戻ると、弟も家に帰っていました。出張中の母から電話が入りますが、通話は途中で切れてしまいます。母の身を案じつつ、エルマーが迎えに来てくれるのを待つハンナでした。

 しかしラジオの報道を聴いたハンナは、自転車で避難することに決めます。町は逃げだそうとする人であふれていました。ところが避難中、弟のウリーが交通事故に遭います。呆然とするハンナ。すぐそばまで、放射線を含んだ雲が迫っていました。雨に打たれたハンナは病院に担ぎ込まれたものの、被曝による重い後遺症に苦しむのでした。体の不調だけでなく、差別という見えない後遺症にも。

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 この映画が公開されたときは、まさか似た事故が日本でも起きるとは思ってもいませんでした。監督がインタビューで言っていました。「日本にはこれだけたくさんの原発があるのに、なぜ無関心でいられるんだろう?」 その言葉が、今になって重くのしかかります…。ハンナを演じたパウラ・カレンベルクさんは、チェルノブイリ事故が起きた86年生まれ。来日時のインタビューで片方の肺がなく、心臓に穴が開いていたという衝撃の告白を行います。事故と関連があるかどうかは不明ですが。(役作りで頭髪をすべて剃った彼女でしたが、来日時は髪も伸びていました。舞台挨拶を見たのですが、とってもかわいらしい女性でした。)最初こそ牧歌的な雰囲気の中、ほのぼのとしたムードで物語は進行していくのですが、中盤~後半は重苦しいです。ただ、そんな中でも主人公がけなげかつ前向きでいるのが救いです。

 本作は同名の小説を映画化したものです。86年に起きたチェルノブイリ事故で深刻な被害を受けたドイツは、原発に対する意識が高い国です。この映画が公開された頃、原発事故を「他人事」と思っていた自分が恥ずかしいです…。

         みえない雲2

         小学館文庫「みえない雲」
         グードルン・パウゼヴァング 原作
         高田ゆみ子 訳
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2011/07/25(Mon)

ビヨンド・サイレンス

           ビヨンド・サイレンス1

『ビヨンド・サイレンス』 (原題:Jenseits der Stille、1996年)
Caroline Link (カロリーネ・リンク)脚本・監督
Sylvie Tastud (シルヴィー・テステュー)ララ
Tatjana Trieb (タティヤナ・トリープ)子供時代のララ

 聾唖者の両親を持つララは、美しい自然に囲まれた環境でのんびり暮らす少女。手話を使って両親の通訳をしています。そんなララの憧れは、クラリネット奏者の叔母クラリッサ。自信にあふれた美しい女性でした。クラリッサがプレゼントしてくれたクラリネットにララも夢中になります。ところが娘が奏でる音楽を聴くことができない父親は、演奏に夢中になるララに一抹の寂しさを覚えるのでした。明るく前向きな母が、そんなララの理解者でした。成長したララは音楽の道に進もうと決心し、父の猛反対を押し切ってベルリンのクラリッサの元へ行きます。音大受験に備え、クラリネット漬けの夏休みを過ごすためでした。そこで聾唖学校の教師トムと知り合います。トムとの出会いに胸をときめかせるララに、訃報が飛び込んできたのでした…

********************************

カロリーネ・リンク監督が手がけた最初の長編映画で、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた作品です。リンク監督は人物描写がとても上手だと毎回思います。刻々と変化する心情や、成長していく過程などが丁寧に描かれています。決して押しつけの感動ではなく、自然と感情移入できてしまうのです。そんな作品作りに長けている監督です。子供の頃のララを演じた少女の演技が圧巻。子役にありがちな、こまっしゃくれたところがなく、とても好感が持てるのです。お茶目で魅力的な母を演じた女優はフランス人女優。屈折いていてちょっと気難しいけれど、人一倍家族を愛する父親を演じた俳優はアメリカ人。どちらも聴覚障害をお持ちです。インタビューによると、フランスやアメリカの手話はドイツの手話と異なるとのこと。撮影のためにドイツの手話を学び直したとの話でした。美しい田園風景、しんしんと雪が降り積もるクリスマスの夜、垢抜けて都会的な叔母の暮らしぶり。どれをとっても絵になるのです。そんな中で成長していくララの姿は頼もしくもあり、切なくもあり。名作です!!!

<おまけ>
本編中に流れるクラリネットの響きがとても印象的。音楽を手がけたのは、ニキ・ライザーという作曲家。リンク監督の作品のほかにもドイツの映画音楽を多く手がけている音楽家です。

   ビヨンドサイレンス2
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2011/07/24(Sun)

ヒトラーの贋札

ヒトラーの贋札

『ヒトラーの贋札』(原題:Die Fälscher、2007年公開、オーストリア映画)
Stefan Ruzowitzky (シュテファン・ルツォヴィツキー)脚本、監督
Karl Markovics (カール・マルコヴィッチ) サロモン・ソロヴィッチ
August Diehl (アウグスト・ディール) アドルフ・ブルガー
第80回アカデミー賞外国語映画賞受賞作
公式HP

<簡単なあらすじ>
 ユダヤ人のサリーは天才的な腕を持つ印刷工。その技術を生かして偽札や偽造パスを作り、その名を世界に知らしめていました。しかしそんなサリーもお縄となり、強制収容所送りとなります。そしてほかのユダヤ人収容者と同様、過酷な労働を強いられ、仲間が次々と死んでいく中で屈辱と恐怖の日々を送っていました。ところがある日突然、ザクセンハウゼン収容所に移送されます。偽札を流通させることで敵国の経済に打撃を与えようとする「ベルンハルト作戦」のためでした。

 同じ印刷工の収容者ブルガーはサボタージュや団結をサリーたちに呼びかけ、ナチスに抵抗しようと試みますが、サリーはおとなしく偽札を作ることで少しでも生き延びる道を選びます。彼らが収容所内の作業所で作ったポンド紙幣は見事イギリスの銀行の検査をすり抜け、その精巧さを証明することになります。次に作るのはドル紙幣。ところがブルガーのサボタージュにより、なかなか完成に至らないまま時が過ぎていきました。

 完成を急ぐナチス側はサリーたち印刷工に圧力をかけるようになります。サボタージュを続けるブルガーに賛同できないサリーでしたが、正義を全うしようとする彼の主張に多少なりとも共感を覚えるのでした。結核を患う若いユダヤ人収容者コーリャを気遣い、ほかの収容者とも仲間意識が芽生え、サリーは自分だけ生き残ればよいとは思えなくなります。しかし運命は過酷でした…

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 監督は「アナトミー」「アナトミー2」などで知られるシュテファン・ルツォヴィツキー。この監督はドイツ人ではなく、オーストリア人です。主人公サリーを演じたのはオーストリアの人気俳優カール・マルコヴィッチ。国民的な人気刑事ドラマ「Kommissar Rex(邦題:REX~ウィーン警察シェパード警察犬)」の刑事役で一躍人気者に。ブルガーを演じたのはドイツの人気若手俳優アウグスト・ディール。ちょっと神経質かつ繊細で、気難しい若者を演じさせればピカイチではないかと思います。親衛隊将校を演じたのは、「イェラ」「厨房で逢いましょう」でも出演したデーヴィト・シュトリーゾフ。この人も最近、よく見かけるような気がします。

  なお、ブルガーは実在の人物をモデルにしています。お年は90を超えるそうですが、ご健在とのこと。妻がアウシュヴィッツで死んだのは自分のせいだとの自責の念にかられ、過去の呪縛から立ち直るのに40年を要したとのこと。高齢ながら来日も果たし、語り部としての責務を果たすべく、日本でも自らの経験を語ったそうです。ナチは敗戦直前に大量の偽ポンド紙幣を湖に沈めました。この紙幣は1959年に発見され、2000年に引き上げられたとのことです。
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2011/07/24(Sun)

メトロポリス

メトロポリス1

『メトロポリス』 (原題:Metropolis 1926年制作、1927年公開)
Fritz Lang (フリッツ・ラング)監督
Thea von Harbou (テア・フォン・ハルボウ)脚本
Brigitte Helm (ブリギッテ・ヘルム) マリア/アンドロイド役
Gustav Fröhlich (グスタフ・フレーリッヒ) フレーダー役

 時は2026年。舞台は高度に発展した未来都市「メトロポリス」。楽園のように華やかで何不自由ない生活を享受する支配者階級の陰で、労働者たちは地下に追いやられ、苦しい生活を強いられていた。大資本家の息子、フレーダーは貧しい子供たちの面倒をみるマリアという美しい女性と出会う。彼女を追って地下都市へ足を踏み入れたフレーダーは貧富の差に驚き、何とか労働者たちを救おうとする。一方、ロートヴァングという名の科学者がマリアに似せた美しいアンドロイドの制作に成功する。アンドロイドは地下都市へ潜入し、労働者をあおるのだった。権利に目覚めた労働者たちは立ち上がる。一方、機械で制御された都市の中枢部が暴走し始め、制御不能に陥る。メトロポリスが水没する危機が迫っていた…。

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 20年代に制作されたとは思えないほど斬新な作品です。SF映画の原点にして頂点であるとも言われ、その完成度の高さには驚かされます。当時の世相を反映してか、「資本家と労働者の対立」が1つのテーマとなっております。映像からも分かるとおり、未来都市の描写は見事!の一言。高層ビルの合間を走る「ゆりかもめ」のような交通手段も見えます。また、アンドロイドを完成させるシーンも斬新。今でも通用しそうです。出来上がったアンドロイドの美しいこと…!莫大な予算をかけて制作されただけのことはあります。CGのない時代に、よくここまでのものを作ることができたと、感心せずにはいられません。なお、途中で歓楽街「ヨシワラ」が出てきます。この頃から有名だったんですね、ヨシワラ。スケスケのセクシードレスで怪しく踊るマリアの映像も挿入され、男性の視聴者にサービス。こんな映像も当時としては斬新だったのではないかと思われます。

メトロポリス2


 労働者が立ち上がるというストーリーがアメリカでは敬遠され、アメリカ版は大幅に削除・編集されたそうです。なにしろ、作品のキャッチフレーズが「頭脳と手の仲介者は心でなくてはならない」ですから社会主義的なにおいがぷんぷん。その後、第二次大戦が始まったこともあり、現存するプリントは多くの部分が欠けています。欠損部分は完全には復元されていないため、話が飛んでしまったように思われる所もあります。しかし朗報も。2008年にはブエノスアイレスで新たに16mmフィルムが見つかり、ほぼ完全な形であることが判明。2010年まで復元作業が行われたとのこと。さらに長くなった新しい2010年バージョンが2011年にドイツで公開されたんだそうです。Metropolis 2010

 監督のフリッツ・ラングはユダヤ系ということで、ナチによる迫害を怖れてアメリカへ移住しました。その後もハリウッドで映画を撮っています。(ただし、ナチのプロパガンダ映画を作るようゲッベルス宣伝相に迫られたその日にパリ経由で逃亡したとう美談は作り話だったということが、最近の研究で分かった模様。「ナチ娯楽映画の世界(瀬川裕司著)」によると、『ヒトラー政権に対して彼の側から積極的に売り込みをしてまで作家生活の延命を図っていたという事実が確認されている(以上、引用終わり)』んだそうです。でも、時代が時代ですから仕方ないですよね。)

参考サイト 映画保存協会「増幅する『メトロポリス』に関するノート」 Filmportal(ドイツ語)

       メトロポリス3
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2011/07/23(Sat)

カリガリ博士の小屋 ~ ドイツ表現主義

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『カリガリ博士の小屋』  (1919年)
Das Kabinett des Dr. Caligari
Robert Wiene (ローベルト・ヴィーネ)監督
Carl Mayer(カール・マイヤー)、Hans Janowitz(ハンス・ヤノヴィッツ)脚本
Decla-Film-Ges. Holz&Co.(デクラ映画会社)制作
Werner Krauss (ヴェルナー・クラウス)カリガリ博士
Conrad Feidt (コンラート・ファイト)夢遊病者ツェザーレ

 予言を行う夢遊病者ツェザーレを引き連れ、各地の歳の市を回って見世物小屋を開く謎の催眠術師カリガリ博士。フランシスとアランは見世物小屋を訪れます。そこでアランはツェザーレに自分の寿命を予言してもらいます。そのアランは、予言どおり翌日何者かに殺されてしまいます。博士の周囲で起きる連続殺人事件の真相は… (最後にどんでん返しがあります)

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カリガリ2

 私がこの映画を初めて見たときは、ホントに衝撃を受けました。私が知っているサイレント映画といえば、アメリカの喜劇映画。ドイツのサイレントは初めてでした。俳優は独特のメイクを施し、インタータイトル(挿入される字幕)は変わった手書きの字体、映る建物はみんなデフォルメされ、ひどく歪んでいたり、曲がっていたり…。さらにストーリーも奇々怪々。狂気の世界が繰り広げられ、おどろおどろしい雰囲気。なんじゃ~こりゃ?!

 それが「カリガリ博士の小屋」の最初の印象でした。私が衝撃を受ける80年前に世界の人がこの映画に衝撃を受けたといいます。

 第一次大戦後の1920年代、ドイツでは「Expressionismus、表現主義」と呼ばれる芸術運動が盛んになっておりました。その潮流に乗り、映画界でも新しい流れが生まれたそうです。ドイツ映画のライバルはハリウッドやフランス映画界。しかし人材の面でも予算の面でも太刀打ちできなかったとのこと。低予算で対抗するには独自色を、ということでウーファ映画会社など大手が抽象的な演出を取り入れ、独自の世界を作り始めたそうです。

 表現主義の映像は独特の雰囲気をかもし出しています。建物は幾何学的であったり ゆがんでいたり 不自然な角度であったりと、観る者を不安な気分にさせます。扱うテーマは狂気や死、怪奇現象など、おどろおどろしいものが多いそうな。よーく見ると(いや、よく見なくても)セットはチャチいのですが、とにかく薄気味悪い。ドッペルゲンガー(分身)あり、妖怪あり、怪奇現象あり。光と影を駆使した映像は美しくもあり、怪しげでもあり。

 この「カリガリ博士」に対し、最初に熱烈な拍手を送ったのはアメリカ人だったそうです。彼らは今まで、こんな雰囲気の映画を目にしたことがなかったから。ドイツ人が驚いたのは、むしろそういった反応だったそうで、慌てて第二、第三の表現主義的映画を作り始めたとか。

『戦後の世界をおおったのは破滅のムードであった。戦争、殺戮、革命、インフレ、失業、飢餓。19世紀がつくりあげた価値観は転倒し、文化の合理性、理性の尊厳はもはや通用しない。時代は狂っているし、社会は歪んでいる。人間は本能を剥き出しにして、内的な衝動のままに、破滅に向かって生きるのだ。戦争に勝った国でも、負けた国でも、革命が成功した国でも、挫折した国でも――人々はこぞって<カリガリスム>にとらわれた。「あなたはカリガリにならなければならない(Du musst Caligari werden.)映画のなかに出てくるこの不思議なタイトルが、世界中に一つの共感を呼び起こしたのである』(キネマ旬報「世界の映像作家34 ドイツ・北欧・ポーランド映画史」より引用)

 「カリガリ博士」は古い作品で著作権も切れているせいか、DVDもいろいろなバージョンが販売されているようです。YouTube でも視聴可能。英語版が多いのですが、オススメは絶対にドイツ語のオリジナルバージョン!当時のままの、手書きのインタータイトル(挿入される字幕)が不気味でよいのです。

参考サイト
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2011/07/23(Sat)

ごあいさつ

 字幕ほにゃく犬の「ありちゅん」と申します。これまでココログとエキサイトブログで細々と日記を書いてまいりましたが、このたびFC2ブログにてドイツ映画に特化したブログを書こうと思い立ちました。こちらも細々と書いていくことになると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
                 ありぐー
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