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2011/10/04(Tue)

プラーグの大学生

*ブログに載せた日記を一部変更して転載いたしました。


             519ZKXXQAEL__SL500_AA300_.jpg

『プラーグの大学生』(原題:Der Student von Prag)1913年
Stellan Rye(シュテラン・ライ)、Paul Wegener(パウル・ヴェーゲナー)監督
Hanns Heinz Ewers (ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Edgar Allan Poe (エドガー・アラン・ポー) 原作
(ドッペルゲンガーが出てくる『William Wilson』に着想を得、エーヴァースが本作の脚本を書いたと言われています)
Deutsche Bioscop GmbH(ドイツ・ビオスコープ有限会社)制作

Paul Wegener (パウル・ヴェーゲナー)バルドゥイン役
John Gottowt (ヨーン・ゴットウト)山師スカピネッリ役
Grete Berger (グレーテ・ベルガー)伯爵令嬢マルギット役

<簡単なあらすじ(ネタばれありです。すみません)>
 1820年のプラハ。貧しい学生のバルドゥインは、プラハで一番の剣の使い手でした。ある日、バルドゥインは乗馬の最中に湖に落ちた美しい伯爵令嬢を助けます。その美しさに一目惚れしたバルドゥインでしたが、無一文の彼と伯爵令嬢では、あまりにも身分が違いすぎます。かなわぬ恋でした。そんなある日、怪しげな山師スカピネッリが彼の部屋を訪れます。伯爵令嬢に近づきたいバルドゥインは、大金をちらつかせるスカピネッリと契約してしまいます。彼は「10万グルデンと引き替えに、バルドゥインの部屋にあるものは何でも渡す」という誓約書にサインをするのでした。そしてスカピネッリは約束どおり、鏡に映ったバルドゥインの姿、すなわち分身を連れ去ってしまいます。

 大金を手にしたバルドゥインは一夜にしてプラハの名士となり、喜び勇んで伯爵令嬢に近づきます。令嬢も立派な身なりのバルドゥインに惹かれるのでした。ところが幸せに浸ったのもつかの間、バルドゥインの分身が行く先々に現れて彼を苦しめます。一方、令嬢には許嫁がいました。恋人を奪われた許嫁はバルドゥインに敵意を示し、とうとう2人は決闘することになります。伯爵令嬢の父が、未来の跡取りの命だけは奪わないでほしいとバルドゥインに懇願したにもかかわらず、分身が先回りして令嬢の許嫁を殺してしまうのでした。

 「決闘の末に相手を殺した」ことからバルドゥインは人望を失い、運命の歯車が狂い始めます。彼は弁解のために令嬢のもとへ駆けつけますが、鏡に姿が映っていないことに気づいた令嬢は恐怖のあまり、失神してしまいます。分身につきまとわれ、追い詰められたバルドゥインは、自分の部屋に現れた分身を撃ち殺してしまいます。ようやく呪縛から解き放たれたと喜ぶバルドゥインでしたが、胸から血が流れていることに気づき、そのまま絶命します。忌まわしい分身を抹殺したつもりが、実は自分自身を撃ってしまったのでした…。

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 「ドイツにおける最初の芸術映画」と呼ばれるサイレント映画「プラーグの大学生(プラハの大学生)」。ドイツ映画史を調べると、必ずと言っていいほど出てくるタイトルです。残念ながら日本ではなかなか手に入らず、ドイツのアマゾンでも在庫切れ。本当はオリジナルのドイツ語バージョンで見たいところですが、それが難しそうなので、アメリカのアマゾンで英語バージョンを注文しました。ただしこのDVDは40分バージョンなので、ところどころ端折られているのが残念。当時のドイツ人が大好きだったと言われる「ドッペルゲンガー(Doppelgänger、分身)」が登場します。1913年に制作された後、1926年と1935年に別の監督、別の出演者によってリメイクされております。

 主演のパウル・ヴェーゲナーは表現主義映画として知られる「巨人ゴーレム」の監督も務めていますね。さらに、ナチのプロパガンダ映画として知られる「コルベルク」(ファイト・ハーラン監督)にも出演しました。ドイツ語のウィキによると、プロパガンダ映画に出演していた一方で、反ナチの姿勢を隠そうともせず、反体制派に資金を提供し、活動家たちを自宅にかくまっていたんだとか。山師を演じたヨーン・ゴットウトは、知る人ぞ知る「ノスフェラトゥ」でブルヴァー教授を演じた人だったんですね…。「山師」という言葉がピッタリの風貌でした。ウッヒッヒ~という笑い声が聞こえてきそうな感じ。サイレント映画の中でも初期の作品だけあり、「室内劇映画」の要素が随所に見られます。役者もスタッフも劇場関係者なので、劇場の影響が色濃く見られます。

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『Der Student von Prag』(1926年)
Henrik Galeen(ヘンリック・ガレーン)監督
Henrik Galleen(ヘンリック・ガレーン), Hanns Heinz Ewers(ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Sokal Film GmbH制作

Conrad Veidt(コンラート・ファイト)バルドゥイン役
Werner Krauss(ヴェルナー・クラウス)山師スカピネッリ役
Agnes Esterhazy(アグネス・エスターハージー)伯爵令嬢マルギット役

 こちらは1926年に制作された「プラーグの大学生」。バルドゥインを演じたコンラート・ファイトは「カリガリ博士」で夢遊病者ツェザーレを演じた俳優さんです。ツェザーレはメイクが濃かった上、ほとんど寝てばっかりだったので、同じ人だとは思えない(苦笑)。こっちの山師は「山師」というより、山高帽をかぶった「謎の男」といった雰囲気。「ウッヒッヒ~」とは決して笑わず、「フフフ…」といった不敵な表情が似合う。旧作に比べると、カメラ向けの演技も撮影方法も格段に進歩し、この間に映画が一大娯楽産業となっていったのが伝わってきます。観客も目が肥えてきていたでしょうね。完成度も高いです。よくよく考えてみると、旧作は第一次大戦前夜、帝政ドイツの時代だったんですねぇ…。一方、1926年版はワイマール共和制に移行した時期。たったの13年ですが、激動の時代だったわけですから、社会の変化は大きかったのでしょう。ナットク。

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