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    字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が、字幕ほにゃくハリ「ぐ~ちゃん」とともに書くドイツ映画日記

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2012/07/05(Thu)

暗い日曜日

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『暗い日曜日』(原題:Ein Lied von Liebe und Tod - Gloomy Sunday) 1999年、ドイツ・ハンガリー合作
Rolf Schübel (ロルフ・シューベル)監督
Erika Marozsán (エリカ・マロジャーン)イロナ・ヴァルナイ役
Joachim Król (ヨアヒム・クロール)ラズロ・サボー役
Stefano Dionisi(ステファノ・ディオニジ)アンドラーシュ・アラディ役
Ben Becker (ベン・ベッカー) ハンス・ヴィーク役

<チョ~簡単なあらすじ>
 ナチ占領下のブダペスト(ハンガリー)。ユダヤ人のラズロ・サボーは恋人のイロナとともに、高級レストランを経営しています。店の自慢はビーフロール(Roulade)。それを目当てに、裕福な客が毎日詰めかけ、店は繁盛しておりました。ピアニストを募集したところ、一番最後にやってきた青年アンドラーシュの演奏にラズロは強烈に惹かれます。既に決まっていたにもかかわらず、ラズロは彼を雇うことにしました。アンドラーシュが作曲した曲「暗い日曜日」はラズロやイロナだけでなく、客をも引きつけるのでした。そしてイロナはアンドラーシュといつしか恋仲に。一方、アンドラーシュとラズロも友人として惹かれあい、3人の奇妙な関係が始まります。

 ラズロの計らいでアンドラーシュの「暗い日曜日」はレコードとして発売されることになりました。たちまちこの曲は話題となり、ラジオでも流されるようになります。そして事件は起きました。この曲を聴いた者が、次々と自殺をするようになったのです。その事実にアンドラーシュは苦しめられます。

 かつて客として店に通い、イロナに恋をしていたドイツ人がいました。ハンス・ヴィークです。そのハンスがナチの将校としてブダペストに戻ってきます。軍服を身につけ、すっかり傲慢になったハンス。その横暴な態度に屈せざるをえなかったアンドラーシュは、「暗い日曜日」を演奏したのち、ハンスの銃を奪って自殺してしまうのでした。

 やがてユダヤ人に過酷な運命が訪れます。次々と強制収容所へ送られるのでした。ラズロも連行されてしまいます。必死でハンスに懇願するイロナでしたが、ハンスはそれを裏切ります。愛するアンドラーシュとラズロを失ったイロナ。そのお腹には新たな命が宿っていたのでした…


*******************

 これ以上はネタばれになってしまうので書けません^^; アンティークの調度品が品よく置かれたラズロのレストランやブダペストの古い街並みがとても素敵。エキゾチックな魅力にあふれたハンガリー人のヒロインが、これまた素敵で…。男性必見、生唾ゴックンの入浴シーンなどもあるのですが、とにかくスタイルがよくて同性から見てもうっとり。出るトコロはちゃ~んと出ているのに、全体的に細いゾ~みたいな感じ。ウラヤマシーー!!

この「暗い日曜日(ドイツ語はDas Lied vom traurigen Sonntag、悲しい日曜日の歌)」という歌をめぐる本作のエピソードは、実話に着想を得て書かれたものなんだそうです。安易にウィキからの引用で恐縮ですが、ご覧ください → コチラ。(なお、日本語のウィキには作曲者とその恋人はその後死亡、と書いてありますが、ドイツ語のウィキにはそうは書かれていませんでした。BBCが放映禁止にした、ということもドイツ語のウィキでは否定されていますが…。とにかく、この曲が「自殺の歌」として流行ったことだけは事実のようです。)

 ラズロ役のヨアヒム・クロールって童顔で結構好きだったのですが、最近は見かけませんね…。私が気づいていないだけかしら。ほかにもドイツの将校役でせバスティアン・コッホが、曲を聴いて自殺してしまう令嬢役にドルカ・グリルシュ(移民の役で最近よく見かけます)など、知った顔もちらほら。タイトル通り、「暗い」内容に浸ってやりきれない思いにかられますが、最後はちょっぴり救われます。よろしかったらご覧くださいねー。

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2012/04/30(Mon)

ミケランジェロの暗号

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『ミケランジェロの暗号』(原題:Mein bester Feind)
Wolfgang Murnberger (ヴォルフガング・ムルンベルガー)監督
Moritz Bleibtreu (モーリッツ・ブライプトロイ)ヴィクトル
Georg Friedrich (ゲオルク・フリードリヒ) ルディ

<チョ~簡単なあらすじ>
 時は1938年、舞台はドイツに併合(Anschluss)される直前のオーストリア。ヴィクトル・カウフマン(モーリッツ・ブライプトロイ)の父は大きな画廊を経営する裕福な画商でした。しかしナチがオーストリアに併合を迫り、時のシューシュニック内閣は総辞職、時代が一気に変わります。そんな中、裕福なユダヤ人たちは資産没収と収容所送りという過酷な運命に直面するのでした。そしてカウフマン一家も同じ運命が待ち受けていたのです。

 一方、巨匠ミケランジェロの素描画がカウフマン家の画廊にあるという噂が流れておりました。そしてそれは事実でした。父は没収を恐れ、その絵を巧妙に隠します。ナチ政権がその絵に目をつけていたからです。ムッソリーニがその絵を欲していたのでした。イタリアとの関係改善を狙い、交渉の切り札にせんと狙っていたナチ政権はその絵を何とか手に入れようと画策します。

 一方、カウフマン家に長年仕えた使用人の息子ルディ(ゲオルク・フリードリヒ)もその絵に目をつけた1人でした。カウフマン家の夫妻からは我が子同然にかわいがられ、ヴィクトルと兄弟のように育ったルディでしたが、貧しい少年時代を送ったルディは裕福なユダヤ人の主人に対してゆがんだ感情を持っていたのです。彼は自分が生き残るためにSS(親衛隊)の一員になる道を選び、出世のために絵を差し出そうともくろんだのでした。

 そんなルディの魂胆を知ったヴィクトルは、驚くべき作戦に出ます。ルディと入れ替わり、SS将校になりすましたのでした…。キーワードは、収容所で死んだ父が残した言葉「Verlier mich nicht aus den Augen(私から目を離すな)」。


<チョ~簡単な感想>
 ナチによる併合、そして開戦前夜とあり、ヴィクトルの父も心が揺れ動きます。ヒトラーは愚かだが、連合国相手に戦争を始めるほどバカじゃない」とも言い、まだ多少楽観視しているところもありました。しかし運命は残酷。父は収容所で死亡します。巨匠の素描画を求めて右往左往するナチの将校たちの慌てぶりが滑稽に描かれていました。そして運命に翻弄されながらもユーモアを忘れない主人公のお茶目っぷりも。(実際、モーリッツ君は目がお茶目^^;)確かにシリアスなテーマなのですが、なぜか悲壮感がない。それでも、血も涙もないのナチ政権に対する批判と原作者の怒りが伝わってきます。こういう描き方もアリだな、と思ってしまった次第です。恩人であるユダヤ人夫妻の財産を狙い、画策するルディですが、彼が憎むべき人間かと思うと、そうでもない。アホなのです、この男が。なぜか憎めない…。ルディを演じたのは「アイガー北壁」でオーストリア人クライマーを演じたゲオルク・フリードリヒという俳優さん。この人がですね~ モロ、オーストリア訛りなんですね。この人ほどコテコテのオーストリア訛りを話す俳優さんはいないんじゃないかしら。このユルいドイツ語が、憎めないキャラ作りに一役も二役も買ってます、ハイ。もしご覧になることがありましたら、ルディの方言に注目です★ 主演はモーリッツ・ブライプトロイ。この人は少々“見飽きちゃった感”が否めないのですが(そのくらい多くの映画で活躍しまくり)、スクリーンで見るとやはり存在感が違います。途中までは「モーリッツ君じゃなくてもよかったのでは?」なんて思ったりもしたのですが、後半~エンディングを見て、「やっぱモーリッツ君じゃないとダメだ!」と思えました。「過酷な運命に翻弄される悲劇のユダヤ人」的な人物像は、モーリッツ君に似合わないのでは…」と最初は思ったのです。が、違いましたぜ。転んでもタダでは起きないキャラなんです。最後のシーンがとにかく気に入りました♪ オススメでございます~♪ ネタばれになるから詳しくは書けませんが、ドヤ顔なんですな、これが。

 ところでオーストリア人やドイツ人なら、「シューシュニックが退陣」と聞けば、「オーストリア併合」とピンと来るんだと思います。そしてその後、一気に悪化していく国内情勢についても。「大政奉還」と聞けば、江戸時代が終わって明治が始まる!とピンとくる我々と同じように。そのあたりの「つーかー度」が日本人とオーストリア人&ドイツ人とは違うので分かりにくいところもあるかもーとも思ったのですが、そこは映画。映像の力で時代の流れが伝わってきますです。

 本作のスタッフは、かつてアカデミー賞外国語映画賞に輝いたオーストリア映画「ヒトラーの偽札」を手掛けたメンバーなんだそうです。本編の最後に、ザクセンハウゼン強制収容所の話がチラっと出てきます。ここは「ヒトラーの偽札」の舞台となった収容所。これはおそらく、スタッフが「分かる人には分かるだろう」との思いから盛り込んだのでは、と思いました。うふふ。





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2012/03/07(Wed)

ヒトラー 最期の12日間

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『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年) 原題:Der Untergang

Oliver Hirschbiegel (オリヴァー・ヒルシュビーゲル)監督
Bernd Eichinger (ベルント・アイヒンガー)脚本、製作
Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ)アドルフ・ヒトラー役
Alexandra Maria Lara(アレクサンドラ・マリア・ララ)トラウドゥル・ユンゲ役
Corinna Harfouch(コリンナ・ハルフォウフ)マグダ・ゲッベルス役
Urlich Matthes(ウルリッヒ・マテス)ヨーゼフ・ゲッベルス役
Juliane Koehler(ユリアーネ・ケーラー)エファ・ブラウン役
Heino Ferch(ハイノ・フェルヒ)アルベルト・シュペアー役
Christian Berkel(クリスティアン・ベルケル)シェンク教授役
Thomas Kretschmann(トーマス・クレッチマン)フェーゲライン中将役
Ulrich Noethen(ウルリッヒ・ネーテン)ハインリヒ・ヒムラー役
Rolf Kanies(ロルフ・カニース)ハンス・クレープス役
Justus von Dohnányi(ユストゥス・フォン・ドホナーニ)ブルクドルフ役

原作:ヨアヒム・フェスト著「ヒトラー ~最期の12日間~」
   トラウドゥル・ユンゲ著「私はヒトラーの秘書だった」

 ヒトラーの秘書を務めたトラウドゥル・ユンゲのモノローグのあと、物語は1942年にさかのぼります。そのユンゲを含む数名の女性が、秘書の採用試験を受ける場面です。皆、心から敬愛するヒトラー総統を前に緊張で硬くなるのでした。秘書に採用されたトラウドゥルは緊張のあまり、口述筆記で失敗してしまいます。しかしヒトラーは怒ることもなく優しく緊張をほぐすのでした。

 そしてドイツ敗戦が濃厚となった1945年春。前線ではドイツ軍が苦戦を強いられる中、ヒトラーだけは強気の姿勢を崩さず、たとえ祖国が焦土になろうと戦い続ける意思を表明していました。食料も弾薬も尽き、疲弊する国民。赤軍はベルリン近郊まで迫り、空襲も激しくなる一方。いよいよベルリンも危ないということになり、ヒトラーは地下壕に避難します。Fuehrerbunker (フューラーブンカー)と呼ばれる地下の要塞でした。ヒトラーと愛人のエファ・ブラウン、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスと妻のマクダ、そして子供たち。さらに秘書のトラウドゥルや料理人、側近たちもヒトラーと共に地下へ避難するのでした。

 しかし、戦況は悪化の一途をたどります。地下壕に避難した者たちも誰もが死を覚悟するようになり、極限状態となっていきます。もはやこれまでと悟ったヒトラーは自殺を決意し、前日に愛人エファと結婚します。お伴をする覚悟のゲッベルス夫人は自ら子供たちに毒を飲ませ、1人1人殺害していきます。そしてヒトラーと妻エファ、ゲッベルス夫妻は自ら命を絶ちました。死体はガソリンで徹底的に焼くよう部下に指示し、部下もそれに従います。一方、トラウドゥルたちは決死の覚悟で要塞を出て逃亡します…


***************************************

 先日急逝した大物プロデューサー、ベルント・アイヒンガーが製作を手掛け、「es」のオリヴァー・ヒルシュビーゲルが監督した超大作。秘書の目を通し、極限状態の中に置かれたヒトラーとその側近たちの様子、そしてヒトラー政権の終焉を描いています。ヒトラーを演じるのはドイツ語圏を代表する名優、ブルーノ・ガンツ。これまで幾度となくヒトラーやナチは映画で描かれてきましたが、ドイツ人が等身大のヒトラーを描くということで、映画公開前から大きな話題となりました。特に、ヒトラーの人間的な面を描くことに周囲の反発が強かったといいます。きっかけは、トラウドゥル・ユンゲの告白「私はヒトラーの秘書だった」でした。素顔のヒトラーを知る数少ない人物の1人、ユンゲの告白とあり、こちらも大きな話題となりました。彼女が知るヒトラーは、普通の支配者であり、ホロコーストをやるような人物だとは当時は思わなかったそうです。そしてナチ政権の終焉を詳しく記したヨアヒム・フェストの「Der Untergang(映画の原題と同じ)」をもとに、この作品が製作されました。

 ドイツの歴史における最大のタブー、アドルフ・ヒトラー。等身大のヒトラーを演じてよいのかどうか、ブルーノ・ガンツも最初は迷ったといいます。しかし試しにカツラをつけ、チョビヒゲをつけてみたところ、鏡の中にはヒトラーがいました。「これは私が演じなければ」と思ったと本人もインタビューで答えています。顔や姿は本人とは違うのですが、その演技力でヒトラーになりきっていました。大物プロデューサーが手掛けるだけあって、出演者が豪華。ドイツの有名な俳優・女優が勢ぞろい。よくぞここまでそろえたと思える豪華な顔ぶれです。マクダ・ゲッベルスを演じた東ドイツ出身の女優コリンナ・ハルフォウフの演技力は“凄まじい”の一言。追い詰められ、我が子を次々と手にかけていくシーンは鬼気迫るものがあります。本人いわく、ゲッベルス夫人になりきって演じた結果、子供を手にかけるシーンの撮影後はしばらく情緒不安定になってしまったとのこと。

 ヒトラーが最期の12日間を過ごした地下壕は、赤軍が爆破を試みますが失敗に終わり、そのまま地下に埋められた状態になりました。当時の資料や証言をもとに、映画のスタッフが当時の地下壕を再現。非常に凝ったセットです。破壊されつくしたベルリンの街並みは、サンクトペテルブルクで再現。この町はもともとドイツ風に作られたため、戦前のベルリンと似ているんだそうです。美術担当が具体的に例をあげていましたが、Hinterhof(中庭)のある建物が軒を連ねており、それが当時の雰囲気とよく似ているんだとか。

 原作者のヨアヒム・フェストがインタビューで答えているのを聞いたことがありますが、彼はドイツの一般市民が非常に疲弊した状態であったことを伝えたかったと。本作の映像をよく見ると、処刑されて街頭につるされたベルリン市民(戦争に非協力的、という理由でリンチにあったり、兵士に殺されたり)が再現されて映っています。ドイツ人が自分たちの被害を語ることは長らくタブー視されてきたといいますが、こうした史実も少しずつ描かれるようになってきたと思います。

     


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2011/08/22(Mon)

ベルリン陥落1945

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『ベルリン陥落1945』(原題:Anonyma)2008年
Max Färberböck (マックス・フェルバーベック)監督、脚本
Mrta Hillers (マルタ・ヒラーズ)
Nina Hoss (ニーナ・ホス)匿名の女性
Jewgeni Sidichin(エフゲーニ・シディチン)赤軍将校アンドレイ
Irm Hermann (イルム・ヘルマン)老婦人
Juliane Köhler (ユリアーネ・ケーラー)エルケ
August Diehl (アウグスト・ディール)ゲルト

主人公の女性はフランスやロシアでジャーナリストとして働いていましたが、ドイツの運命を自分の目で確かめるため、敗戦の色が濃い祖国ドイツの首都に戻ってきました。ベルリンは連日の空爆で壊滅状態。主人公は近隣の人たちと防空壕に避難する毎日を送っています。やがて赤軍がベルリンに侵攻、荒くれ兵士がなだれ込んで来ます。そして怖れていたことが起きました。幼い子供から老女まで、女性という女性が赤軍兵士に繰り返し暴行されたのです。

 主人公の女性も例外ではありませんでした。複数の兵士から暴行される屈辱だけは何とか避けようと考えた彼女は将校の愛人になろうと決めます。愛人となった将校はインテリで紳士的な男性で、彼女に食料も融通してくれるようになりました。

 そして敗戦。戦場から男たちが少しずつ戻ってきます。しかし生きる気力を失い、自らの命を絶つ男性もいました。主人公の夫も戻ってきます。ところが妻の日記を読んだ夫は妻を責め、去っていくのでした…。

************************************

この作品は、ある女性ジャーナリストの手記をもとに作られたものです。

『ベルリン終戦日記 ある女性の記録』
アントニー・ビーヴァー序文
山本浩司 訳
白水社

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 ベルリンで被害に遭った女性は10万人とも言われており、その後自殺した女性も多数いるそうです。この女性は戦後、自分の経験を記した手記を出版しました。ところがこの勇気ある告白が「ドイツ女性の恥」とされて激しく非難されてしまいます。著者は深く深く傷つき、それ以降は名前を隠すようになりました。原題の「Anonyma(=匿名の女性)」はそこから来ています。我が身を守るために苦肉の策として愛人となったことが、「恥」と受け止められたとのこと。そうせざるをえなかった苦しみというのは、経験した人にしか分からないのかもしれません。平和な世の中に生きる私たちには想像もできないほどの苦しみだったのだと思います。

 日本では「ベルリン陥落1945」というタイトルでDVDが出ています。ジャケットは限りなく「ドンパチ系」に見えますが、内容はもっとシリアス。美人女優ニーナ・ホスが体当たりの演技を披露しています。ベルリンで再会する友人は、「ヒトラー最期の12日間」や「名もなきアフリカの地で」のユリアーネ・ケーラー。主人公の夫は「青い棘」や「ヒトラーの贋札」などに出演したアウグスト・ディールが演じています。ドイツは長らく、自国の戦争被害を描くことをタブー視してきましたが、ここ数年になって少しずつ映画化するようになったようです。

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2011/08/04(Thu)

ドレスデン、運命の日

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『ドレスデン、運命の日』(原題:Dresden、2006年)
Roland Suso Richter(ローラント・ズゾ・リヒター)監督
Felicitas Woll(フェリシタス・ヴォル)アンナ
Benjamin Sadler(ベンヤミン・ザートラー)アレクサンダー
John Light(ジョン・ライト)ロバート

 時は1945年早春、敗戦の色が濃くなったドイツ。美しい古都ドレスデンで暮らすアンナは、父が院長を務める病院に看護師として勤務し、負傷兵の手当に明け暮れていました。妹はナチ信奉者、精神が不安定な母は薬に頼っておりました。そんなアンナに医師アレクサンダーが求婚します。有能な医師との結婚は父が望む縁組みでもありました。

 ある日、イギリス軍の爆撃機が撃墜されます。瀕死の重傷を負ったイギリス兵ロバートは命からがら逃げ出し、アンナの病院に隠れます。地下に潜んでいたロバートを見つけたアンナは傷の手当を行い、彼をかくまうのでした。強引なロバートに惹かれるアンナでしたが、彼女にはアレクサンダーという婚約者がいました。

 一方、敗戦の色が濃厚と踏んだ父はモルヒネを不正に蓄え、横流しを企てていました。一家でスイスへ逃亡しようとしていたのです。そんな父や、結婚相手アレクサンダーの別の顔に失望したアンナは、ロバートと逃亡しようと心に決めます。ところがその晩、連合軍の爆撃機がドレスデンへ向かっていました。3回に分けて行われた空爆により、ザクセンの美しき都は壊滅的な被害を受けることとなったのです…

************************************

「トンネル」で有名なローラント・ズゾ・リヒター監督が手がけた作品です。ドイツでは2006年の3月に2夜連続で放映されました。日本で公開されたのは、2話合計180分を145分に編集し直したバージョンです。第二次大戦を引き起こし、ホロコーストなど非人間的な行為を行ったという過去を持つドイツは、長らく自国の被害を語ることをタブー視してきました。ドレスデンの空襲についても、ドイツで語られるようになったのは2002年ごろからだとのこと(柳原伸洋氏の講演「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」より)。2004年公開の「ヒトラー 最期の12日間(原題:Der Untergang)」でも、等身大のヒトラーやベルリンの被害を描くことに賛否両論だったと聞きます。この「ドレスデン 運命の一日」も、この時点で描けるギリギリだったのかと思います(←あくまでもワタシの個人的意見です)。

 先日、あるドキュメンタリー番組を見る貴重な機会がありました。ドイツで同時期に同じ局(ZDF、ドイツ第2テレビ)で制作されたテレビ向けドキュメンタリー「Das Drama von Dresden (直訳:ドレスデンのドラマ)」です。ドレスデンの空襲を体験した人たちの生々しい証言で構成された貴重な記録でした。その証言は、この「ドレスデン 運命の日」で描かれたシーンと一致します。燃えさかる炎の中で右往左往する人々、発生した「火炎旋風」に吸い込まれる犠牲者、地下の避難場所で避難を拒否されるユダヤ人、絶望の中で祈り続ける敬虔な信者たち。おそらくリヒター監督は制作にあたり、多くの体験者の証言を聞いたのでしょう。主観をまじえず、できるだけ忠実に当時を映像化する目的で、数多くの証言をそのまま盛り込んだのではないでしょうか(これも私が抱いた個人的な印象です)。また、本作の批評には「メロドラマすぎる」という意見も見られます。確かに、戦乱の中でのドイツ人の看護師とイギリス兵のラブロマンスというのは、少々「できすぎ」感があります。しかし、できるだけ多くの史実を盛り込み、周辺国に配慮し、長い時をかけて進めてきた「和解」の雰囲気に水を差すことなくテレビという影響力の大きなメディアで放映する必要があった。そんな背景を考えると、制作側の苦労が理解できるような気がします。ちょうど前年に、「和解」の象徴である聖母教会の再建が完成したばかりでしたし。そう考えると、決して陳腐なメロドラマとは思えなくなります。

      (ドイツで放映されたドキュメンタリーです↓)
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(都市空襲研究会の講演会「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」にて講師の柳原伸洋さんから貴重なお話を伺いました。改めて御礼申し上げます。)

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2011/07/29(Fri)

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

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『白バラの祈り ゾフィ・ショル、最期の日々』(原題:Sophie Scholl - Die letzten Tage、2005年)
Marc Rothemund(マーク・ローテムント)監督
Julia Jentsch(ユリア・イェンチ)ゾフィー・ショル
Fabian Hinrichs(ファビアン・ヒンリヒス)ハンス・ショル
André Hennicke(アンドレ・ヘンニッケ)ローラント・フライスラー

 ゾフィー・ショルはミュンヘン大学の学生。兄のハンスたちとともに反政府組織「白バラ」を結成し、地下活動を行っていました。ナチ政権に反対し、戦争の早期終結とサボタージュを訴えるビラを刷っては密かに郵送していたのです。ところが大学構内でビラをまこうとしているところをゲシュタポに見つかり、身柄を確保されてしまいます。1943年2月18日のことでした。最初はシラを切っていた2人でしたが、家から郵送用の切手やビラの草案、仲間とやりとりした手紙が見つかり、動かぬ証拠となってしまいます。

 彼らを裁くのは悪名高いローラント・フライスラー判事。高圧的な態度で一方的に断罪することで知られていました。21歳のゾフィーは毅然とした態度で法廷に立ち、たった1人で立ち向かうのでした…。

***********************

 本作は史実を映画化したものです。allcinemaによりますと、90年代に東ドイツで新たに見つかった尋問資料を軸に当時を忠実に再現したとのこと。わずか21歳の女性が毅然とした態度で正義を訴える様子が胸を打ちます。
公式HP(ドイツ語)

<おまけ>
ゾフィーたちを裁いたフライスラー判事は、その高圧的な手法で有名です。ご参考までに、どんな人物だったかご紹介いたしますね。

『フライスラー:1893-1945、1942年から45年まで、ベルリンの民族裁判所(Volksgerichthof*)長官。また、ユダヤ人虐殺のシナリオを練った42年のヴァンゼー会議出席者の1人としても知られている。フライスラーは法律家の資格を取得し、やがてロシアで捕虜を体験、1925年にナチ党に入党する。その後、ヒトラーお気に入りの法執行者となり、43年に「白バラ運動」のショル兄妹、そして翌年のヒトラー暗殺未遂事件関与者を裁いた。彼が裁くベルリンでの公判の模様が映画に収められているが、それには大声でがなり立て、死の宣告前の囚人に対する計算し尽くされた精神的虐待を加える彼の様子が映し出されている。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より一部引用)
*民族裁判所:1934年に設置され、政治犯などを扱ったナチ政権下の特別法廷。(小学館独和大辞典より)

『フライスラーは真赤な法服をまとって登場し、ほとんど1人で審理を進めた。怒鳴り散らすかと思うと長広舌をぶち、被告の発言を思うままにさえぎった。とくに被告が反ナチ行動に出た動機を説明しようとすると、揚げ足をとり、皮肉を浴びせ、ついには発言を禁じた。現代の感覚でいう裁判とは似ても似つかぬもので、ひっきょうナチズム礼讃の茶番にすぎなかった』『被告たちを次々と容赦なく処刑場におくりこんでいたフライスラー自身に、運命の鉄槌がしのび寄っていたことを本人は、知るべくもなかった。45年2月3日の午後、シュラーブレンドルフに対する公判が始まろうとしたところで、空襲警報のサイレンが鳴り響き、判事、検事、被告ともぞろぞろ地下室に避難した。その直後、人民裁判所の建物が直撃弾に見舞われ、フライスラーは落ちてきた地下室の梁の下敷きになって瀕死の重傷を負い、すぐ病院に担ぎ込まれたが、死んでしまったのである』(以上、中公新書「ヒトラー暗殺計画」小林正文著 より引用)


裁判を行うフライスラーの映像

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2011/07/28(Thu)

アイガー北壁

アイガー北壁

『アイガー北壁』(原題:Nordwand, 2008年)
Philipp Stölzl (フィリップ・シュテルツル) 監督
Benno Fürmann (ベンノ・フュアマン) トニー・クルツ役
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) アンディ・ヒンターシュトイサー役
Johanna Wokalek (ヨハンナ・ヴォカレク) ルイーゼ役
Ulrich Tukur (ウルリッヒ・トゥクル) アーラウ役
公式HP(日本語)

 トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは優秀な登山家として知られた存在でした。時は1936年。ナチ政権はドイツ民族の優秀性を世界に示すべく、アイガー北壁の初登頂をドイツ人クライマーに達成させようとしていました。初登頂者には同年に開催予定のベルリンオリンピックで金メダルを授与すると発表。しかしそのアイガー北壁 (Nordwand) は“殺人の(Mordwand) 壁”と怖れられたルートで、その前年には有名な登山家が2名死亡した“最後の難所”でした。

 駆け出しの新聞記者ルイーゼは、この2人と同郷だということで抜擢され、彼らを取材することになりました。アイガーへの挑戦を勧めるルイーゼ。トニーは躊躇するものの、人跡未踏の地に足を踏み入れたいと思うのは登山家として自然な気持ちでした。結局、2人は北壁の登頂を目指します。

 現地へ向かうと、ふもとでテントを張るオーストリア人の登山家に出会います。彼らもまた、初登頂を狙っていたのでした。彼らに負けじと、トニーとアンディは夜中に出発します。登攀開始直後は順調に進みました。アンディはザイルを使って壁を横断。そのルートは後に“ヒンターシュトイサー・トラバースと命名されます。ところが後を追いかけるオーストリア人の1人が落石から頭部を負傷、登攀が困難となります。やがて天候も悪化。彼らは合流し、登頂をあきらめて下山することにします。しかし天候は回復せず、状況は困難になる一方。そして悲劇が起こるのでした…

***********************************

アイガー北壁の初登頂にまつわる悲劇をシュテルツル監督が映画化したものです。戦前、ドイツには「山岳映画(Bergfilm)」という固有のジャンルがあり、人気を博していました。飛行機を使ってアルプスを撮影したり、雄大で時に厳しい自然をカメラに収めるなど、様々な手法を確立したアーノルト・ファンク監督やルイス・トレンカー監督は「山岳映画の巨匠」と呼ばれ、一時代を築きました。しかしそういった山岳映画がナチの国威発揚に利用された経緯から、戦後はタブー視されるようになったと言います。その山岳映画をもう一度、新たな視点から撮り直そうというのが、シュテルツル監督の試みでした。

 しかし本作の撮影には莫大な費用と手間がかかったそうで、監督も来日時の舞台挨拶で「当分、山はカンベン」と言っていました。ヘリを飛ばすにも巨額のコストがかかるそうです。せっかくヘリを手配したのに、その日の気温が上がって雪崩の危険があるため、撮影中止になったこともあったそうです。ヘリ代がパア。さんさんと太陽が降り注ぐ中、うなだれてベンチに腰掛けていた~云々といったこともインタビューで答えていました。そこまでの思いをしながら撮影しただけあって、映像はとてもリアル。当時の貧弱な装備にも驚かされます。新素材を駆使した装備が当たり前の今と違い、すべてが綿や麻、ウールといった天然素材。登攀に欠かせないハーケンやアイゼンなどの登山用具も手作りでした。見ているだけで寒くなるリアリティです。
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2011/07/24(Sun)

ヒトラーの贋札

ヒトラーの贋札

『ヒトラーの贋札』(原題:Die Fälscher、2007年公開、オーストリア映画)
Stefan Ruzowitzky (シュテファン・ルツォヴィツキー)脚本、監督
Karl Markovics (カール・マルコヴィッチ) サロモン・ソロヴィッチ
August Diehl (アウグスト・ディール) アドルフ・ブルガー
第80回アカデミー賞外国語映画賞受賞作
公式HP

<簡単なあらすじ>
 ユダヤ人のサリーは天才的な腕を持つ印刷工。その技術を生かして偽札や偽造パスを作り、その名を世界に知らしめていました。しかしそんなサリーもお縄となり、強制収容所送りとなります。そしてほかのユダヤ人収容者と同様、過酷な労働を強いられ、仲間が次々と死んでいく中で屈辱と恐怖の日々を送っていました。ところがある日突然、ザクセンハウゼン収容所に移送されます。偽札を流通させることで敵国の経済に打撃を与えようとする「ベルンハルト作戦」のためでした。

 同じ印刷工の収容者ブルガーはサボタージュや団結をサリーたちに呼びかけ、ナチスに抵抗しようと試みますが、サリーはおとなしく偽札を作ることで少しでも生き延びる道を選びます。彼らが収容所内の作業所で作ったポンド紙幣は見事イギリスの銀行の検査をすり抜け、その精巧さを証明することになります。次に作るのはドル紙幣。ところがブルガーのサボタージュにより、なかなか完成に至らないまま時が過ぎていきました。

 完成を急ぐナチス側はサリーたち印刷工に圧力をかけるようになります。サボタージュを続けるブルガーに賛同できないサリーでしたが、正義を全うしようとする彼の主張に多少なりとも共感を覚えるのでした。結核を患う若いユダヤ人収容者コーリャを気遣い、ほかの収容者とも仲間意識が芽生え、サリーは自分だけ生き残ればよいとは思えなくなります。しかし運命は過酷でした…

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 監督は「アナトミー」「アナトミー2」などで知られるシュテファン・ルツォヴィツキー。この監督はドイツ人ではなく、オーストリア人です。主人公サリーを演じたのはオーストリアの人気俳優カール・マルコヴィッチ。国民的な人気刑事ドラマ「Kommissar Rex(邦題:REX~ウィーン警察シェパード警察犬)」の刑事役で一躍人気者に。ブルガーを演じたのはドイツの人気若手俳優アウグスト・ディール。ちょっと神経質かつ繊細で、気難しい若者を演じさせればピカイチではないかと思います。親衛隊将校を演じたのは、「イェラ」「厨房で逢いましょう」でも出演したデーヴィト・シュトリーゾフ。この人も最近、よく見かけるような気がします。

  なお、ブルガーは実在の人物をモデルにしています。お年は90を超えるそうですが、ご健在とのこと。妻がアウシュヴィッツで死んだのは自分のせいだとの自責の念にかられ、過去の呪縛から立ち直るのに40年を要したとのこと。高齢ながら来日も果たし、語り部としての責務を果たすべく、日本でも自らの経験を語ったそうです。ナチは敗戦直前に大量の偽ポンド紙幣を湖に沈めました。この紙幣は1959年に発見され、2000年に引き上げられたとのことです。
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