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    字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が、字幕ほにゃくハリ「ぐ~ちゃん」とともに書くドイツ映画日記

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2012/11/26(Mon)

『字幕ほにゃく犬のドイツ映画鑑賞日記』

 当ブログにようこそおいでくださいました。字幕ほにゃく犬の「ありちゅん」と申します。ドイツ映画を幅広くご紹介したいと思い、このブログを始めました。DVDやテレビ、ネット配信など、日本で視聴できる新旧の作品を中心に書いていきたいと思います。研究者というわけではないので、至らぬ点、素人くさい点など多々あると思いますが、どうぞ長い目で見てやってくださいませ。このブログにお立ち寄りいただいた方に「ほ~この映画、見てみようかな~」と思っていただけたら本望でございます。少しずつ更新していく予定です。下の「もくじ」にUPいたしますので、ご興味のあるタイトルをクリックしてくださいませ。

 

<もくじ>

1)無声映画~トーキー
  カリガリ博士の小屋
  吸血鬼ノスフェラトゥ
  プラーグの大学生
  メトロポリス

  嘆きの天使

2)古い時代を描いた映画

3)第一次大戦のころ(WW1の時代に作られた映画&WW1の頃を描いた映画)
  白いリボン

4)第二次大戦のころ(WW2の時代に作られた映画&WW2の頃を描いた映画)
  アイガー北壁
  白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々
  ドレスデン、運命の日
  ヒトラー ~最期の12日間~
  ヒトラーの贋札
  ベルリン陥落1945
  ミケランジェロの暗号

5)ニュー・ジャーマン・シネマ
  都会のアリス

6)東西ドイツ関連
  グッバイ、レーニン!
  殺人者は我々の中にいる
  善き人のためのソナタ

7)音楽モノ
  哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~
  クララ・シューマン 愛の協奏曲

8)ホラー・サスペンス
  アナトミー

9)アクション

10)現代のドイツ
  愛より強く
  ソウル・キッチン
  ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア
  バーダー・マインホフ 理想の果てに
  ハイジャック181
  ビーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由
  ビヨンド・サイレンス
  みえない雲
  4分間のピアニスト
  ワン・デイ・イン・ヨーロッパ

11)その他の国
  マルタのやさしい刺繍

12)映画全般
  UFA(ウーファ)映画会社
  FSK(ドイツのレイティング組織)


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2012/04/30(Mon)

ミケランジェロの暗号

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『ミケランジェロの暗号』(原題:Mein bester Feind)
Wolfgang Murnberger (ヴォルフガング・ムルンベルガー)監督
Moritz Bleibtreu (モーリッツ・ブライプトロイ)ヴィクトル
Georg Friedrich (ゲオルク・フリードリヒ) ルディ

<チョ~簡単なあらすじ>
 時は1938年、舞台はドイツに併合(Anschluss)される直前のオーストリア。ヴィクトル・カウフマン(モーリッツ・ブライプトロイ)の父は大きな画廊を経営する裕福な画商でした。しかしナチがオーストリアに併合を迫り、時のシューシュニック内閣は総辞職、時代が一気に変わります。そんな中、裕福なユダヤ人たちは資産没収と収容所送りという過酷な運命に直面するのでした。そしてカウフマン一家も同じ運命が待ち受けていたのです。

 一方、巨匠ミケランジェロの素描画がカウフマン家の画廊にあるという噂が流れておりました。そしてそれは事実でした。父は没収を恐れ、その絵を巧妙に隠します。ナチ政権がその絵に目をつけていたからです。ムッソリーニがその絵を欲していたのでした。イタリアとの関係改善を狙い、交渉の切り札にせんと狙っていたナチ政権はその絵を何とか手に入れようと画策します。

 一方、カウフマン家に長年仕えた使用人の息子ルディ(ゲオルク・フリードリヒ)もその絵に目をつけた1人でした。カウフマン家の夫妻からは我が子同然にかわいがられ、ヴィクトルと兄弟のように育ったルディでしたが、貧しい少年時代を送ったルディは裕福なユダヤ人の主人に対してゆがんだ感情を持っていたのです。彼は自分が生き残るためにSS(親衛隊)の一員になる道を選び、出世のために絵を差し出そうともくろんだのでした。

 そんなルディの魂胆を知ったヴィクトルは、驚くべき作戦に出ます。ルディと入れ替わり、SS将校になりすましたのでした…。キーワードは、収容所で死んだ父が残した言葉「Verlier mich nicht aus den Augen(私から目を離すな)」。


<チョ~簡単な感想>
 ナチによる併合、そして開戦前夜とあり、ヴィクトルの父も心が揺れ動きます。ヒトラーは愚かだが、連合国相手に戦争を始めるほどバカじゃない」とも言い、まだ多少楽観視しているところもありました。しかし運命は残酷。父は収容所で死亡します。巨匠の素描画を求めて右往左往するナチの将校たちの慌てぶりが滑稽に描かれていました。そして運命に翻弄されながらもユーモアを忘れない主人公のお茶目っぷりも。(実際、モーリッツ君は目がお茶目^^;)確かにシリアスなテーマなのですが、なぜか悲壮感がない。それでも、血も涙もないのナチ政権に対する批判と原作者の怒りが伝わってきます。こういう描き方もアリだな、と思ってしまった次第です。恩人であるユダヤ人夫妻の財産を狙い、画策するルディですが、彼が憎むべき人間かと思うと、そうでもない。アホなのです、この男が。なぜか憎めない…。ルディを演じたのは「アイガー北壁」でオーストリア人クライマーを演じたゲオルク・フリードリヒという俳優さん。この人がですね~ モロ、オーストリア訛りなんですね。この人ほどコテコテのオーストリア訛りを話す俳優さんはいないんじゃないかしら。このユルいドイツ語が、憎めないキャラ作りに一役も二役も買ってます、ハイ。もしご覧になることがありましたら、ルディの方言に注目です★ 主演はモーリッツ・ブライプトロイ。この人は少々“見飽きちゃった感”が否めないのですが(そのくらい多くの映画で活躍しまくり)、スクリーンで見るとやはり存在感が違います。途中までは「モーリッツ君じゃなくてもよかったのでは?」なんて思ったりもしたのですが、後半~エンディングを見て、「やっぱモーリッツ君じゃないとダメだ!」と思えました。「過酷な運命に翻弄される悲劇のユダヤ人」的な人物像は、モーリッツ君に似合わないのでは…」と最初は思ったのです。が、違いましたぜ。転んでもタダでは起きないキャラなんです。最後のシーンがとにかく気に入りました♪ オススメでございます~♪ ネタばれになるから詳しくは書けませんが、ドヤ顔なんですな、これが。

 ところでオーストリア人やドイツ人なら、「シューシュニックが退陣」と聞けば、「オーストリア併合」とピンと来るんだと思います。そしてその後、一気に悪化していく国内情勢についても。「大政奉還」と聞けば、江戸時代が終わって明治が始まる!とピンとくる我々と同じように。そのあたりの「つーかー度」が日本人とオーストリア人&ドイツ人とは違うので分かりにくいところもあるかもーとも思ったのですが、そこは映画。映像の力で時代の流れが伝わってきますです。

 本作のスタッフは、かつてアカデミー賞外国語映画賞に輝いたオーストリア映画「ヒトラーの偽札」を手掛けたメンバーなんだそうです。本編の最後に、ザクセンハウゼン強制収容所の話がチラっと出てきます。ここは「ヒトラーの偽札」の舞台となった収容所。これはおそらく、スタッフが「分かる人には分かるだろう」との思いから盛り込んだのでは、と思いました。うふふ。





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2012/03/09(Fri)

愛より強く

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『愛より強く(2004年)』 原題:Gegen die Wand
Fatih Akin (ファティ・アキン)監督、脚本
Birol Uenel(ビロル・ユーネル)ジャイト
Sibel Kekilli(シベル・ケキリ)シベル
Catrin Striebeck(カトリン・シュトリーベック)マレン
第54回ベルリン映画祭金熊賞受賞作

 トルコ系ドイツ人のジャイトは、最愛の妻を亡くしたことから自暴自棄になり、すさんだ生活を送ったあげく、壁に激突して(=Gegen die Wand)自殺を図ります。入院した病院で知り合ったのは、同じくトルコ系ドイツ人の女性シベルでした。自殺未遂を繰り返し、病院に入院していたのです。厳格で保守的なイスラム教徒の家に育ったシベルが欲しいものはただ一つ。それは自由でした。好きに恋愛を楽しみ、奔放に生きたかったのです。そんなシベルはジャイトに偽装結婚を持ちかけます。両親の家を出るには結婚するしかないと考えたのでした。同居するだけで、それ以上の迷惑はかけないとの条件で。渋々承知したジャイトは、シベルと結婚式を挙げ、同居生活をスタートさせるのでした。念願の自由を手に入れ、生活を満喫するシベル。そんな奔放なシベルにジャイトは惹かれていきます。そしてシベルに言いよる男を殺害し、収監されてしまいます。
 殺人事件が新聞で報道され、シベルは帰る場所を失います。彼女もまた、ジャイトを愛していることに気付くものの、時すでに遅し。彼女は傷心のまま、イスタンブールへ向かい、ドラッグと酒に溺れてしまいます。
 シベルの「待ってる」との言葉を信じたジャイトは、出所後すぐに彼女の元へ駆けつけます。しかしシベルは穏やかな暮らしをしていたのでした…。

***************************************

 本作がメジャーデビューとなるシベリ・キケリはまさにはまり役。あどけなさと妖艶さ、したたかさ、一途さなど、さまざまな面を見せてくれます。それまで無名だったとは思えないほど、スクリーンの中で存在感を放っています。本作でドイツ映画賞の主演女優賞の栄冠にも輝きました。また、酒とドラッグに溺れて荒んだ日々を過ごす男を演じさせたら、ビロル・ユーネルの右に出る人はいないんとちゃうかーと思うほど、これまたぴったり。死んだ妻が忘れられずに自暴自棄になる繊細さや、シベルに惹かれて殺人まで犯してしまう不器用さ、出所したあともシベルを追わずにはいられない一途さが見ていてとても切なく、悲しい。目で演技ができる人だな~と改めて感じました(ワタシ、実は隠れファンです)。一貫してドイツにおける移民を撮り続けてきたアキン監督の出世作。今回、この映画をブログに書こうと思い、久しぶりにDVDを見たのですが、この作品が持つエネルギーに改めて驚かされました。見終わったらすっかり疲れてしまって。アキン監督自身、相当なエネルギーをこの作品に込めたのではないかと思います。劇中で流れるトルコの音楽がとても効果的。エキゾチックで、どこか物悲しいのです。

 余談ですが、シベルの保守的な父親を演じたのは、「ソウル・キッチン」で味のある演技を披露していた「よっしゃ」な船長だったんですね…。初めて気づきました。キャラが違いすぎ。

   
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2012/03/07(Wed)

ヒトラー 最期の12日間

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『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年) 原題:Der Untergang

Oliver Hirschbiegel (オリヴァー・ヒルシュビーゲル)監督
Bernd Eichinger (ベルント・アイヒンガー)脚本、製作
Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ)アドルフ・ヒトラー役
Alexandra Maria Lara(アレクサンドラ・マリア・ララ)トラウドゥル・ユンゲ役
Corinna Harfouch(コリンナ・ハルフォウフ)マグダ・ゲッベルス役
Urlich Matthes(ウルリッヒ・マテス)ヨーゼフ・ゲッベルス役
Juliane Koehler(ユリアーネ・ケーラー)エファ・ブラウン役
Heino Ferch(ハイノ・フェルヒ)アルベルト・シュペアー役
Christian Berkel(クリスティアン・ベルケル)シェンク教授役
Thomas Kretschmann(トーマス・クレッチマン)フェーゲライン中将役
Ulrich Noethen(ウルリッヒ・ネーテン)ハインリヒ・ヒムラー役
Rolf Kanies(ロルフ・カニース)ハンス・クレープス役
Justus von Dohnányi(ユストゥス・フォン・ドホナーニ)ブルクドルフ役

原作:ヨアヒム・フェスト著「ヒトラー ~最期の12日間~」
   トラウドゥル・ユンゲ著「私はヒトラーの秘書だった」

 ヒトラーの秘書を務めたトラウドゥル・ユンゲのモノローグのあと、物語は1942年にさかのぼります。そのユンゲを含む数名の女性が、秘書の採用試験を受ける場面です。皆、心から敬愛するヒトラー総統を前に緊張で硬くなるのでした。秘書に採用されたトラウドゥルは緊張のあまり、口述筆記で失敗してしまいます。しかしヒトラーは怒ることもなく優しく緊張をほぐすのでした。

 そしてドイツ敗戦が濃厚となった1945年春。前線ではドイツ軍が苦戦を強いられる中、ヒトラーだけは強気の姿勢を崩さず、たとえ祖国が焦土になろうと戦い続ける意思を表明していました。食料も弾薬も尽き、疲弊する国民。赤軍はベルリン近郊まで迫り、空襲も激しくなる一方。いよいよベルリンも危ないということになり、ヒトラーは地下壕に避難します。Fuehrerbunker (フューラーブンカー)と呼ばれる地下の要塞でした。ヒトラーと愛人のエファ・ブラウン、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスと妻のマクダ、そして子供たち。さらに秘書のトラウドゥルや料理人、側近たちもヒトラーと共に地下へ避難するのでした。

 しかし、戦況は悪化の一途をたどります。地下壕に避難した者たちも誰もが死を覚悟するようになり、極限状態となっていきます。もはやこれまでと悟ったヒトラーは自殺を決意し、前日に愛人エファと結婚します。お伴をする覚悟のゲッベルス夫人は自ら子供たちに毒を飲ませ、1人1人殺害していきます。そしてヒトラーと妻エファ、ゲッベルス夫妻は自ら命を絶ちました。死体はガソリンで徹底的に焼くよう部下に指示し、部下もそれに従います。一方、トラウドゥルたちは決死の覚悟で要塞を出て逃亡します…


***************************************

 先日急逝した大物プロデューサー、ベルント・アイヒンガーが製作を手掛け、「es」のオリヴァー・ヒルシュビーゲルが監督した超大作。秘書の目を通し、極限状態の中に置かれたヒトラーとその側近たちの様子、そしてヒトラー政権の終焉を描いています。ヒトラーを演じるのはドイツ語圏を代表する名優、ブルーノ・ガンツ。これまで幾度となくヒトラーやナチは映画で描かれてきましたが、ドイツ人が等身大のヒトラーを描くということで、映画公開前から大きな話題となりました。特に、ヒトラーの人間的な面を描くことに周囲の反発が強かったといいます。きっかけは、トラウドゥル・ユンゲの告白「私はヒトラーの秘書だった」でした。素顔のヒトラーを知る数少ない人物の1人、ユンゲの告白とあり、こちらも大きな話題となりました。彼女が知るヒトラーは、普通の支配者であり、ホロコーストをやるような人物だとは当時は思わなかったそうです。そしてナチ政権の終焉を詳しく記したヨアヒム・フェストの「Der Untergang(映画の原題と同じ)」をもとに、この作品が製作されました。

 ドイツの歴史における最大のタブー、アドルフ・ヒトラー。等身大のヒトラーを演じてよいのかどうか、ブルーノ・ガンツも最初は迷ったといいます。しかし試しにカツラをつけ、チョビヒゲをつけてみたところ、鏡の中にはヒトラーがいました。「これは私が演じなければ」と思ったと本人もインタビューで答えています。顔や姿は本人とは違うのですが、その演技力でヒトラーになりきっていました。大物プロデューサーが手掛けるだけあって、出演者が豪華。ドイツの有名な俳優・女優が勢ぞろい。よくぞここまでそろえたと思える豪華な顔ぶれです。マクダ・ゲッベルスを演じた東ドイツ出身の女優コリンナ・ハルフォウフの演技力は“凄まじい”の一言。追い詰められ、我が子を次々と手にかけていくシーンは鬼気迫るものがあります。本人いわく、ゲッベルス夫人になりきって演じた結果、子供を手にかけるシーンの撮影後はしばらく情緒不安定になってしまったとのこと。

 ヒトラーが最期の12日間を過ごした地下壕は、赤軍が爆破を試みますが失敗に終わり、そのまま地下に埋められた状態になりました。当時の資料や証言をもとに、映画のスタッフが当時の地下壕を再現。非常に凝ったセットです。破壊されつくしたベルリンの街並みは、サンクトペテルブルクで再現。この町はもともとドイツ風に作られたため、戦前のベルリンと似ているんだそうです。美術担当が具体的に例をあげていましたが、Hinterhof(中庭)のある建物が軒を連ねており、それが当時の雰囲気とよく似ているんだとか。

 原作者のヨアヒム・フェストがインタビューで答えているのを聞いたことがありますが、彼はドイツの一般市民が非常に疲弊した状態であったことを伝えたかったと。本作の映像をよく見ると、処刑されて街頭につるされたベルリン市民(戦争に非協力的、という理由でリンチにあったり、兵士に殺されたり)が再現されて映っています。ドイツ人が自分たちの被害を語ることは長らくタブー視されてきたといいますが、こうした史実も少しずつ描かれるようになってきたと思います。

     


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2011/10/19(Wed)

マルタのやさしい刺繍

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『マルタのやさしい刺繍』(原題:Die Herbstzeitlosen)2006年
Bettina Oberli (ベッティーナ・オーベルリ) 監督
Stephanie Glaser (シュテファニー・グラーザー) マルタ
Heidi Maria Glössner (ハイディ=マリア・グレスナー リージ
Annemarie Düringer(アンネマリー・デューリンガー) フリーダ
Hanspeter Mueller-Drossart (ハンスペーター・ミュラー=ドロサート) ヴァルター

<ほにゃくブログより転載し、一部追記しました>

横着して、あらすじを公式HPから引用させていただきます:
『スイスの小さな村、トループ村に住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれ生きる気力をなくし、意気消沈しながら毎日をただ何となく過ごしていた。そんなある日、彼女は忘れかけていた若かりし頃の夢、“自分でデザインして刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること”を思い出す。しかし保守的な村では、マルタの夢はただ周りから冷笑され軽蔑されるだけ。それでもマルタは友人3人とともに夢を現実のものとするために動き出す。スイスの伝統的な小さな村に広がる、夢に向かって頑張るマルタと彼女を支える仲間たちの夢と希望の輪。マルタの刺繍が、人々の心をやさしくあたたかく紡いでゆく―。』(以上、引用終わり)

******************************

 こちらは、ほのぼのとしたスイス映画。ただしドイツ語圏と言ってもスイスドイツ語なので、普通の標準ドイツ語とはかなり違います。マルタ役を演じた女優さんは、1920年生まれ(!) この映画を演じたのは86歳のときというからビックリ。夫の死にすっかりふさぎ込むものの、友人(←この友人も村では変人扱いされている女性なのです)の励ましに元気を取り戻し、若い頃の夢を実現するべく前向きに奮闘するマルタの姿がとっても輝いて見えました。エメンタールチーズで有名なエメンタールが舞台。いかにもスイスといった風光明媚かつ牧歌的な村で繰り広げられるプチ騒動が見ていてとっても楽しい。女性監督ならではの細やかな演出が随所に見られました。周囲の冷たい目にも負けず、若き日の夢を追いかけるマルタに、思わず「頑張れ!」と言いたくなります。マルタ以外の出演者も高齢の女性ばかり。みんなキラキラしています。女性ってやっぱり強いな~♪♪ 本国スイスだけでなく、海外でも大ヒット。高く評価されたそうです。ほのぼのとして、心温まるとっても素敵な映画です。


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2011/10/19(Wed)

ワン・デイ・イン・ヨーロッパ

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『ワン・デイ・イン・ヨーロッパ』(原題:One Day In Europe)2005年
Hannes Stöhr (ハネス・シュテーア) 監督
Megan Gay (ミーガン・ゲイ) ケイト
Luidmila Tsvetkova (ルドミラ・ツヴェートコヴァ) エレナ
Florian Lukas (フロリアン・ルーカス) ロッコ
Erdal Yildiz (エルダル・イルディズ) セラル
Peter Scherer (ペーター・シェラー) ガボア
Miguel de Lira (ミゲル・デ・リラ) 警官
Boris Arquier (ボリス・アキエール) クロード
Rachida Brakni(ラシダ・ブラクニ) ラシダ

 この作品は同じ日にヨーロッパの4個所で起こる出来事を描いています。
1.エピソード・モスクワ
 ヨーロッパのチャンピオンズリーグ決勝。スペインのデポルティボ・ラコルーニャとトルコのガラタサライが激突するとあり、両国のサポーターが決勝の地、モスクワのルジニキ競技場へ向けて続々と集まっています。興奮したサポーターで現地は異様な雰囲気。そんな中、ビジネスでモスクワを訪れたイギリス人女性ケイトが盗難に遭います。それを目撃した中年女性エレナが助けてくれるものの、言葉が通じずケイトは苦労します。何とか警察へ行ったものの、警官たちはサッカー中継に夢中。取り合ってくれません。ケイトが1人イライラする中、とっぷり日は暮れていくのでした…。

2.エピソード・イスタンブール
 ドイツ人のロッコは、イスタンブールを旅行中。狂言強盗で保険金をだまし取ろうと画策します。助けに現れたのは、なぜかドイツ語(それもコテコテのシュヴァーベン訛り)を話すタクシー運転手セラル。ロッコはセラルの運転で警察へ行き、ウソの被害を申告します。ところがイスタンブールの警官たちはサッカー中継に夢中。ガラタサライの試合が気になり、まともに取り合ってくれません。そして強面の警察官にすごまれ、逆に拘束されてしまうのでした…

3.エピソード・サンティアゴ・デ・コンポステーラ
 巡礼の地として名高い古都を訪れた敬虔なガボア。巡礼のフィニッシュとして、大聖堂をバックに写真を撮ってもらおうと、行きずりの人にカメラを託します。ところがその人物はそのままカメラを持ち去ってしまいました。カメラより、たくさんの写真を失ったことがショックでならないガボアは、警察に被害を訴えます。ところが警官たちはサッカー中継に夢中。デポルティボ・ラコルーニャの結果が気になって仕方がありません。対応してくれた警官は愛人といちゃつく始末。ガボアはただただ呆然とするばかり…

4.エピソード・ベルリン
 大道芸人のカップル、クロードとルシダ。町を渡り歩いては、大道芸で日銭を稼いでおりました。しかしお金も底を突き、2人の間にすき間風が吹き始めます。クロードは狂言強盗を計画。警官に被害を訴えますが…

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 モスクワ、イスタンブール、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、ベルリンの4都市で繰り広げられるハチャメチャっぷりをユーモラスに描いた作品です。共通点は「チャンピオンズリーグ決勝」と「盗難」と「旅行者」。ただそれだけなのですが、サッカーに熱狂して仕事が手につかない警官たちや、異様な盛り上がりを見せるサポーター集団、セコいことを考えて小金をせしめようとする旅行者たちが、何とも滑稽で憎めないのです。大きな盛り上がりはないけれど、なぜか面白い。日本でも最近はサッカーですっごく盛り上がるようになりましたが、伝統の点ではヨーロッパにはまだまだ追いつきません。というか、彼らの熱狂ぶりは日本の比じゃないって感じ。それが各エピソードに現れています。様々な言語が飛び交い意思疎通に困るけど、サッカーという共通語でつながってるって感じです。流れる音楽がエキゾチックで素敵。サッカー好きの方にお勧めです。サッカーシーンは全くないんだけどねっ






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2011/10/18(Tue)

ソウル・キッチン

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『ソウル・キッチン』(原題:Soul Kitchen)2009年
Fatih Akin (ファティ・アキン)監督、脚本
Adam Bousdoukos (アダム・ボウスドゥコス)脚本、ジノス・カザンザキス役
Birol Ünel (ビロル・ユーネル) シェイン
Moritz Bleibtreu (モーリッツ・ブライプトロイ)イリアス・カザンザキス
Anna Bederke (アンナ・ベデルケ) ルチア
Pheline Roggan (フェリーヌ・ロッガン)ナディーン
Wotan Wilke Moehring (ヴォタン・ヴィルケ・メーリング)トーマス・ノイマン
Udo Kier (ウド・キア)投資家

 ジノスはギリシア系移民。ハンブルクで「ソウル・キッチン」という場末ちっくな食堂を経営しています。出す料理は冷凍食品ばかり。しかし安いため、そこそこ客は入っています。ところがある日、壊れた食洗機を運び出そうとしてギックリ腰に。ここから少しずつ歯車がズレ始めます。上海の特派員となった恋人のナディーンは中国へ赴任。一方、兄イリアスが刑務所から仮出所で出てきます。働き口があれば定期的にシャバへ出られるということで、無理に弟の店に押しかけてきたのでした。ところがジノスは災難続き。腰痛のためにまともに厨房に立てないだけでなく、滞納していた税金の取り立てでステレオのセットを差し押さえられてしまいます。同級生の不動産業者トーマス・ノイマンは「ソウル・キッチン」の土地に目をつけ、密かに営業妨害を画策。店を乗っ取ろうとします。

 そんな時、変人で流れ者の天才シェフ、シェインと出会います。「愛とセックスと魂と伝統は売っちゃいけねえ」がモットー。そんなシェインをスカウトしたところ、魂のこもったその料理にお客が殺到。傾きかけていた「ソウル・キッチン」は大繁盛します。ところが喜んだのもつかの間、遠距離恋愛中の恋人ナディーンの態度がよそよそしくなります。どうやら現地で恋人ができた模様。いてもたってもいられないジノスは、店を兄に任せて上海へ行く決心を固めます。一方、店を狙うノイマンが、イリアスを誘惑に誘うのでした。そして「ソウル・キッチン」は乗っ取られてしまいます…。

******************************

一貫して「移民」や「異文化」をテーマに映画を撮り続けてきたトルコ系ドイツ人監督ファティ・アキンのコメディです。これでもか、これでもかとトラブルがジノスを襲うのですが、なぜかめげないジノス。ひたすら正直に生きています。ところが兄のイリアスはトラブルメーカー。盗みで捕まり、服役中なのでした。昼間のみ仮出所が許されたものの、なかなか真面目に生きることができません。とにかくアホなんですな、この兄貴。だけどなぜかいとおしく思えるバカさ加減。演じるのは、今やドイツを代表する俳優の1人となったモーリッツ・ブライプトロイ。この人、こういういい加減な兄ちゃんの役がホントに上手。うさん臭さ全開なのです。だけど憎めない。ゴールドのチェーンをちゃらちゃら振り回す仕草が笑えます。

 風来坊のシェフを演じるビロル・ユーネルがとっても素敵。酒浸りなのですが、いったんナイフを手に握ると人が変わったよう。役作りのため、実際にシェフについて包丁さばいなどを習ったんだそうです。もっと出演させてほしかったなーと個人的には思ったのですが、監督がおっしゃるには、「どこからともなく現れ、いつの間にか消えていく」のが理想だったんだとか。流れ者であり、旅人ですもんね。終着駅はまだまだ先。自分探しの旅が続くのです。ビロル・ユーネルは、アキン監督の出世作「愛より強く」で一気に有名になったトルコ系の俳優さん。個人的にとっても好きです♪ 

 ナディーン役のフェリーヌ・ロッガンさんはモデルだけあってスタイル抜群です。その他、仁丹…ぢゃなかった、タブレット好きな謎の投資家とか、年中お船を磨いている「よっしゃ!」な船長とか、ボヨヨンな税務署の女性係官とか、骨折りケマルとか、とにかくキャラの濃ゆ~い人たちが脇を固めています。濃いです、ホントに。みんなおバカだけどヒュ~マン。あの溜まり場に集まる連中に、根っからの悪人なんていやしない。音楽好きでDJの経験もあるアキン監督らしく、音楽がとてもソウルでナイスです。人種偏見とか、異文化による衝突とか、そういったことでいがみ合うのがおかしく思えてくる、そんな素敵な映画です。とってもオススメ♪



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2011/10/18(Tue)

白いリボン

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『白いリボン』(原題:Das weiße Band)2009年
Michael Haneke(ミヒャエル・ハネケ)監督、脚本
Christian Friedel(クリスティアン・フリーデル)教師
Leonie Benesch(レオニー・ベネシュ)エファ
Ulrich Tukur(ウルリッヒ・トゥクル)男爵
Burghart Klaußner(ブルクハルト・クラウスナー)牧師
Rainer Bock(ライナー・ボック)医師
Leonard Proxauf(レオナルド・プロクスアウフ)マーティン
Josef Bierbichler(ヨーゼフ・ビアビヒラー)家令


<ブログに書いた内容を転載いたしました>

 時は第一次大戦開戦直前の1913年、物語の舞台は敬虔なプロテスタント信者が多い北部ドイツのとある農村。広大な農地を保有する男爵一家とそこに仕える家令(最初、家令ってナンジャラホイ?と思ったのですが、ドイツ語を聴いてナットク。Gutsverwalter。封建時代から存在する“Gut(=封建領主や貴族が所有する大農場)”を管理する人ですね。)や小作人、さらにその村の精神的な指導者である牧師とその一家、村の学校で教鞭を執る若い教師、村の医師、そして村人たちが主な登場人物です。

 のどかな農村で怪事件が相次ぎます。何者かによって張られた針金に馬がつまづき、乗っていた医師が怪我をします。小作人の妻は、男爵家の納屋の底が抜けて転落死。馬男爵家の幼い息子が行方不明となり、暴行を受けた状態で発見されます。男爵家のキャベツ畑が荒らされるという事件も発生。男爵夫人は子供を連れてイタリアへ行き、現地で愛人をつくります。一方、村の牧師は非常に厳格な人物。夕食に遅れた息子と娘を厳しく叱り、戒めのために白いリボンを腕に巻く儀式を行います。白いリボンは純粋・無垢の象徴だったのです。

 その間にも怪事件は続きます。男爵家の納屋が燃える事件が起き、中から首をつった小作人が発見されます。村の医師は不倫相手だった乳母をポイ捨て。その乳母の子供(父親はその医師)は何者かに連れ去られ、失明寸前という大怪我を負った状態で発見されます。

牧師として村人の尊敬を集める厳格な父親に子供たちはおびえています。その子供たちの行動に不信感を抱いた教師は、牧師の長男と長女を問い詰めるのでした…

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…と、簡単にあらすじを書いてみたのですが、たぶん読んでくださる方は「???」ですよね。ネタばれしないように気をつけたいと思いつつ、作品の最後まで犯人は分からないのでネタもばらしようがないのです。一連の事件の犯人を見つけることが本作の目的ではなく、権威の象徴たる、厳格な父親(とにかく厳しい!)の陰でおびえる子供たちの屈折した心理を描くことが一つの目的なのかも。正直、よー分からん。当然、その鬱屈した不満のはけ口は別の所へ向かいます。美しい農村で繰り広げられるドロドロの人間模様。不倫や近親相姦など、「大人の醜い面」も淡々と描かれております。裕福な男爵家と、貧しい小作人の家庭。厳格な父親たち。純粋な目をしながらも、どこか屈折した様子の子供。高圧的な態度でねじふせられる子供たちの心の中で、何かがフツフツしているような印象も受けます。。。

 映画評を読んでみると、「この子供たちが、のちのナチ政権を支えた世代となる云々」といった記述も目立ちます。私個人としては、この物語とナチを結び付けるのは深読みしすぎな気もするのですが… ドイツ人とナチの歴史は切り離せないけれど、「ナチとからめると売れる」的な思惑が感じられ、「むむ?」と思ってしまったのですが、私の読みが浅いのかなぁ? いずれにしても、1回じゃ理解できない作品でした。そのうち、DVDでじっくり見たいと思います。

 ドイツ語じゃないと分かりにくいのですが、子供たちは父親をHerr Vater、母親を Frau Mutter と呼び、Siezen(敬語)しています。ま、日本でも江戸時代の時代劇では子供が「父上様、母上様」と呼び、敬語で話していますから、それと同じノリかも。昔お世話になったホストファミリーのお父さんが言ってたっけ。「私が子供の頃(=第二次大戦前)は父親が今と比べ物にならないくらい厳格で、子供にも敬語を使わせる保守的な家もまだまだあった」と言っていました。第二次大戦前は、まだそんな風潮が残っていたんですね。

 全体的に暗いトーンで物語は進みます。犯人捜しがこの作品の主目的ではないため、犯人の暗示はあっても分からずじまい。好き好きは人によって分かれると思いますが、私はかなり好き。10人がこの映画を見たら、感想が10とおり出てきそう。それくらい、奥の深い映画です。





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2011/10/04(Tue)

殺人者は我々の中にいる

*ブログに載せた日記を一部変更し、転載いたしました。

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『殺人者は我々の中にいる』(原題:Die Mörder sind unter uns)1946年
Wolfgang Staudte (ヴォルフガング・シュタウテ)監督
Hildegard Knef (ヒルデガルト・クネフ) ズザンネ
Ernst W. Borchert (エルンスト・W・ボーヒャルト) メルテンス医師

<簡単なあらすじ>
終戦直後、1945年のベルリン。かつて栄華を誇った大都市も、今や瓦礫の山と化していました。強制収容所で生き延びた写真家のズザンネは自分のアパートに戻ってきましたが、そこには知らない男が住んでいました。戦場から戻ってきたメルテンスという医師です。前線での辛い経験によって心に深い傷を負い、自暴自棄になって夜な夜な酒に溺れるメルテンス。そんな2人は壊れかけたアパートで共同生活を始めました。

 ある日、メルテンスは死んだと思っていたかつての上官と再会します。ブリュックナー大尉です。鉄製のヘルメットを鍋に作り替えて売る事業が大当たりし、彼は豊かで幸せな暮らしをしていました。のうのうと暮らすブリュックナーを見て、メルテンスは激しい怒りを覚えます。ブリュックナーはかつて、大勢のポーランド人の処刑を部下に命じていたのです。1942年のクリスマスのことでした。彼の命令で虐殺されたのは男性36名、女性54名、子供31名。いまわしい出来事からちょうど3年経ったクリスマスの晩、メルテンスは犠牲者に代わって復讐すべく、銃を手にブリュックナーの所へ向かうのでした…。(結末は、一番下の「続きを読む」をクリックしていただくと出てきます)

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 第二次大戦後、ドイツは戦勝4か国(英米仏ソ)の統治下に置かれます。混乱の真っただ中にあったドイツで最初に作られた作品が、この作品。東ドイツ側(まだ「DDR、ドイツ民主共和国」は成立していませんでしたが)で作られた映画です。当時のドイツはまだ瓦礫の山でした。そんな中で撮られた映画は、「瓦礫映画(Trümmerfilm)」と呼ばれたそうです。本作の監督はヴォルフガング・シュタウテ。そんな「瓦礫映画」の代表作と呼ばれるだけあって、破壊し尽くされたベルリンの町並みが何度も映し出されます。撮影用のセットではなく、実際の映像であるため、非常にリアル。かろうじて建っている壁だけの建物。ガラスが割れ、枠だけになった窓。どこまでも続く瓦礫の山。すべて本物。どの風景を見ても、戦争の悲惨さがリアルに伝わってきます。

 ヴォルフガング・シュタウテは、戦後は東ドイツで映画を撮っていましたが、その後西ドイツへ移住。一貫して左寄り・西ドイツ批判の映画を作り続けたそうで、60年代の西ドイツでは冷遇されていたそうです。本作はナチが犯した罪を告発する内容となっており、タイトルも意味深。「殺人者」が複数形なのです。本編で殺人者として登場する将校は1人なので、この「殺人者s」が意味するものもおのずと分かってきます。制作にあたった映画会社は、ソ連占領地区で設立されたDEFA。当然、内容もかなり左寄り。罪のない住民を虐殺する命令を下したナチの将校は、その罪を悔いることもなく、戦後は事業で成功して豊かに暮らしています。ファシズムの罪と資本家…。そういった構図が浮かび上がってきて、何となく見ていてムムム~となりました。詳しくないワタシが偉そうに書くのははばかられるのですが、「ナチの戦争責任」に対する旧東独の考え方が、早くもここに表れているような…(私の解釈が間違っていたらご指摘ください)

 途中、ブリュックナーが手にしている新聞が大写しになります。その新聞の見出しは「200万人がガス室に送られた」といった内容。アウシュヴィッツという単語も見えます。ソ連占領地域に住んでいた人は、1946年の段階では既にこういった内容を知っていたんですね…。

 ある映画評は、20年代に一世を風靡した表現派映画の影響が見られると指摘しておりました。ワタシもそんな気がしましたです。追い詰められ、精神を病む主人公の描写にその片鱗が…。そして影の効果を駆使する監督だな~とも思いました。また、「ドイツ映画に伝統的な室内劇的要素も見られる」とも指摘されています。

 余談ですが、ズザンネ役のヒルデガルト・クネフがこの作品でブレイク。世界的に有名になったそうで、このあとハリウッド映画にも出演しています。ぬゎんと、ドイツで初めて映画内でヌ~ドになった女優さんだとか。カトリック教会が猛烈に抗議したそうです。

<おまけ 瓦礫映画ってナンジャラホイ?>
第二次大戦後、1945年から1948年にかけて製作された映画で、文字どおり国土が瓦礫ばかりだった時代に生まれたため、そのように呼ばれているんだそうです。当時のドイツは米英仏ソ4カ国による統治下にありました。ナチの下で国有化された大会社ウーファは解体され、その後国内に存在したのはソ連占領地域に設立されたDEFAや、西側の小規模な映画会社やスタジオ。ナチお抱えの映画人は多くが映画界から追放され、機材やスタジオも焼失した中、撮影は困難を極めたんだそうです…。「瓦礫映画」が描いたのは、廃墟の中で生きる人々の様子や、ナチが犯した罪などだそうです(← 実際に観たわけではないので、伝聞ですが)。


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2011/10/04(Tue)

プラーグの大学生

*ブログに載せた日記を一部変更して転載いたしました。


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『プラーグの大学生』(原題:Der Student von Prag)1913年
Stellan Rye(シュテラン・ライ)、Paul Wegener(パウル・ヴェーゲナー)監督
Hanns Heinz Ewers (ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Edgar Allan Poe (エドガー・アラン・ポー) 原作
(ドッペルゲンガーが出てくる『William Wilson』に着想を得、エーヴァースが本作の脚本を書いたと言われています)
Deutsche Bioscop GmbH(ドイツ・ビオスコープ有限会社)制作

Paul Wegener (パウル・ヴェーゲナー)バルドゥイン役
John Gottowt (ヨーン・ゴットウト)山師スカピネッリ役
Grete Berger (グレーテ・ベルガー)伯爵令嬢マルギット役

<簡単なあらすじ(ネタばれありです。すみません)>
 1820年のプラハ。貧しい学生のバルドゥインは、プラハで一番の剣の使い手でした。ある日、バルドゥインは乗馬の最中に湖に落ちた美しい伯爵令嬢を助けます。その美しさに一目惚れしたバルドゥインでしたが、無一文の彼と伯爵令嬢では、あまりにも身分が違いすぎます。かなわぬ恋でした。そんなある日、怪しげな山師スカピネッリが彼の部屋を訪れます。伯爵令嬢に近づきたいバルドゥインは、大金をちらつかせるスカピネッリと契約してしまいます。彼は「10万グルデンと引き替えに、バルドゥインの部屋にあるものは何でも渡す」という誓約書にサインをするのでした。そしてスカピネッリは約束どおり、鏡に映ったバルドゥインの姿、すなわち分身を連れ去ってしまいます。

 大金を手にしたバルドゥインは一夜にしてプラハの名士となり、喜び勇んで伯爵令嬢に近づきます。令嬢も立派な身なりのバルドゥインに惹かれるのでした。ところが幸せに浸ったのもつかの間、バルドゥインの分身が行く先々に現れて彼を苦しめます。一方、令嬢には許嫁がいました。恋人を奪われた許嫁はバルドゥインに敵意を示し、とうとう2人は決闘することになります。伯爵令嬢の父が、未来の跡取りの命だけは奪わないでほしいとバルドゥインに懇願したにもかかわらず、分身が先回りして令嬢の許嫁を殺してしまうのでした。

 「決闘の末に相手を殺した」ことからバルドゥインは人望を失い、運命の歯車が狂い始めます。彼は弁解のために令嬢のもとへ駆けつけますが、鏡に姿が映っていないことに気づいた令嬢は恐怖のあまり、失神してしまいます。分身につきまとわれ、追い詰められたバルドゥインは、自分の部屋に現れた分身を撃ち殺してしまいます。ようやく呪縛から解き放たれたと喜ぶバルドゥインでしたが、胸から血が流れていることに気づき、そのまま絶命します。忌まわしい分身を抹殺したつもりが、実は自分自身を撃ってしまったのでした…。

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 「ドイツにおける最初の芸術映画」と呼ばれるサイレント映画「プラーグの大学生(プラハの大学生)」。ドイツ映画史を調べると、必ずと言っていいほど出てくるタイトルです。残念ながら日本ではなかなか手に入らず、ドイツのアマゾンでも在庫切れ。本当はオリジナルのドイツ語バージョンで見たいところですが、それが難しそうなので、アメリカのアマゾンで英語バージョンを注文しました。ただしこのDVDは40分バージョンなので、ところどころ端折られているのが残念。当時のドイツ人が大好きだったと言われる「ドッペルゲンガー(Doppelgänger、分身)」が登場します。1913年に制作された後、1926年と1935年に別の監督、別の出演者によってリメイクされております。

 主演のパウル・ヴェーゲナーは表現主義映画として知られる「巨人ゴーレム」の監督も務めていますね。さらに、ナチのプロパガンダ映画として知られる「コルベルク」(ファイト・ハーラン監督)にも出演しました。ドイツ語のウィキによると、プロパガンダ映画に出演していた一方で、反ナチの姿勢を隠そうともせず、反体制派に資金を提供し、活動家たちを自宅にかくまっていたんだとか。山師を演じたヨーン・ゴットウトは、知る人ぞ知る「ノスフェラトゥ」でブルヴァー教授を演じた人だったんですね…。「山師」という言葉がピッタリの風貌でした。ウッヒッヒ~という笑い声が聞こえてきそうな感じ。サイレント映画の中でも初期の作品だけあり、「室内劇映画」の要素が随所に見られます。役者もスタッフも劇場関係者なので、劇場の影響が色濃く見られます。

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『Der Student von Prag』(1926年)
Henrik Galeen(ヘンリック・ガレーン)監督
Henrik Galleen(ヘンリック・ガレーン), Hanns Heinz Ewers(ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Sokal Film GmbH制作

Conrad Veidt(コンラート・ファイト)バルドゥイン役
Werner Krauss(ヴェルナー・クラウス)山師スカピネッリ役
Agnes Esterhazy(アグネス・エスターハージー)伯爵令嬢マルギット役

 こちらは1926年に制作された「プラーグの大学生」。バルドゥインを演じたコンラート・ファイトは「カリガリ博士」で夢遊病者ツェザーレを演じた俳優さんです。ツェザーレはメイクが濃かった上、ほとんど寝てばっかりだったので、同じ人だとは思えない(苦笑)。こっちの山師は「山師」というより、山高帽をかぶった「謎の男」といった雰囲気。「ウッヒッヒ~」とは決して笑わず、「フフフ…」といった不敵な表情が似合う。旧作に比べると、カメラ向けの演技も撮影方法も格段に進歩し、この間に映画が一大娯楽産業となっていったのが伝わってきます。観客も目が肥えてきていたでしょうね。完成度も高いです。よくよく考えてみると、旧作は第一次大戦前夜、帝政ドイツの時代だったんですねぇ…。一方、1926年版はワイマール共和制に移行した時期。たったの13年ですが、激動の時代だったわけですから、社会の変化は大きかったのでしょう。ナットク。

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2011/10/04(Tue)

ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

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『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』(原題:Knockin' on Heaven's Door)1997年
Thomas Jahn (トーマス・ヤーン) 監督
Thomas Jahn, Til Schweiger (トーマス・ヤーン、ティル・シュヴァイガー) 脚本
Til Schweiger (ティル・シュヴァイガー) マーチン
Jan Josef Liefers (ヤン・ヨーゼフ・リーファース) ルディ
Thierry van Verveke (ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ)ヘンク
Moritz bleibreu (モーリッツ・ブライプトロイ)アブドゥル

 マーチンとルディは、たまたま同じ病院に入院したことで知り合います。2人とも、余命いくばくもないと宣告を受けた身でした。自暴自棄になりかけるルディにマーチンが言います。「海を見たことがないと、天国へ行って笑われるぞ。あそこでは今、海の話が流行ってるんだ」 そこで2人は車を盗み、ルディがまだ見たことのない海を見に出かけます。ところがその車はギャングの車。中に危ないカネが積まれていたのです。それを取り返そうとするギャングのヘンクと頭が少々弱いアブドゥルの2人。警察の追跡も加わり、珍道中となるのでした…。

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 これまた、とっても有名な映画。私が感想を書いたところで、「今さら感」たっぷりなのですが、もしかしてまだご覧になったことがない人もいらっしゃるかもと思って書いちゃいます。是非是非ご覧になってくださいませ。ドタバタなロードムービーなのですが、随所にホロリと来る要素がたっぷり。おバカなシーンにププっと笑いながらも、一抹の寂しさが、そしてなぜか「ほのぼの感」も感じられます。主演のほかに脚本(共同作業ですが)も担当したティル・シュヴァイガーはこれで世界的にも大ブレイク。既にドイツ国内では「超」がつくほどの人気者だったそうですが、演技だけでなく、映画作りの才能も世に示したかたちとなりました。本作のあと、彼は監督業も手がけるようになり、次々とヒット作を世に送り出しています。ったく、「マルチ」という言葉がぴったり。役者・脚本家・監督・プロデューサー。何でもできちゃう。ただ、ティル・シュヴァイガーの作品って日本ではあまりDVD化されていないのが残念。セリフも非常に凝っていて面白い作品が多いのですが、オリジナルのドイツ語から他言語に訳すと面白さや持ち味が半減してしまうケースが多いような気がします。だからかしら。残念!

 脚本家は当時無名だった新人。いつか脚本家になりたいと思いつつ、タクシーのドライバーをしていたと本人がインタビューで打ち明けています。ある日、書店で偶然ティル・シュヴァイガーを見つけ、話しかけた上で脚本を彼に送り付けたとか。それを見たティルは「いける!」と思ったのか、すぐに映画化に向けて行動開始。それが大当たりとなったそうです。主演2人の演技はもちろんですが(ヤン・ヨーゼフ・リーファースは日本では無名ですが、ドイツではあちこちで見かける演技派の俳優さんです)ギャング2人の演技もコミカルで楽しい。ティエリー・ファン・ヴェルフェーケはルクセンブルクの俳優ですが、惜しくも昨年亡くなりました…。ちょっとマヌケなギャング、アブドゥル役のモーリッツ・ブライプトロイは、この頃から存在感ありまくり。この人も、どんな役でもこなせる役者さんですね。「海を見ておかないと、天国で笑われる」という発想もツボ。日本のように海に囲まれているわけではないので、北に行かない限り海は見られないですよね。

<おまけ>
 最後の最後に、不思議なおじさんが出てきます。これは今年の1月に急逝した名プロデューサー&名脚本家、ベルント・アイヒンガー。この作品のためにカメオ出演したのでした。「薔薇の名前」「ネバーエンディングストーリー」「ヒトラー 最期の12日間」「パフューム ある人殺しの物語」などを手掛けた、ドイツではとってもとっても有名でビッグな人でした。

 もし、もおぉぉぉ~し、ご覧になったことがなかったら、是非是非見てみてくださいねー。(って、ワタシが作ったんじゃないのですが…^^;)

☆主題歌(本編のシーンが見られます)



 
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2011/09/25(Sun)

グッバイ、レーニン!

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『グッバイ、レーニン!」(原題:Good Bye, Lenin!)2003年
Wolfgang Becker (ヴォルフガング・ベッカー) 監督
Daniel Bruehl (ダニエル・ブリュール) アレックス
Katrin Sass (カトリン・ザス) 母
Maria Simon (マリア・ジーモン) アリアーネ
Tschulpan Chamotowa (チュルパン・ハマートヴァ)
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) デニス
Burghart Klaussner (ブルクハルト・クラウスナー)父

 1989年10月、東ベルリン。DDR(ドイツ民主共和国、東ドイツ)に住むアレックスの母はガチガチの共産主義者。理想的な国家を目指して日々努力する、理想的な「東ドイツの母」です。一方、アレックスは母とは反対の立場。DDR建国40周年の記念行事が催される当日も、アレックスは民主化を求めるデモに参加していました。その彼の目の前で母が倒れます。心筋梗塞でした。

 倒れたその日から、母はこんこんと眠り続けます。母が意識を失っている間に東ドイツの状況は激変。ベルリンの壁が崩壊し、国境が開かれ、世の中の流れは一気に東西統一へ。アレックスも生まれて初めて西側の地を踏みました。姉アリアーネはさっさと大学を辞め、ハンバーガーチェーンで働くことになります。衛星テレビを取りつける会社に勤めたアレックスは、ワールドカップという特需の恩恵を受け、忙しい日々を過ごします。ソ連から来ていた看護師のララとも親密な仲に。そんな中、母が8か月もの眠りから覚め、意識を取り戻しました。しかし心筋梗塞を患った母にショックは禁物。愛する祖国がなくなりかけていることを知ったら命取りになりかねません。アレックスは、壁の崩壊という歴史的事実を隠し、何もなかったかのような生活を装うことに決めます。

 壁の崩壊を隠すこと ― それは、急速に西側化していく東ドイツの実情を隠すことでした。ものすごい勢いで失われていく旧東ドイツの“遺品”をかき集め、歴史の流れに逆行しようと涙ぐましい努力を払うアレックス。資本主義の象徴たるモノであふれかえる世間から隔離された自宅の部屋の中だけは、以前と変わらない東ドイツが存在するのでした。そんなアレックスの献身的な看病が功を奏し、母も一時は小康状態を保ちます。しかしその後、容体が悪化。西側へ行ったまま戻らなかった父に会いたがるのでした…

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 あまりにも有名な作品なので、今さらワタシがご紹介するのも気が引けちゃいますです。壁の崩壊と東西統一を面白おかしく描いた作品ですが、ドイツ以外の国でも広く支持されました。久しぶりにDVDを見ましたが、愉快で楽しい作品のはずなのに、なぜか一抹の寂しさがつきまとう。外国人である私にも、なぜか「オスタルギー(ノスタルジーと“東(オスト)”の造語)」が感じられるのです。共産圏特有の「トンデモ」な面を揶揄しつつ、そんな中でも理想を追い求めて頑張って生きてきた人たちに対して敬意を払うことを忘れていないからでしょうか。

 具体的に観ていくと、旧東ドイツを知る人にとっては「そう、それそれ!懐かしい~(感涙)」と言いたくなるブツのオンパレード。ピクルス、モカフィックス・ゴールドなるコーヒー、当時どこにでも掛けてあったホーネッカー書記長の写真、ウソを垂れ流した Aktuelle Kamera という番組…。華やかな西側の商品に比べると、はるかに地味で購買意欲をそそらない共産圏の商品は通貨統合と共にあっという間に姿を消しました。そういったモノが手に入るのは、のみの市だけ。誰もが西のモノを追い求めていた中、1人で東のモノを探しまくるアレックスの姿が何とも皮肉に映ります。衛兵交代の後ろをコカコーラのトラックが通るシーンが資本主義の勝利を象徴しています。歴史の中では、確かに東ドイツは消滅し、資本主義の西ドイツが併合した形になったけれど、息子が母を想う気持ちに東西の差はない。祖国を愛し、昔日の思い出を懐かしむ気持ちにも東西は関係ない。モノがなくても、共産党一党独裁の体制が矛盾だらけでも、経済が行き詰っていても、人の気持ちに違いはない。そんな、普遍的で人間的な“愛”にあふれた作品です。決して西側の「勝ち組的上から目線」ではないのです。だからこそ、旧東ドイツの人たちからも支持されたのでしょう。
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予告編 その1


予告編 その2




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2011/09/21(Wed)

善き人のためのソナタ

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『善き人のためのソナタ』(原題:Das Leben der Anderen)2006年
Florian Henckel von Donnersmarck (フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)監督、脚本
Ulrich Mühe (ウルリッヒ・ミューエ)ヴィースラー大尉
Sebastian Koch (ゼバスティアン・コッホ)ゲオルク・ドライマン
Martina Gedeck (マルティナ・ゲデック)クリスタ=マリア・ジーラント
Ulrich Tukur (ウルリッヒ・トゥクル)グルービッツ
Herbert Knaup (ヘルベルト・クナウプ)ヘッセンシュタイン

<簡単なあらすじ>
 1984年、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。ヴィースラー大尉は国家保安省(シュタージ)の有能な諜報員で、反体制派の人物に対して厳しい取り調べを行っています。そんなヴィースラーに、劇作家ドライマンと恋人で女優のクリスタ=マリアを監視せよとの命令が下されます。反体制の証拠を見つけるべく、ヴィースラーは作戦を開始。彼らの家に盗聴器を仕掛け、24時間体制で一部始終を記録するのでした。

 そんな中、劇作家ドライマンは、反体制の烙印を押されて活動禁止処分となった演出家イェルスカを何とか元気づけようと努めます。そのイェルスカがドライマンの誕生日に贈った楽譜には「善き人のためのソナタ」とのタイトルが書かれていました。盗聴器を通してその調べを聴いたヴィースラーは強く心を動かされます。そして彼らの思想、彼らの活動に少しずつ共感していくのでした。

 しかし生きる希望を失ったイェルスカは自らの命を断ちます。彼を死に追いやった当局に怒りを覚えたドライマンは、驚くべき手に出ます。西ドイツの雑誌記者に接触し、東ドイツで自殺者が多数出ていることを告発する記事を書き、それを西側で発表したのです。盗聴と監視により、すべてを知るヴィースラーでしたが、なんと2人をかばいます。どうしても証拠を上げたい当局は、あらゆる手を使ってゆさぶりをかけてきます。

 そして壁の崩壊。シュタージの資料を調べ、自分が監視されていたことを知って愕然とするドライマン。さらに、自分をかばってくれた諜報員の存在に気づきます。彼は彼なりの方法で、感謝の気持ちを伝えるのでした…

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 あまりにも有名な作品なので、今さら私がご紹介するのもなんだか申し訳ない気がします。本作で主人公ヴィースラー大尉を演じたのは、故ウルリッヒ・ミューエ。この作品に出演した数年後にガンで他界しています。旧東ドイツ出身のミューエ氏は、自らもシュタージに監視された過去を持ちます。妻がIM(非公式協力者)として夫であるミューエ氏を当局に密告していたと言われているのです。そんなミューエ氏による真摯な演技はとても迫真的で胸に迫ります。また、フォン・ドナースマルク監督が4年の歳月をかけて調べ上げたという、シュタージの手口が非常にリアル。見ていると背筋が寒くなります。(ただし、徹底的な訓練を受けたエリート諜報員が“変節”することは当時ありえなかった、この映画はシュタージの罪をむしろ矮小化しているとの批判もあるそうです。実際は本作よりもっと厳しかったということでしょうか。批判はあるにせよ、それまで外にはあまり知られなかった秘密警察「シュタージ」がクローズアップされ、その実態が明らかにされたという点で評価されているとのことです。)

 フォン・ドナースマルク監督は、名門ミュンヘンテレビ映画大学の卒業生。この作品は監督の卒業制作でした。低予算でしたが、その脚本の内容や完成度に驚いた俳優やスタッフが、通常のギャラの半分以下で撮影を快諾したため、制作が実現したと言われます。本作はドイツ国内の映画賞を総なめ。そして翌年、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。

<おまけ>
ミュンヘンテレビ映画大学とは:1967年、ミュンヘンに設立された名門大学。多くの映画人を輩出していることで知られます。卒業生の中には、ヴィム・ヴェンダース監督、ローランド・エメリッヒ監督、ウリ・エデル監督、ドリス・デリエ監督、カロリーネ・リンク監督、名プロデューサーのベルント・アイヒンガーなどなど、そうそうたる顔ぶれが見られます。第二次大戦後、ドイツ映画界は衰退の一途をたどります。優秀なユダヤ系の人材はナチの弾圧から逃れてアメリカへ。ナチお抱えの映画人は戦後は映画界から追放されています。「黄金の20年代」とも呼ばれた、かつての華やかさ・重厚さは失われ、制作されるのはテレビ放映用の映画ばかり。そんなドイツ映画界に危機感を抱いた若き映画人たちがオーバーハウゼンにて「ドイツ映画は死んだ」との声明を発表したのが1962年。その後、ベルリンやミュンヘンにこうした養成機関が設立され、少しずつドイツ映画はかつての勢いを取り戻しつつあったと言われます。

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2011/09/16(Fri)

ヴィーナス11(イレブン) 彼女がサッカーを嫌いな理由

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『ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由(わけ)』(原題:FC Venus - Elf Paare müsst ihr sein)2006年
Ute Wieland (ウテ・ヴィーラント) 監督
Christian Ulmen (クリスティアン・ウルメン)パウル・ブルーン
Nora Tschirner (ノーラ・チルナー)アンナ
Anneke Kim Sarnau (アンネケ・キム・ザルナウ)キム・ヴァーグナー
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) シュテフェン・ハーゲン
Andreas Pietschmann (アンドレアス・ピーチュマン) マーク・リッター

<簡単なあらすじ>
 サッカーが命のパウルは、親友シュテフェンの頼みでベルリンを離れ、生まれ故郷に戻ります。パートナーのアンナも仕事を辞め、パウルについて行きます。アンナは転職のための引っ越しだと思い込んでいたのですが、本当の理由は別のところにありました。故郷のサッカーチームのメンバーが負傷し、助っ人に呼ばれたのでした。ところがアンナは大のサッカー嫌い。それをよく知るパウルは、とても理由を言い出せなかったのです。引っ越し後に本当の理由を知ったアンナは激怒。同じく、パートナーのサッカー好きに嫌気がさしていた妻や恋人たちが意気投合し、夫に賭けを持ちかけます。「サッカー対決を行い、女性チームが勝てば、サッカーを禁止する。男性チームが勝てばサッカー解禁。ただし女性チームのメンバーは、男性チームのメンバーと関係を持った者とする。」これが賭けの内容でした。サッカーをしたこともない女性に負けるはずがないと考えたパウルたちは、賭けを快諾します。

 パートナーにサッカーを禁止すべく、女性たちはサッカーの練習を始めます。アンナはU15の代表選手だった過去をカミングアウト。このことはパウルも知りません。有名なサッカー監督だった父に反発し、サッカーをやめてしまったのでした。しかしアンナ以外の女性たちはみんな素人。とても試合になりません。考えた末、アンナは知り合いの女子サッカー選手に助っ人を頼みます。ネックなのは「男子選手と関係があった女性をチームのメンバーとする」という賭けの条件。それをクリアするため、彼女たちは驚くべき手段に出ます。さらにゲイのメンバーも合流。いよいよ試合が始まりました…

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なでしこフィーバーに便乗してご紹介しちゃいます。すっごく楽しい映画です。フィンランド映画をリメイクした作品で、三度のメシよりもサッカーが好きという男たちにウンザリしていた女性が立ち上がるという痛快なストーリー。随所にぷぷっと笑える演出があって楽しめます。ヒロインのノーラ・チルナーはティル・シュヴァイガーのラブコメ常連ですが、こういったコメディがよく似合う女優さんです。女性も男性もキャラ揃い。主役のクリスティアン・ウルメンはお人好しでちょっとヌケてるキャラがぴったり。親友役のフローリアン・ルーカスもいい味出しています。イケメン俳優アンドレアス・ピーチュマンがなんとオカマ役。くねくねしているのに、ひとたびサッカーボールを蹴り始めると別人のようになるのが素敵。DVDのジャケットは何となくチャチな印象を受けますが、とんでもない。しっかり作ってある楽しい作品です。ちょっぴり下ネタも入っていますが、なぜか下品じゃない。オススメです。





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2011/09/15(Thu)

Freiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft(ドイツにおける映画のレイティング)

 日本で公開される映画作品は映倫による審査を受けますが、ドイツでも似たようなレイティングシステムが存在します。それがFSK。FSKとはナンジャラホイ?

→ Freiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft:ドイツにおける映画産業の自主規制組織。ズバリ、ドイツの映倫。青少年に有害と思われる内容を審査し、レイティングするのがその仕事で、審査規定は JuschG (Jugendschutzgesetz、青少年保護法)に準拠したもの。

組織:映画やテレビ、ビデオなどの映像産業の16団体で構成される上部団体 SPIO (die Spitzenorganisation der Filmwirtschaft e.V.) の100%子会社で、GmbH(有限会社)の形態を取っています。主な収入源は審査料。

歴史:第二次大戦後、ドイツ映画界は占領軍の支配下にあり、厳しい検閲が行われていました。アメリカ軍占領地域で検閲を行った人物は、敏腕プロデューサーとして知られたエーリヒ・ポマー。ユダヤ系であったため、ドイツからアメリカへ移住してハリウッドで活躍していましたが、アメリカ軍にその手腕を買われて戦後のドイツに呼び戻されたのです。その後、連合軍の要求により新しく検閲制度を整えることになりました。そこでドイツ映画界をよく知るポマーに白羽の矢が立ち、1949年6月に検閲機関FSKが誕生するに至りました。その後、1970年までは、このFSKが検閲を行った作品しか上映を許されなかったそうです。なお、初めてこの組織の審査を受けた映画は、戦時中に制作されたものの、ナチ政権からNGを出された作品だとか。しかし戦後、連合軍側(ソ連を除く)からOKが出、設立間もないFSK が初めて審査することになったそうです。1949年のことでした。

審査を行うメンバー:190名を超える担当者が審査に当たるとのこと。映像産業の従事者以外にもジャーナリストや教師、心理学者、学生、主婦など様々な分野の人々で構成され、その任期は3年。

レイティング:主に次のように分けられます。

●freigegeben ohne Altersbeschränkung:年齢制限なし
●freigegeben ab 6 Jahren:6歳からOK
●freigegeben ab 12 Jahren:12歳からOK
●PG (Parental Guidance):「freigegeben ab 12 jahren(12歳から)」と書かれている場合でも、PG の条件つきなら、保護者同伴で 6歳~の子供も見ることができる。
●freigegeben ab 16 Jahren:16歳からOK
●keine Jugendfreigabe :以前は「nicht freigegeben unter 18 Jahren(18禁)」と表示されたそうですが、2003年4月以降は、「未成年入場禁止」という表示に変わったとのこと。』

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2011/09/03(Sat)

クララ・シューマン 愛の協奏曲

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『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(原題:Geliebte Clara)2008年
Helma Sanders-Brahms (ヘルマ・サンダース=ブラームス) 監督
Martina Gedeck (マルティナ・ゲデック) クララ・シューマン
Pascal Greggory (パスカル・グレゴリー) ロベルト・シューマン
Malik Zidi (マリック・ジディ) ヨハネス・ブラームス

 ピアニストのクララ・シューマンと作曲家のロベルト・シューマンはコンサート・ツアーのためにヨーロッパ各地を飛び回る日々を送っていました。ハンブルクでのコンサートで、夫妻は不遜な青年と知り合います。無名のピアニスト、ヨハネス・ブラームスでした。その奔放な態度に興味を持ったクララは夫を連れて場末の酒場を訪れます。そこで彼が奏でるピアノに、彼女はたちまち引き込まれるのでした。

 その後、夫妻はデュッセルドルフに落ち着きます。ロベルトがデュッセルドルフのオーケストラの音楽監督に招かれたからでした。ライン地方の明るい日差しを浴び、ツアーで心身ともに疲れ果てていたロベルトも元気を回復。交響曲「ライン」を書き上げます。そんな夫妻の前に再びブラームスが現れました。彼が贈ったソナタを弾いたクララは、その才能に衝撃を受けます。それはロベルトも同じでした。そのままブラームスは夫妻の家に住むこととなります。

 音楽監督の仕事と作曲に精を出すロベルト。ところが彼は楽団員とそりが合わず、うまく指揮ができません。クララは幼い子供たちの世話に追われつつ、夫を支えるのでした。しかしロベルトは次第に精神のバランスを崩し、薬物に溺れるようになります。一方、才能が認められたブラームスは脚光を浴びるようになりました。

 ロベルトの症状は改善せず、とうとうライン川に身を投げてしまいます。漁師に引き上げられ、一命を取り留めたロベルトでしたが、もはや限界でした。とうとう精神病院に入院することとなりました。献身的に尽くしてきたクララをブラームスが支えますが…。

***********************

結婚を認めない父に対して裁判まで起こし、ようやく一緒になれたクララとロベルトでしたが(詳しいいきさつは、『哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~』を是非ご覧ください★)、その生活は順風満帆とはいかなかったようです。「Wunderkind(奇跡の子供)」とまで呼ばれた名演奏家のクララでしたが、結婚後は子供や夫の世話に追われ、ピアノの練習もままならなかった模様。夫はオーケストラの楽団員と合わず、引きこもりがち。さぞかし大変な思いをしたと思われます。

 それにしても、ロベルト・シューマンとヨハネス・ブラームスという2人の大音楽家から愛されるクララって、やはり魅力的だったのでしょう。ロベルトも妻とヨハネスの関係を疑いつつ、一方でヨハネスの才能を絶賛していた模様。また、ヨハネスもロベルトを心から尊敬していたようです。この3人の奇妙な関係は、凡人にはとうてい理解できないけれど、こんな三角関係も各自が天才だからこそ成り立ったのかもしれません。本作は史実どおりというわけではなく、フィクションもかなり織り交ぜてあるそうです。ロベルト・シューマンをこよなく愛する人にとっては不満かもしれません。本作でのロベルトは、かなりトホホな状態ですから。本作の監督は女性だということもあり、2人の男性に挟まれて悩むクララ、母・妻・ピアニストという役割の中で悩むクララを描きたかったようです。

 ところえクララを演じたマルティナ・ゲデックは、役作りのためにヒマを見つけてはピアノを弾いていたそうです。余談ですが、ラインから引き上げられたロベルトの体がマッチョでびっくり。この俳優さん(フランスでは有名な方だそうです)、相当鍛えてます。カッチカチやぞ~(古っ)。

<おまけ>
若きブラームスがクララに捧げたピアノソナタ第2番。とても情熱的で、愛を感じます…。


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2011/08/30(Tue)

都会のアリス

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『都会のアリス』(原題:Alice in den Städten)、1973年
Wim Wenders (ヴィム・ヴェンダース) 監督
Veith von Fürstenberg (ファイト・フォン・フュルステンベルク)、ヴィム・ヴェンダース 脚本
Rüdiger Vogler (リューディガー・フォーグラー) フィリップ・ヴィンタース
Yella Rottländer (イェラ・ロットレンダー) アリス・ファン・ダム
Lisa Kreuzer (リザ・クロイツァー) アリスの母

 ジャーナリストのフィリップ・ヴィンターは、旅行記を執筆するためにアメリカを旅行中。ところが、広大なアメリカはどこを見ても同じに見え、個性が見いだせない。モーテルで見るテレビ番組も空しいだけ。ポラロイドカメラの写真だけが増えていき、肝心の旅行記はどうしても筆が進みません。その結果現地のエージェントの怒りを買い、フィリップはドイツへ戻ることになります。ところがドイツの空港はストライキ中。仕方なく、翌日のアムステルダム行きに乗って帰国することに。そんな折、同じくドイツへ帰国しようとしていた母娘と出会います。母は娘をフィリップに託したまま、姿を消してしまいました。途方に暮れるフィリップ。9歳の少女アリスと2人でアムステルダムへ戻ります。アリスに振り回されるフィリップでしたが、いつしか彼の心の中に変化が芽生えます。それまではどちらかというと投げやりで、生きる意味を見失っていたようなフィリップが、アリスに情を動かされたのです。面倒なことは嫌いだったはずなのに、この少女を見捨てておけなくなるのでした。2人は車を借り、アリスの記憶を頼りに祖母宅を探しに出かけます…。

**********************

 ヴィム・ヴェンダース監督によるロードムービー3部作のうちの1作目。ウィキペディアによると、『即興撮影を用いたヌーヴェルヴァーグ風であり、随所に監督がファンだと言う小津安二郎へのリスペクトが感じられる』んだそうです。ほにゃく犬個人の感想で大変恐縮ですが、それまでどちらかというとニュージャーマンシネマ系の映画は敬遠しておりました。が、この作品はとっても分かりやすかったです。アメリカに対する羨望と失望。傷心のままアムステルダムに降り立つと、そこがまた彼にとっては異質の町。大都会って、そこに溶け込む人にとっては刺激的で魅力のある空間だけど、どうしても溶け込めない人間からすると、とっても冷たくて無機的。モノクロの映像が、彼の空しい気持ちを如実に物語っているよう。また、ルール地方を車でドライブするシーンが映りますが、工業地帯特有のもの悲しさがあるのです。何となく「かつて繁栄した」感が漂い、寂しげで独特の雰囲気。母から見捨てられかけ、心細く思う少女の心情と重なります。

 モノクロだけあって、全体的に無力感とか、寂寥感みたいなのが漂います。そんな中で、“身を置く場所がない”男と少女には共通する何かがあります。言葉で表すのは難しいのですが、2人の間に少しずつ信頼関係とか、共通意識みたいなものが芽生えてくるのが感じられました。アリス役の少女が好演。こちらのサイトの解説がとっても分かりやすくてよかったです → コチラ 良作だと思います。お薦めいたします。

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2011/08/27(Sat)

哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~

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『哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~ (原題:Frühlingssinfonie)、1983年
Peter Schamoni (ペーター・シャモニ) 監督
Nastassja Kinski (ナスターシャ・キンスキー) クララ・ヴィーク
Rolf Hoppe (ロルフ・ホッペ) 父ヴィーク
Herbert Grönemeyer (ヘルベルト・グレーネマイヤー) ロベルト・シューマン

 娘クララ・ヴィークの才能を見抜いたピアノ教師の父は、幼い頃から英才教育を施します。クララも父の期待に応え、数々の演奏旅行で成功を収めてきました。そんなピアノ教師ヴィークの下には、多くの生徒が集まります。若きロベルト・シューマンもその一人でした。彼は20歳、そしてクララは11歳の少女でした。ヴィーク氏の生徒となったロベルトは熱心に練習に打ち込みますが、練習しすぎがたたって指を故障してしまいます。ピアニストとしての道を絶たれたロベルトは、作曲家の道へ進もうと決めます。そしていつしか2人は愛し合うようになります。

 しかしロベルトは、まだ作曲家として世に認められてはいません。そんなロベルトと愛娘が親しくするのが許せない父親は、2人を引き離そうと画策。クララをドレスデンへ行かせます。後を追うロベルト。しかし、2人が一緒になることを父ヴィークは許そうとしません。とうとう2人は結婚の許可を得るために、裁判を起こすのでした…。

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 本作は冷戦のさなかに製作された、初めての東西ドイツによる合作です。史実に合わせ、ロケは当時の東ドイツにあったライプチヒとドレスデンで行われました。また、父ヴィークを演じたのは東ドイツの俳優です。ロベルト・シューマン役は「U・ボート」で成功を収めた俳優ヘルベルト・グレーネマイヤー。しかし彼はこの作品以降は大きな作品には出演せず、音楽の道に進んで現在に至ります。成人してからのクララを演じたのはナスターシャ・キンスキー。撮影当時は21歳で、めちゃくちゃキレイです。

 本作は当時の歴史を忠実に描くことを目的に製作されたそうで、衣装、髪型、楽器、調度品など、どれも忠実に再現されています。古い町並みが時代を感じさせ、とっても素敵。父は娘クララを手塩にかけて育てますが、ロベルトと恋に落ちたクララは父から離れていきます。ひたむきにロベルトを愛するクララ。一方、ロベルトは女癖が悪く、ロベルト一筋のクララをやきもきさせます。天才少女として小さい頃から注目され、名声と父の愛に包まれて何不自由なく暮らしてきたクララは、ロベルトとの愛を成就させるものの、その後の苦労を暗示するような雰囲気が画面から伝わってきます。この作品で、ナスターシャ・キンスキーは「連邦映画賞主演女優賞」を受賞。なお、連邦映画賞は、現在のドイツ映画賞の前身です。音楽がお好きな方は必見。クララやロベルト・シューマンのほかに、メンデルスゾーンも登場します。

 監督はペーター・シャモニ。1962年に若手映画監督たちが発表した「オーバーハウゼン宣言」の中に名を連ねています。この宣言は、「古い映画は死んだ。我々は新しい映画を信じる」といった内容で、後に「ニュージャーマンシネマ」と呼ばれる新しい潮流を生み出したことで知られています。

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(↑ この写真だと、まるでダルビッシュ投手みたいに見えますが、映画の中のクララはもっと可憐です^^;)



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2011/08/22(Mon)

ベルリン陥落1945

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『ベルリン陥落1945』(原題:Anonyma)2008年
Max Färberböck (マックス・フェルバーベック)監督、脚本
Mrta Hillers (マルタ・ヒラーズ)
Nina Hoss (ニーナ・ホス)匿名の女性
Jewgeni Sidichin(エフゲーニ・シディチン)赤軍将校アンドレイ
Irm Hermann (イルム・ヘルマン)老婦人
Juliane Köhler (ユリアーネ・ケーラー)エルケ
August Diehl (アウグスト・ディール)ゲルト

主人公の女性はフランスやロシアでジャーナリストとして働いていましたが、ドイツの運命を自分の目で確かめるため、敗戦の色が濃い祖国ドイツの首都に戻ってきました。ベルリンは連日の空爆で壊滅状態。主人公は近隣の人たちと防空壕に避難する毎日を送っています。やがて赤軍がベルリンに侵攻、荒くれ兵士がなだれ込んで来ます。そして怖れていたことが起きました。幼い子供から老女まで、女性という女性が赤軍兵士に繰り返し暴行されたのです。

 主人公の女性も例外ではありませんでした。複数の兵士から暴行される屈辱だけは何とか避けようと考えた彼女は将校の愛人になろうと決めます。愛人となった将校はインテリで紳士的な男性で、彼女に食料も融通してくれるようになりました。

 そして敗戦。戦場から男たちが少しずつ戻ってきます。しかし生きる気力を失い、自らの命を絶つ男性もいました。主人公の夫も戻ってきます。ところが妻の日記を読んだ夫は妻を責め、去っていくのでした…。

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この作品は、ある女性ジャーナリストの手記をもとに作られたものです。

『ベルリン終戦日記 ある女性の記録』
アントニー・ビーヴァー序文
山本浩司 訳
白水社

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 ベルリンで被害に遭った女性は10万人とも言われており、その後自殺した女性も多数いるそうです。この女性は戦後、自分の経験を記した手記を出版しました。ところがこの勇気ある告白が「ドイツ女性の恥」とされて激しく非難されてしまいます。著者は深く深く傷つき、それ以降は名前を隠すようになりました。原題の「Anonyma(=匿名の女性)」はそこから来ています。我が身を守るために苦肉の策として愛人となったことが、「恥」と受け止められたとのこと。そうせざるをえなかった苦しみというのは、経験した人にしか分からないのかもしれません。平和な世の中に生きる私たちには想像もできないほどの苦しみだったのだと思います。

 日本では「ベルリン陥落1945」というタイトルでDVDが出ています。ジャケットは限りなく「ドンパチ系」に見えますが、内容はもっとシリアス。美人女優ニーナ・ホスが体当たりの演技を披露しています。ベルリンで再会する友人は、「ヒトラー最期の12日間」や「名もなきアフリカの地で」のユリアーネ・ケーラー。主人公の夫は「青い棘」や「ヒトラーの贋札」などに出演したアウグスト・ディールが演じています。ドイツは長らく、自国の戦争被害を描くことをタブー視してきましたが、ここ数年になって少しずつ映画化するようになったようです。

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2011/08/21(Sun)

嘆きの天使

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『嘆きの天使』(原題:Der Blaue Engel)1930年
Joseph von Sternberg (ジョセフ・フォン・スタンバーグ)監督
Heinrich Mann(ハインリヒ・マン)原作
Marlene Dietrich (マレーネ・ディートリヒ)ローラローラ役
Emil Jannings (エミール・ヤニングス)ラート教授

<簡単なあらすじ>
 ラート教授はギムナジウムで英語を教える非常に厳格な先生。博士の肩書きも持つ教養ある人物で、反抗期の生徒たちを厳しく指導していました。しかし家にはお手伝いさんだけ。毎朝、さえずりを楽しみにしていた小鳥も死んでしまい、わびしい生活を送っています。

 そんなある日、生徒たちが盛り場に出入りしていることを知り、取り締まりに乗り込みます。そこは場末のキャバレー「嘆きの天使」。旅芸人の一座が芸を披露していました。場末特有の退廃的な雰囲気に嫌悪感を抱く教授でしたが、そこで美しい足を惜しげもなく披露しながら歌う娘に心を奪われます。一座の看板娘、ローラローラでした。厳格だった教授はすっかり魅せられ、ローラローラ目当てに通うようになります。盛り場の女性と付き合っていることが校長に知れ、ラート教授は職を失います。次の興業を行う町へ移動するその日、教授はローラローラに求婚するのでした。ローラローラも結婚を受け入れ、2人は結ばれます。ギムナジウムの教授という、誰からも尊敬される職業を失っても教授は幸せでした。愛するローラローラと一緒にいられるのですから。

 蓄えの尽きた教授はローラローラの一座とともに各地を巡業して回ります。ローラローラの歌が終わるとブロマイドを客に売るのが彼の仕事でしたが、プライドが邪魔をして稼ぐことができません。そんな教授も舞台に立つことになりました。かつて教授として教えていた町で興業することになったのです。昔の教え子や同僚の前で道化の芸を披露をするのは屈辱でした。道化師の衣装に身を包んだ教授がふと舞台裏に目をやると、妻のローラローラは別の男に言い寄られています。舞台では頭で生卵を割られ、鶏の鳴き真似を強要される…。誇り高き教授は屈辱にまみれ、自暴自棄になって暴れるのでした…

****************************

 それまで無名だったマレーネ・ディートリヒが、これで一気にスターダムにのし上がったことで知られる有名な作品。ネットで立派な解説がいろいろ読めますので、今さら私が何かを書いたところで、申し訳ないばかりなのですが…。若くて無邪気なローラローラに一目惚れし、すべてを捨ててでも一緒になろうとする教授が哀しい。老いらくの恋は激しいんですよね。「教授+博士」とうダブルの肩書きは、ドイツでは水戸黄門の印籠。誰もが「はは~」っとなっちゃうくらい、権威があるものだと思います。でも、そんな肩書きも場末で陽気に歌う若い娘には通用しない。「それが?」といった反応に、教授はある種の新鮮さを感じたのではないでしょうか。若くてはつらつとしていて したたかで、小悪魔的な魅力があって。それまで大切に守ってきたものを教授に捨てさせるのに十分な魅力だったのでしょう。それがいつしか娘の下僕のようになり、ひざまずいてストッキングをはかせるほど落ちぶれてしまいます。誇り高き教授も肩書きや職を失うと、こうも惨めなのか。カレンダーが映るシーンがありますが、時は1929年。世界恐慌の時代ですよね。町は失業者であふれ、その日のパンを稼ぐだけでも大変な時代。ラート教授のような運命をたどった紳士も多かったのかも。

 この作品の監督はドイツ系ユダヤ人ジョセフ・フォン・スタンバーグ。幼い頃にアメリカにわたりましたが、ドイツに戻ってこの作品を撮っています。無名だったマレーネ・ディートリッヒを発掘して主役に抜擢した話は有名です。原作はハインリッヒ・マンの「Professor Unrat」。教授の名は「Rath(ラート)」でしたが、生徒たちが頭に「un」をつけて、「Unrat(ウンラート)」と呼んでいたことに由来します。Unrat とは「汚物、クズ、排泄物」という意味。原語で考えると哀しいです。そのあだ名のとおり、悲惨な最期を遂げます。自身が教鞭を執っていた高校の教室に遺体が転がっていたのですから…。

 ご参考までに、ある映画評を引用いたしますね。個人的には、うがった見方のように思えるのですが…:
『高校教師という職業が、ドイツでは一つの権威を象徴し、女との生活に託した自由への脱出が、結局主人公を自滅させる――と見るのはクラカウアーである。映画の成功は、ディートリッヒという新しい性の魅力をめぐるマゾ的な共感によるものにほかならない。とすれば、この自虐性こそ、高校教師に代表されるドイツ中産階級の立場――やがてヒトラーに屈服する彼等の未来を予言していると言えるのである』(以上、キネマ旬報社「世界の映画作家34ドイツ・北欧・ポーランド映画史」より引用いたしました)

(あり注:クラカウアーとは、「カリガリからヒトラーまで」の著者である学者ジークフリート・クラカウアーのことです)

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2011/08/19(Fri)

ハイジャック181

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『ハイジャック181』(原題:Mogadischu)、2008年
Roland Suso Richter (ローラント・ズゾ・リヒター)監督
Thomas Kretschmann (トーマス・クレッチマン)ユルゲン・シューマン機長役
Nadja Uhl (ナディヤ・ウール)客室乗務員ガービ役
Said Taghmaoui (サイド・タグマオウィ)マフムート役
Herbert Knaup (ヘルベルト・クナウプ)GSG9隊長ヴェーゲナー役
Christian Berkel (クリスティアン・ベルケル)シュミット首相役

<簡単なあらすじ>
 時は1977年。ドイツではRAF(ドイツ赤軍派)によるテロの嵐が吹き荒れていました。政治家や企業家が誘拐や暗殺の憂き目に遭い、爆破事件も頻発。経済界の重鎮マルティン・シュライヤーもRAFのメンバーに誘拐された1人でした。彼らの目的は、刑務所で服役中の仲間を釈放させることでした。しかし政府はテロリストとの交渉を拒み、釈放に応じようとしません。業を煮やしたRAFは共闘関係にあったパレスチナゲリラに接近。政府にさらなる圧力をかけるため、ルフトハンザ「ランツフート号」のハイジャックという手段に出ます。

 スペインのマヨルカ島からドイツへ戻るはずだった「ランツフート号」の機長はユルゲン・シューマン。彼はあくまでも冷静に対応し、4人組のハイジャック犯をできるだけ刺激しないように努めます。機長は犯人が命じるまま、ローマ、キプロス、ドバイ、南イエメンへと飛ぶのでした。

 乗客を救いたい機長は犯人に隠れて無線でこっそり犯人の人数をドイツに伝えます。ところがその情報が現地のラジオに流され、犯人の耳に入ります。態度を硬化させた犯人は機長を射殺。「ランツフート号」は副機長の操縦でソマリアのモガディシュへ。そして再三、要求を受け入れなければ機体を爆破させるとドイツ政府に迫ります。

 時の首相シュミットはテロリストとの交渉を一切拒否。その上で、特殊部隊GSG9に突入の機会をうかがわせていました1972年のミュンヘンオリンピックで起きたテロ事件の苦い教訓から結成された精鋭部隊です。刻々と期限が迫る中、人質の救出作戦が始まりました…。

************************************

日本語版DVDのパッケージはアクションドラマのようですが、本作はむしろ歴史ドラマ。事件を忠実に再現した作品です。テレビ映画とは言え、緊迫する機内の様子やGSG9の突入シーンはとてもリアル。日本ではそれほど知られていないRAF(ドイツ赤軍派)ですが、60~70年代にドイツ国民を震撼させたと言われています。「バーダー・マインホフ 理想の果てに」と合わせてご覧になるといいかも♪

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2011/08/19(Fri)

バーダー・マインホフ 理想の果てに

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『バーダー・マインホフ 理想の果てに』(原題:Der Baader Meinhof Komplex)、2008年
Uli Edel(ウリ・エーデル)監督
Bernd Eichinger(ベルント・アイヒンガー)脚本
Moritz Bleibtreu(モーリッツ・ブライプトロイ)アンドレアス・バーダー役
Martina Gedeck(マルティナ・ゲデック)ウルリケ・マインホフ役
Johanna Wokalek(ヨハンナ・ヴォカレク)グードゥルン・エンスリン役
Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ)ホルスト・ヘロルト連邦刑事庁長官役

(公開当時、拙ブログに書いた感想を少し直して転載いたしました)

<簡単なあらすじ>
 時は1967年。イランのパーレビ国王のベルリン訪問に反対する若者たちがベルリンでデモを起こします。そこで悲劇が起きました。学生が警官に撃たれたのです(この警官が実は東ドイツ秘密警察の密偵だったことが最近になって判明します)。これをきっかけにデモは過激になります。折りしもベトナム戦争が泥沼化し、反米感情も高まっていたころ。のちにドイツ赤軍派(RAF)の初期メンバーとなるアンドレアス・バーダーがベトナム戦争に抗議し、仲間とともに百貨店に放火。そしてその後、逮捕されます。一方、ジャーナリストだったウルリケ・マインホフも左傾化し、激しい論調の手記を雑誌に投稿するようになります。

 やがてバーダーは仲間の手引きにより脱獄。そしてウルリケ・マインホフと出会うことにより、ドイツ赤軍派が誕生します。彼らは銀行強盗や爆弾テロを繰り返し、世間を震撼させます。そんなとき、ホルスト・ヘロルトがBKA(連邦刑事庁)長官に就任。コンピューターを駆使する最新技術を投入し、断固テロリストたちと戦う姿勢を見せるのでした。やがて初期のメンバーが次々と逮捕され、投獄されていきますが、RAFでは第二世代と呼ばれるメンバーが育っていました。

 投獄されたメンバーたちはハンガーストライキを決行。1名が死亡します。精神的に追い詰められたウルリケ・マインホフは独房の中で首を吊って自殺。その自殺をRAFメンバーは国家権力によって処刑されたと世論に訴え、獄中の仲間を釈放させるべく、さらにテロ行為を激化させるのでした。

 追い詰められたメンバーはパレスチナゲリラと組み、ルフトハンザ機181便「ランツフート号」のハイジャックを企てます。目的は仲間の釈放でした。しかし時のシュミット首相は毅然とした態度で臨み、テロリストとの交渉や妥協を一切拒みます。そしてミュンヘンオリンピックのテロ事件での苦い経験を元に結成された警察の特殊部隊GSG-9投入を決定。そして突入の末、人質の救出に成功します。その知らせに落胆するメンバーたち。そしてその結末は…

*******************************

 本作は1967年のパーレビ国王ベルリン訪問に反対するデモから始まり、1977年のルフトハンザハイジャック事件や実業家シュライヤー氏誘拐・殺害事件までの10年間を描いております。この10年間を2時間半に凝縮するのは、確かに大変だったと思います。ドイツの60年代、70年代の歴史がコンパクトにまとめられております。テロリストのドンパチが多いため、派手なアクション映画と思われがちなのですが、さにあらず。監督の話では、実際に撃たれた弾の数を調べ、忠実に再現したとのこと。観客をひきつけるための大げさな演出ではなく、あくまでも史実に基づいたものと知り、むしろ歴史の再現ドラマに近いという印象を受けました。

 モーリッツ・ブライプトロイはすんごい存在感。彼が出てきただけで、画面の空気が変わったような気がします。オーラ出まくり。彼を見ていると「演技をしている」という感じがまったくしません。役作りがうまいのか、それとも天性のカンで役になりきってしまうのか。とにかく難しい役を次々と完璧にこなす役者だな~と改めて感心。マルティナ・ゲデックも相変わらずの存在感。ノーメークに近いメークとボサボサ髪。独房で次第に精神のバランスを崩していく様を見事に表していました。見ていて感心したのがヨハンナ・ヴォカレク。この女優さんは「アイガー北壁」で幼なじみの記者を演じた人ですが、そのときは素朴で垢抜けない印象でした。その印象が一変。ハマり役だったように思います。

 そのほかにも、アレクサンドラ・マリア・ララ(めちゃくちゃキレイ!以前より華やかさが増したような…)、ハイノ・フェルヒ(映画「トンネル」でトンネル掘った人)、ハンナー・ヘルツシュプルング(初主演映画「4分間のピアニスト」でブレイクした女優さん)など、華やかな顔ぶれが見られました。

 この作品はテロリストたちを美化して描くこともなければ「巨悪」として描くスタンスでもなく、淡々と史実を追っているように思います。あの時代をどう判断するかは見る側に委ねられているのでしょう。

 ドイツの戦後史のキーワードRAF。現代の日本ではそれほど取り上げられることもありませんが、本作を観るとRAFのことが少し分かるような気がします。彼らの主張には正直な話、共感できませんし、彼らが自分たちのイデオロギーを正当化して起こしたテロ行為にも嫌悪感を覚えます。それでも驚いたのは、彼らが放つすさまじいエネルギー。デモで学生に発砲した警官が実はシュタージの手先だったことが最近明らかになりましたが、仮にその事実が当時明らかになったとしても、別のきっかけでRAF は生まれていたんではないか、と思えました。そのくらい、彼らのエネルギーは激しかったのではないかと。地下にたまったマグマが吹き出るような印象を受けました。なぜ彼らはあのような行為に走ったのか。何が彼らをそうさせたのか。世間は彼らをどう見ていたのか。難しいテーマですが、RAFを知るきっかけになると思います。ドイツにご興味がある方は必見♪ 「ハイジャック181」と合わせてご覧になると面白いかも。

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(本国の予告編です)



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2011/08/18(Thu)

UFA (ウーファ)映画会社

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 サイレント映画など、戦前の古~い映画でよく見かける「UFA」のロゴ。「ウーファ」映画会社はドイツの映画産業を支えたとともに、時代に翻弄された会社でもありました。ざざっと社史を調べると、波瀾万丈。以前、旧ブログで書いた日記ですが、こちらにも転載しちゃいました。

 ウーファ は、Universum Film AG (ウニヴァーズム・フィルム株式会社)の略。その前身は、1917年にドイツ陸軍省内に設立されたBufa (Bild- und Filmamt、写真・映画局)。設立の目的は、戦争用のプロパガンダを流し、戦意高揚に役立てることでした。第一次世界大戦のさなかでしたから。しかし参謀本部はBufa に満足せず、軍人 Ludendorff (ルーデンドルフ)が中心となって同年12月に大規模な映画会社を設立することになりました。それが ウーファで、政府の意を受けた化学資本(後のIGファルベン)、軍需資本(クルップ)、電気産業資本(AEG)、ドイツ銀行が資金を出しています。ウーファは有力映画会社を併合したほか、配給網や劇場も傘下に収めた大会社となりました。

 ウーファは記録映画、ニュース映画、文化映画、サイレント映画を作り始めます。ウーファによる「Kulturfilm(文化映画)」も見たことがありますが、今のNHKが作るような教育的な映画で、それなりに面白くためになる内容になっていました。

 その後の1921年に民営化され、娯楽映画の制作が中心となっていきます。ところが財政事情は悪化。何とか立て直すために、アメリカのパラマウント社およびMGM 社と「Parufamet(パルファメット)」協定を締結。Parufamet とは、Paramount のPar と、Ufa と MGMのMetro~のMet と結びつけた名前だそうです。その内容は、400万ドルの融資を受ける見返りとして、パラマウント社とMGM 社の映画を年に20本ずつ上映する、というものでした。ドイツの映画もアメリカで上映してもらう約束でしたが、それには「アメリカサイドが断ることもできる」という条項つきで、事実上はアメリカ優位の不平等な協定だったそうな。その結果、ドイツの映画館ではハリウッド映画ばかりが上映され、ウーファの財政難はますます深刻に。この窮地を救い、倒産寸前のウーファを買い取ったのは、ドイツ国家人民党の党首にして企業家の Hugenberg (フーゲンベルク)。しかし彼は、ナチスに従順かつ深くかかわった人物で、後に経済相として入閣しています。

 ナチス政権になってからはゲッベルスの宣伝戦略に利用され、他の映画会社と同様、国有化されてしまいました。ナチスが映画というメディアを駆使して巧みに宣伝を行い、国民を洗脳していったのは有名な話ですよね。ゲッベルスの指導に従い、当時大勢いたといわれるユダヤ系の映画人を率先して社から追放したそうです…これがドイツ映画界にとっての悲劇の始まり。「アーリア人条項」により人材は次々と海外に流出。

 ドイツの敗戦と戦後の混乱期。東側にあったスタジオは、DEFA となり、東ドイツのプロパガンダを垂れ流す映画会社へ。西側に残ったウーファは紆余曲折を経て1956年に再び民営化…。

 …と、ざっと調べただけですがこんな感じでした。大変な時代を経てきたんですね。それにしても、才能ある映画関係者(監督、製作者、脚本家、カメラマン、映画音楽の作曲家、俳優など)が流出したのはイタかった・・・。レニ・リーフェンシュタールがナチス寄りの映画を作り続ける一方で、ナチスを嫌ってアメリカに渡った映画人たちはハリウッドで活躍する存在となっていきました。皮肉ですな。

(参考文献:キネマ旬報社「世界の映画作家34、ドイツ・北欧・ポーランド映画史)
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2011/08/14(Sun)

アナトミー

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『アナトミー』(原題:Anatomie、2000年)
Stefan Ruzowitzky(シュテファン・ルツォヴィツキー)監督
Franka Potente(フランカ・ポテンテ)パウラ・ヘニング
Benno Fürmann(ベンノ・フュアマン)ハイン
Sebastian Blomberg(ゼバスティアン・ブロムベルク)カスパー

 医学生パウラ・ヘニングは、名門ハイデルベルク大学の解剖学講座に合格。実家の小さな医院を継ぐのではなく、祖父のような偉大な医学者になりたいパウラは、期待に胸を膨らませながらハイデルベルクへと向かうのでした。そこで医学生のカスパーやグレーチェン、ハインたちと知り合います。皆、グロムベック教授率いる解剖学教室の一員となることを夢見て、難しい試験を突破してきた優秀な学生でした。
 解剖の実習で、パウラはある男性の死体に疑問を抱きます。献体として横たわる死体は、ハイデルベルクに来る途中で知り合った男性だったのです。その血液はゴム状に凝固していました。足首には刻印されたAAAという文字が。「アンチ・ヒポクラテス連盟」です。中世に設立され、患者の命を救うことより研究を優先させるという秘密結社でした。この結社がハイデルベルクでひそかに活動を続けているとにらんだパウラは追跡を始めます。パウラが死体から採取しておいた組織からは「プロミダール」という物質も検出されます。本来は剥製を作るための薬品でした。彼らは血液や組織を凝固させることで人間を生きたまま解剖し、標本を作製していたのです。
 そのうち、奔放な女子医学生グレーチェンが行方をくらまします。そして「アンチ・ヒポクラテス連盟」の正体を暴こうとするパウラの前に、ハインが立ちはだかるのでした…

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 2006年に「ヒトラーの贋札」でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したオーストリア人のシュテファン・ルツォヴィツキー監督が2000年に制作した「アナトミー」。医学界を舞台に繰り広げられるサスペンスです。「生きたまま解剖する」という発想がグロテスク。解剖の最中に流れる明るいBGMが逆に不気味。主役のパウラを演じたのは、「ラン・ローラ・ラン」で赤い髪を振り乱して走りまくったフランカ・ポテンテ。その後ハリウッドにも進出して話題になったのですが、最近はあまり活躍が聞こえてきませんね…。元気にしているのかしら。長い歴史を誇る名門大学の医学部、しかも解剖学。「白い巨塔」の中でも最も秘密めいた(?)ところが物語の舞台です。患者の命を救うことが医者の本分。だけどいつしかその任務を忘れ、手柄を立てたい、名前を残したい、研究の成果を上げるためめなら人命の犠牲もやむなし、となってしまうのは洋の東西を問わずありがちなこと。周囲の反対を押し切って無謀な手術を強行したり、安全性が確認されていない薬品を投与したり、といったことはよく聞きますもんね。「人体実験」という忌まわしい言葉も歴史にはつきまといます…。本作はホラー的な要素が満載ですが(人体の標本がグロい)、扱うテーマは決して荒唐無稽ではなく、よ~く考えてみると普遍的だったりします。

 今回、この日記を書こうと思って久しぶりに「アナトミー」のDVDを見てみました。ハイン役を演じたベンノ・フュアマン(「フユルマン」とよく書かれていますが、私はあくまでも「フュアマン」と原音に近い表記をしたいです)ってハマリ役ですね…。古い例えですが「冬彦さん」的アブなさがあるような。優秀な頭脳を持ちながら、精神が健全じゃないといった感じ。何かに取り憑かれたような表情でメスを握っているのですから、ホントに怖い。wiki によると、ベンノ君は15歳で両親を失い、17歳のときには肝試しで「S-Bahn-Surfen(トレイン・サーフィン、走行中の電車の外側につかまること)」をやらかして大けがを負ったそうです。むむむ~。

 カスパーという、ちょっとビミョ~な学生役を演じたのは、ゼバスティアン・ブロムベルク。私事で恐縮ですが、この俳優さんが結構好きだったりします。顔が濃いし、粘着質な感じがするのですが、その演技になぜだか惹かれちゃいます^^;すみません、これは決して一般論ではなく、私の個人的な印象なので忘れてください。

 この作品を初めて見たときも、「なかなか凝った映画を撮る監督さんだな~」と思ったのですが、その後「ヒトラーの贋札」アカデミー賞を受賞したこともあり、今後の活躍がますます楽しみです。

      アナトミー

↓ 本国の予告編です
     
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2011/08/07(Sun)

4分間のピアニスト

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『4分間のピアニスト』(原題:Vier Minuten、2006年)
Chris Kraus (クリス・クラウス)監督
Monica Bleibtreu(モニカ・ブライプトロイ)トラウデ・クリューガー
Hannah Herzsprung(ハンナー・ヘルツシュプルング)ジェニー・フォン・レーベン
Jasmin Tabatabai(ヤスミン・タバタバイ)アイゼ
Vadim Glowna(ヴァディム・グロヴナ)ジェニーの父
公式サイト(日本語)

 トラウデ・クリューガーは老いたピアノ教師。刑務所で受刑囚にピアノを教えています。ジェニー・フォン・レーベンも教え子の一人。類まれなる才能の持ち主ではあるものの、殺人罪で服役中の身でした。忌まわしい過去がトラウマとなり、極度の人間不信に陥ったジェニーは、固く心を閉ざしています。クリューガーはそんな彼女の才能を見抜き、周囲の反対を押し切って彼女をコンクールに出場させようとします。クリューガーもまた、戦時中に最愛の人を失い、ピアノの才能に恵まれながらもそれを生かすすべもなく、心に傷を負って孤独に生きている一人だったのです。

 ジェニーに正統派の演奏法を教え込もうとするクリューガー。愛を知らずに育ったジェニーはクリューガーの教えを素直に受けることができません。たびたび癇癪を起こしては人を傷つけ、問題を起こします。それでも根気強くピアノを指導するクリューガーに、ジェニーは少しずつ心を開いていくのでした。

 しかし、ジェニーに手を焼く刑務官たちはコンクールの決勝を目前にした彼女にピアノを禁止してしまいます。ジェニーの才能を信じるクリューガーは、オペラ座で4分間の演奏をさせるべく、驚くべき行動に出るのでした…

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 ジェニーを演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これがスクリーンデビューなんだそうです。それまでもテレビなどには端役で出ていたそうですが、あまり目立った存在ではなかったとのこと。でも、その話が信じられないほど卓越した演技力を見せています。童顔なだけに、突然「ブチ切れる」エキセントリックさがよく出ていたと思いました。本国HPによると、役作りのために数か月にわたってピアノのレッスンを受け、ボクシングのトレーニングも3ヶ月間続けたそうです。確かに演奏中、背中の筋肉が際立っていました。あれはトレーニングの賜物なんですね。インタビューで打ち明けていましたが、オーディションに合格したいあまり、「ピアノが弾けます」と言ってしまったと。監督も、てっきりピアノが弾けるものと思い込んでいたそうで、「実は弾けない」ことが分かったとたん、ガーン!となったらしいです…。

 老いたピアノ教師を演じたのは、故モニカ・ブライプトロイ。あのモーリッツ・ブライプトロイのママなのでありました。撮影当時は60過ぎだったはずですが、80歳くらいの老女を見事に演じていました。顔に深く刻まれたしわと丸まった背中が老教師の悲しく過酷な人生を物語っているようです。本国のHPによると、非常に手間のかかる特殊メイクを施したんだそうです。でも、あのオーラはメイクの効果だけではなく、演技力のなせる業なのだと思います。普段の写真とは全く違う姿に、女優とはかくあるべきだと思いました。

 ジェニーと同じ刑務所に収容されている受刑囚を演じたのはヤスミン・タバタバイ。イラン人とドイツ人の両親を持ち、「バンディッツ」で一躍有名になりました。美人というわけではないのですが、荒んだ少女を演じさせるとピカイチという気がするのは私の偏見でしょうか。そういえば「バンディッツ」でも受刑囚役でした。余談ですが、プライベートのパートナーは「GSG9」のコニー役で人気者となった(らしい)アンドレアス・ピーチュマンです。(GSG9は未見でして…すみません)

 ドイツ映画らしい、重いテーマではありますが、随所に「クスッ」と笑える演出も織り交ぜてあります。クリューガーが着るハメになるTシャツの柄に、それが「日独共通の下ネタ」であることを確認。一人で感動してしまいました。刑務官の娘が登場しますが、その女の子がとっても可愛い。その愛らしい女の子にクリューガーが厳しく言い放つ言葉「Kannst du knicksen?(←このままのセリフじゃなかったかもしれませんが、これに近かったと思います。knicksen は、膝をかがめてお辞儀することですよね。欧米の淑女がよくやるような。「あなた、お辞儀はきちんとできるの?」といった意味です)が、様々な意味を持っております。

 公式HPのトレーラーにも映っていますが、ジェニーがピアノを弾くシーンが圧巻。ジェニーの人並み外れた才能が伝わってきます。テーマが重いだけに、後味は「あ~面白かった♪スッキリ♪♪」といったものではないのですが、私は個人的にはこういう重い映画が好きです。ジェニーはクリューガー教師に心を少しずつ開いていくわけですが、「あなたに対し、個人的な関心はありません、私が愛しているのは音楽だけ」と言い切るクリューガーにも明らかに感情の変化が芽生えています。その経過が様々な形で表現されていて、好感が持てる映画だと思いました。
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2011/08/04(Thu)

ドレスデン、運命の日

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『ドレスデン、運命の日』(原題:Dresden、2006年)
Roland Suso Richter(ローラント・ズゾ・リヒター)監督
Felicitas Woll(フェリシタス・ヴォル)アンナ
Benjamin Sadler(ベンヤミン・ザートラー)アレクサンダー
John Light(ジョン・ライト)ロバート

 時は1945年早春、敗戦の色が濃くなったドイツ。美しい古都ドレスデンで暮らすアンナは、父が院長を務める病院に看護師として勤務し、負傷兵の手当に明け暮れていました。妹はナチ信奉者、精神が不安定な母は薬に頼っておりました。そんなアンナに医師アレクサンダーが求婚します。有能な医師との結婚は父が望む縁組みでもありました。

 ある日、イギリス軍の爆撃機が撃墜されます。瀕死の重傷を負ったイギリス兵ロバートは命からがら逃げ出し、アンナの病院に隠れます。地下に潜んでいたロバートを見つけたアンナは傷の手当を行い、彼をかくまうのでした。強引なロバートに惹かれるアンナでしたが、彼女にはアレクサンダーという婚約者がいました。

 一方、敗戦の色が濃厚と踏んだ父はモルヒネを不正に蓄え、横流しを企てていました。一家でスイスへ逃亡しようとしていたのです。そんな父や、結婚相手アレクサンダーの別の顔に失望したアンナは、ロバートと逃亡しようと心に決めます。ところがその晩、連合軍の爆撃機がドレスデンへ向かっていました。3回に分けて行われた空爆により、ザクセンの美しき都は壊滅的な被害を受けることとなったのです…

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「トンネル」で有名なローラント・ズゾ・リヒター監督が手がけた作品です。ドイツでは2006年の3月に2夜連続で放映されました。日本で公開されたのは、2話合計180分を145分に編集し直したバージョンです。第二次大戦を引き起こし、ホロコーストなど非人間的な行為を行ったという過去を持つドイツは、長らく自国の被害を語ることをタブー視してきました。ドレスデンの空襲についても、ドイツで語られるようになったのは2002年ごろからだとのこと(柳原伸洋氏の講演「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」より)。2004年公開の「ヒトラー 最期の12日間(原題:Der Untergang)」でも、等身大のヒトラーやベルリンの被害を描くことに賛否両論だったと聞きます。この「ドレスデン 運命の一日」も、この時点で描けるギリギリだったのかと思います(←あくまでもワタシの個人的意見です)。

 先日、あるドキュメンタリー番組を見る貴重な機会がありました。ドイツで同時期に同じ局(ZDF、ドイツ第2テレビ)で制作されたテレビ向けドキュメンタリー「Das Drama von Dresden (直訳:ドレスデンのドラマ)」です。ドレスデンの空襲を体験した人たちの生々しい証言で構成された貴重な記録でした。その証言は、この「ドレスデン 運命の日」で描かれたシーンと一致します。燃えさかる炎の中で右往左往する人々、発生した「火炎旋風」に吸い込まれる犠牲者、地下の避難場所で避難を拒否されるユダヤ人、絶望の中で祈り続ける敬虔な信者たち。おそらくリヒター監督は制作にあたり、多くの体験者の証言を聞いたのでしょう。主観をまじえず、できるだけ忠実に当時を映像化する目的で、数多くの証言をそのまま盛り込んだのではないでしょうか(これも私が抱いた個人的な印象です)。また、本作の批評には「メロドラマすぎる」という意見も見られます。確かに、戦乱の中でのドイツ人の看護師とイギリス兵のラブロマンスというのは、少々「できすぎ」感があります。しかし、できるだけ多くの史実を盛り込み、周辺国に配慮し、長い時をかけて進めてきた「和解」の雰囲気に水を差すことなくテレビという影響力の大きなメディアで放映する必要があった。そんな背景を考えると、制作側の苦労が理解できるような気がします。ちょうど前年に、「和解」の象徴である聖母教会の再建が完成したばかりでしたし。そう考えると、決して陳腐なメロドラマとは思えなくなります。

      (ドイツで放映されたドキュメンタリーです↓)
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(都市空襲研究会の講演会「ドイツ・ドレスデン空襲と東京大空襲」にて講師の柳原伸洋さんから貴重なお話を伺いました。改めて御礼申し上げます。)

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2011/07/29(Fri)

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

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『白バラの祈り ゾフィ・ショル、最期の日々』(原題:Sophie Scholl - Die letzten Tage、2005年)
Marc Rothemund(マーク・ローテムント)監督
Julia Jentsch(ユリア・イェンチ)ゾフィー・ショル
Fabian Hinrichs(ファビアン・ヒンリヒス)ハンス・ショル
André Hennicke(アンドレ・ヘンニッケ)ローラント・フライスラー

 ゾフィー・ショルはミュンヘン大学の学生。兄のハンスたちとともに反政府組織「白バラ」を結成し、地下活動を行っていました。ナチ政権に反対し、戦争の早期終結とサボタージュを訴えるビラを刷っては密かに郵送していたのです。ところが大学構内でビラをまこうとしているところをゲシュタポに見つかり、身柄を確保されてしまいます。1943年2月18日のことでした。最初はシラを切っていた2人でしたが、家から郵送用の切手やビラの草案、仲間とやりとりした手紙が見つかり、動かぬ証拠となってしまいます。

 彼らを裁くのは悪名高いローラント・フライスラー判事。高圧的な態度で一方的に断罪することで知られていました。21歳のゾフィーは毅然とした態度で法廷に立ち、たった1人で立ち向かうのでした…。

***********************

 本作は史実を映画化したものです。allcinemaによりますと、90年代に東ドイツで新たに見つかった尋問資料を軸に当時を忠実に再現したとのこと。わずか21歳の女性が毅然とした態度で正義を訴える様子が胸を打ちます。
公式HP(ドイツ語)

<おまけ>
ゾフィーたちを裁いたフライスラー判事は、その高圧的な手法で有名です。ご参考までに、どんな人物だったかご紹介いたしますね。

『フライスラー:1893-1945、1942年から45年まで、ベルリンの民族裁判所(Volksgerichthof*)長官。また、ユダヤ人虐殺のシナリオを練った42年のヴァンゼー会議出席者の1人としても知られている。フライスラーは法律家の資格を取得し、やがてロシアで捕虜を体験、1925年にナチ党に入党する。その後、ヒトラーお気に入りの法執行者となり、43年に「白バラ運動」のショル兄妹、そして翌年のヒトラー暗殺未遂事件関与者を裁いた。彼が裁くベルリンでの公判の模様が映画に収められているが、それには大声でがなり立て、死の宣告前の囚人に対する計算し尽くされた精神的虐待を加える彼の様子が映し出されている。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より一部引用)
*民族裁判所:1934年に設置され、政治犯などを扱ったナチ政権下の特別法廷。(小学館独和大辞典より)

『フライスラーは真赤な法服をまとって登場し、ほとんど1人で審理を進めた。怒鳴り散らすかと思うと長広舌をぶち、被告の発言を思うままにさえぎった。とくに被告が反ナチ行動に出た動機を説明しようとすると、揚げ足をとり、皮肉を浴びせ、ついには発言を禁じた。現代の感覚でいう裁判とは似ても似つかぬもので、ひっきょうナチズム礼讃の茶番にすぎなかった』『被告たちを次々と容赦なく処刑場におくりこんでいたフライスラー自身に、運命の鉄槌がしのび寄っていたことを本人は、知るべくもなかった。45年2月3日の午後、シュラーブレンドルフに対する公判が始まろうとしたところで、空襲警報のサイレンが鳴り響き、判事、検事、被告ともぞろぞろ地下室に避難した。その直後、人民裁判所の建物が直撃弾に見舞われ、フライスラーは落ちてきた地下室の梁の下敷きになって瀕死の重傷を負い、すぐ病院に担ぎ込まれたが、死んでしまったのである』(以上、中公新書「ヒトラー暗殺計画」小林正文著 より引用)


裁判を行うフライスラーの映像

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2011/07/28(Thu)

アイガー北壁

アイガー北壁

『アイガー北壁』(原題:Nordwand, 2008年)
Philipp Stölzl (フィリップ・シュテルツル) 監督
Benno Fürmann (ベンノ・フュアマン) トニー・クルツ役
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) アンディ・ヒンターシュトイサー役
Johanna Wokalek (ヨハンナ・ヴォカレク) ルイーゼ役
Ulrich Tukur (ウルリッヒ・トゥクル) アーラウ役
公式HP(日本語)

 トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは優秀な登山家として知られた存在でした。時は1936年。ナチ政権はドイツ民族の優秀性を世界に示すべく、アイガー北壁の初登頂をドイツ人クライマーに達成させようとしていました。初登頂者には同年に開催予定のベルリンオリンピックで金メダルを授与すると発表。しかしそのアイガー北壁 (Nordwand) は“殺人の(Mordwand) 壁”と怖れられたルートで、その前年には有名な登山家が2名死亡した“最後の難所”でした。

 駆け出しの新聞記者ルイーゼは、この2人と同郷だということで抜擢され、彼らを取材することになりました。アイガーへの挑戦を勧めるルイーゼ。トニーは躊躇するものの、人跡未踏の地に足を踏み入れたいと思うのは登山家として自然な気持ちでした。結局、2人は北壁の登頂を目指します。

 現地へ向かうと、ふもとでテントを張るオーストリア人の登山家に出会います。彼らもまた、初登頂を狙っていたのでした。彼らに負けじと、トニーとアンディは夜中に出発します。登攀開始直後は順調に進みました。アンディはザイルを使って壁を横断。そのルートは後に“ヒンターシュトイサー・トラバースと命名されます。ところが後を追いかけるオーストリア人の1人が落石から頭部を負傷、登攀が困難となります。やがて天候も悪化。彼らは合流し、登頂をあきらめて下山することにします。しかし天候は回復せず、状況は困難になる一方。そして悲劇が起こるのでした…

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アイガー北壁の初登頂にまつわる悲劇をシュテルツル監督が映画化したものです。戦前、ドイツには「山岳映画(Bergfilm)」という固有のジャンルがあり、人気を博していました。飛行機を使ってアルプスを撮影したり、雄大で時に厳しい自然をカメラに収めるなど、様々な手法を確立したアーノルト・ファンク監督やルイス・トレンカー監督は「山岳映画の巨匠」と呼ばれ、一時代を築きました。しかしそういった山岳映画がナチの国威発揚に利用された経緯から、戦後はタブー視されるようになったと言います。その山岳映画をもう一度、新たな視点から撮り直そうというのが、シュテルツル監督の試みでした。

 しかし本作の撮影には莫大な費用と手間がかかったそうで、監督も来日時の舞台挨拶で「当分、山はカンベン」と言っていました。ヘリを飛ばすにも巨額のコストがかかるそうです。せっかくヘリを手配したのに、その日の気温が上がって雪崩の危険があるため、撮影中止になったこともあったそうです。ヘリ代がパア。さんさんと太陽が降り注ぐ中、うなだれてベンチに腰掛けていた~云々といったこともインタビューで答えていました。そこまでの思いをしながら撮影しただけあって、映像はとてもリアル。当時の貧弱な装備にも驚かされます。新素材を駆使した装備が当たり前の今と違い、すべてが綿や麻、ウールといった天然素材。登攀に欠かせないハーケンやアイゼンなどの登山用具も手作りでした。見ているだけで寒くなるリアリティです。
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2011/07/27(Wed)

吸血鬼ノスフェラトゥ

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『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (原題:Nosferatu, eine Symphonie des Grauens、1922年)

Friedrich Wilhelm Murnau (フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ)監督
JOFA Atelier (ヨファ撮影所) 制作
Max Schreck (マックス・シュレック) オルロック伯爵
Alexander Granach (アレクサンダー・グラナッハ) 不動産業者クノック
Gustav von Wangenheim (グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム)フッター

 時は1838年。ヴィスボルクという町に暮らすフッターは美しい妻エレンと幸せに暮らしていました。不動産業者クノックは自分の下で働くフッターに言います。「トランシルヴァニアのオルロック伯爵が、古くて荒涼とした屋敷を探しておられる。お前の家の向かいにある家をお薦めしろ」と。早速、フッターは伯爵と会うべく、トランシルヴァニアへ馬車で向かいます。そこは亡霊が出るとの噂が絶えない地でした。
 トランシルヴァニアに近づくと、馬車の御者は逃げ出してしまいます。地元の住民ですら近づかない呪われた地なのでした。フッターは迎えの馬車に乗り、伯爵の城へと向かうのでした。
 城で夜を過ごすにつれ、フッターも異変に気がつきます。首に何かの刺し跡が残っていたのです。危険を察したフッターは急いで逃げ出します。一方、伯爵もいかだを使い、ヴィスボルクへと向かっていたのでした。町では疫病が流行り始め、人々は次々と死んでいきました。そして夫を待つエレンに吸血鬼の魔の手が…

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「メトロポリス」のフリッツ・ラング監督と並び称されるサイレント映画の巨匠、F.W.ムルナウ監督の吸血鬼映画です。ホラー映画の原点とも言われているそうです。有名な「吸血鬼ドラキュラ(ブラム・ストーカー作)」を映画化する予定だったそうですが、著作権の取り扱いについて折り合いがつかず、ムルナウは登場人物の名前やタイトルを変えて制作したと言われています。(たとえば、ドラキュラ伯爵 → オルロック伯爵、という風に。) しかし原作者側は納得せず、著作権について制作後も双方が争う事態になりました。

 他のサイレント作品と同様、本作もオリジナルのプリントは紛失。復元に多くの手間がかかったそうです。残っていたフランス語版や、海外のアーカイブに保存されていたコピーを基に復元されたのこと。挿入される字幕(インタータイトル)もアーカイブに残されていたコピーや資料を基に、新しく作り直すなどして完成させたそうです。

 光と影を駆使した構図が当時としては斬新。1929年にはアメリカでも公開されました。伯爵が目をつけた建物はリューベックの塩の倉庫で撮影されたそうです。ひたひたと迫ってくる吸血鬼オルロック伯爵の影は確かに恐ろしい。大写しになった伯爵の顔は、ちょっぴりユーモラスではありますが…。なお、コチラのサイトでは、様々なバージョンの DVD ジャケットが見られます。元祖ホラー映画は、やっぱり人気なんですね。

参考サイト Filmportal(ドイツ語)

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2011/07/25(Mon)

みえない雲

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『みえない雲』 (原題:Die Wolke、2006年)
Gudrun Pansewang (グードゥルン・パウゼヴァング)原作
Gregor Schnitzler (グレゴアー・シュニッツラー)監督
Marco Kreuzpaintner (マルコ・クロイツパイントナー)脚本
Paula Kalenberg (パウラ・カレンベルク) ハンナ
Franz Dinda (フランツ・ディンダ) エルマー
映画情報サイト(ドイツ語)

 ハンナは、どこにでもいるごく普通の高校生。幼い弟ウリーと母親の3人で幸せな生活を送っていました。あるとき、前から気になっていた男子生徒エルマーに誘い出されました。突然のキスにとまどっているうちに校内のサイレンが鳴ります。近くの原子力発電所で事故が発生し、放射線が漏れ出したことを知らせる警報でした。慌てて家に帰る生徒たち。ハンナが自宅に戻ると、弟も家に帰っていました。出張中の母から電話が入りますが、通話は途中で切れてしまいます。母の身を案じつつ、エルマーが迎えに来てくれるのを待つハンナでした。

 しかしラジオの報道を聴いたハンナは、自転車で避難することに決めます。町は逃げだそうとする人であふれていました。ところが避難中、弟のウリーが交通事故に遭います。呆然とするハンナ。すぐそばまで、放射線を含んだ雲が迫っていました。雨に打たれたハンナは病院に担ぎ込まれたものの、被曝による重い後遺症に苦しむのでした。体の不調だけでなく、差別という見えない後遺症にも。

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 この映画が公開されたときは、まさか似た事故が日本でも起きるとは思ってもいませんでした。監督がインタビューで言っていました。「日本にはこれだけたくさんの原発があるのに、なぜ無関心でいられるんだろう?」 その言葉が、今になって重くのしかかります…。ハンナを演じたパウラ・カレンベルクさんは、チェルノブイリ事故が起きた86年生まれ。来日時のインタビューで片方の肺がなく、心臓に穴が開いていたという衝撃の告白を行います。事故と関連があるかどうかは不明ですが。(役作りで頭髪をすべて剃った彼女でしたが、来日時は髪も伸びていました。舞台挨拶を見たのですが、とってもかわいらしい女性でした。)最初こそ牧歌的な雰囲気の中、ほのぼのとしたムードで物語は進行していくのですが、中盤~後半は重苦しいです。ただ、そんな中でも主人公がけなげかつ前向きでいるのが救いです。

 本作は同名の小説を映画化したものです。86年に起きたチェルノブイリ事故で深刻な被害を受けたドイツは、原発に対する意識が高い国です。この映画が公開された頃、原発事故を「他人事」と思っていた自分が恥ずかしいです…。

         みえない雲2

         小学館文庫「みえない雲」
         グードルン・パウゼヴァング 原作
         高田ゆみ子 訳
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