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    Author:ありちゅん
    字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が、字幕ほにゃくハリ「ぐ~ちゃん」とともに書くドイツ映画日記

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2013/11/26(Tue)

『字幕ほにゃく犬のドイツ映画鑑賞日記』

 当ブログにようこそおいでくださいました。字幕ほにゃく犬の「ありちゅん」と申します。ドイツ映画を幅広くご紹介したいと思い、このブログを始めました。DVDやテレビ、ネット配信など、日本で視聴できる新旧の作品を中心に書いていきたいと思います。研究者というわけではないので、至らぬ点、素人くさい点など多々あると思いますが、どうぞ長い目で見てやってくださいませ。このブログにお立ち寄りいただいた方に「ほ~この映画、見てみようかな~」と思っていただけたら本望でございます。少しずつ更新していく予定です。下の「もくじ」にUPいたしますので、ご興味のあるタイトルをクリックしてくださいませ。

 

<もくじ>

1)無声映画~トーキー
  カリガリ博士の小屋
  吸血鬼ノスフェラトゥ
  最後の人
  プラーグの大学生
  メトロポリス

  嘆きの天使

2)古い時代を描いた映画

3)第一次大戦のころ(WW1の時代に作られた映画&WW1の頃を描いた映画)
  白いリボン

4)第二次大戦のころ(WW2の時代に作られた映画&WW2の頃を描いた映画)
  アイガー北壁
  暗い日曜日
  白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々
  ドレスデン、運命の日
  ヒトラー ~最期の12日間~
  ヒトラーの贋札
  ベルリン陥落1945
  ミケランジェロの暗号

5)ニュー・ジャーマン・シネマ
  都会のアリス

6)東西ドイツ関連
  グッバイ、レーニン!
  善き人のためのソナタ

7)音楽モノ
  哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~
  クララ・シューマン 愛の協奏曲

8)ホラー・サスペンス
  アナトミー

9)アクション

10)現代のドイツ
  愛より強く
  ソウル・キッチン
  ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア
  バーダー・マインホフ 理想の果てに
  ハイジャック181
  ビーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由
  ヒマラヤ 運命の山
  ビヨンド・サイレンス
  みえない雲
  4分間のピアニスト
  ワン・デイ・イン・ヨーロッパ

10)東ドイツ時代の映画
  殺人者は我々の中にいる
  パウルとパウラの伝説

11)その他の国
  マルタのやさしい刺繍

12)映画全般
  UFA(ウーファ)映画会社
  FSK(ドイツのレイティング組織)
  インディア~ナ~フィルム 東西比較、そしてパロディ
  Heimatfilm (郷土映画)



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2013/06/22(Sat)

日本で見られるオススメ ドイツ映画

 先日、某所でプチ講義を担当させていただきました。その際に「お土産」として押し付けてしまった資料をここにも貼りつけてしまいます。簡単な内容ですが、「ドイツ映画でも見てみようかな~でも、どれを見たらいいのか分からないな~」なんて思っていらっしゃる方の一助になれば幸いです。

●サイレント映画~トーキー初期

「カリガリ博士の小屋」 (Das Kabinett des Doktor Caligari)1920年
ロベルト・ヴィーネ(Robert Wiene)監督
夢遊病患者ツェザーレを見世物にしながら各地の歳の市を回るカリガリ博士の物語。この博士が現れた町で、不気味な連続殺人事件が起こる。ドイツ表現主義映画の代表的作品。デフォルメされた舞台装置、光と影を駆使した映像、不気味なメイクを施した登場人物は、見る者に強烈な印象を与える。

「吸血鬼ノスフェラトゥ 恐怖の交響曲」 (Nosferatu, eine Symphonie des Grauens)1922年
F・W・ムルナウ(F.W.Murnau)監督
フリッツ・ラングと並び称せられる名監督フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ムルナウの作品。元祖吸血鬼映画であり、ホラーの原点とも言われる。光と影を効果的に使った映像は見る者を魅了する。過激なホラー映画を見慣れた現代の我々からすると、「ノスフェラトゥ」は確かに迫力に欠けるが、世界のトレンドを作り出した当時のドイツ映画界の勢いが伝わってくる作品。

「メトロポリス」 (Metropolis)1927年
フリッツ・ラング(Fritz Lang)監督
ユダヤ系の映画監督フリッツ・ラングがアメリカへ亡命する前に撮ったサイレント映画。未来都市を舞台にしており、SF映画の原点と呼ぶのにふさわしい作品。フリッツ・ラングはユダヤ系であったため、ナチの迫害を恐れてアメリカへ渡ったとされている。ただし最近の研究によると、ゲッベルスはラングの才能を高く評価していたという。むしろラングのほうからナチに売り込みをかけていたとの話。

「死の銀嶺」 (Die weisse Hölle vom Piz Palü)1929年
アーノルト・ファンク(Arnold Fanck)、G・W・パープスト(G.W.Pabst)監督
スイス・アルプスの「ピッツ・パリュ」で遭難した男性および新婚カップルの物語。世界で初めて飛行機による冬山の空中撮影を行ったことで知られる。CGのない時代にここまで迫力のある映像が撮れたことに改めて感動する作品。後に「意思の勝利」「オリンピア」で一躍有名になった女性監督レニ・リーフェンシュタールがヒロインを務めている。監督の1人、アーノルト・ファンクは「山岳映画(Bergfilm)」の巨匠として不動の地位を築いた。この山岳映画は「郷土映画(Heimatfilm)」とともに、ドイツ固有のジャンルとして知られる。ナチによって国威発揚に利用されたため戦後もそのイメージがつきまとい、やがて人気も下火となった。

「嘆きの天使」(Der Blaue Engel) 1930年
ジョゼフ・フォン・スタンバーグ (Joseph von Sternberg)監督
場末のキャバレー「嘆きの天使」に出入りしていた生徒を叱るため、店に入った厳格なラート教授。ところがそこで歌う一座の看板娘ローラローラに一目ぼれ。町中の尊敬を集めていた教授は奔放な娘に振り回される。場末の娘と付き合っていることが周囲に知れ、ラート教授は学校を辞めざるを得なくなり、一座に加わる。そしてローラローラに求婚するのだった。そして誇り高きラート教授は身を持ち崩していく…。ウィーン生まれで、アメリカに渡ったスタンバーグ監督がまだ無名のマレーネ・ディートリヒを発掘。この作品で一気に人気者となる。ラート教授を演じたのは名優エミール・ヤニングス。トーキー初期の作品。

「M」(1931年)
フリッツ・ラング (Fritz Lang)監督
ドイツのとある町で少女の誘拐殺人事件が相次ぎ、町の人々を震撼させる。しかし犯人の手掛かりは得られず、警察は威信をかけて大捜査網を敷くのだった。犯人特定のきっかけとなったのは、犯人が吹く不気味な口笛だった。それを視覚障害者の風船売りが覚えていたのである。これにより犯人は追い詰められ、町の人々も立ち上がる…。「メトロポリス」のフリッツ・ラングが手掛けた初のトーキー。口笛の音が効果的に使われ、随所に見られる斬新な演出も相まって恐怖心を煽る。


●ナチ時代を描いた映画

「橋」(Die Brücke)1959年
ベルンハルト・ヴィッキ(Bernhard Wicki)監督
ドイツの敗戦も色濃い第二次世界大戦末期、まだあどけなさの残る少年たちまでが戦争に駆り出された。ある村でも、ギムナジウムに通う16歳の少年7名に召集がかけられる。戦争の実態を知らない彼らは召集令状が届いたことに喜び、祖国を守るために勇ましく戦おうと張り切る。入隊してすぐ、村はずれの小さな橋を守るように命令を受けた。戦略上、まったく重要性のない橋である。まだ若い彼らを守るための上官の“親心”だったが、予想に反し敵はその橋に迫ってきた。対戦車砲を手に立ち向かうものの、戦闘の経験もない彼らは次々と敵の砲弾に倒れていく…。戦争の虚しさを伝える名作。日本では1959年に開催されたドイツ映画祭で初公開された。

「U・ボート」 (Das Boot) 1981年
ヴォルフガング・ペーターゼン(Wolfgang Petersen)監督
潜水艦Uボートの悲劇。駆逐艦の攻撃を受け、限界を超える深さまで沈んでいった潜水艦U96。艦長の冷静な判断と、乗組員が不眠不休で行った修復作業により、潜水艦は奇跡的に浮上する。ボロボロの状態でやっと帰港したUボートを待っていたのは…  よくある戦争映画とは一味違う、考えさせられる作品。スタジオ内に巨大なセットを作って撮影が行われた。また、小型の模型を水に浮かべて撮影するなど、CG全盛の今とは違う昔ながらの手法で撮られており、苦労の跡がうかがえる。

「リリー・マルレーン」 (Lili Marleen)1981年
R・W・ファスビンダー(Reiner Werner Fassbinder)監督
戦地のラジオでたまたま放送されたところ、兵士たちの間で大人気になった「リリー・マルレーン」という曲。毎晩9時55分ちょうどに流されることになり、敵味方双方から愛されるようになった。この時間になると、前線では不思議と砲撃が止んだという。こうした史実をもとに制作された映画。鬼才ファスビンダー監督作品にしては分かりやすい。(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督・・・60年代~70年代に起こった潮流「ニュージャーマンシネマ」の担い手の1人として将来を嘱望された監督だったが、1982年にコカインの過剰摂取で死亡。)

「ブリキの太鼓」 (Die Blechtrommel)1981年
フォルカー・シュレンドルフ(Volker Schlöndorff)監督
ギュンター・グラス原作、フォルカー・シュレンドルフ監督による作品。物語の舞台は第二次大戦前のダンチヒ(ポーランドにある現在のグダニスク)。3歳で成長を止めた少年オスカルは、ブリキの太鼓を叩き、甲高い声を出してガラスを割るという特技の持ち主。そんなオスカルの目を通して大人の複雑な世界が描かれている。

「モレク神」 (Moloch) 1999年
アレクサンドル・ソクーロフ(Александр Николаевич Сокуров)監督
ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が“人間ヒトラー”を描いた作品。権力者四部作の第一作で、言語はドイツ語。それまで一般的であった“悪の権化”的なステレオタイプではなく、ヒトラーの人間的弱さや内面を描こうとした初めての作品とされる。ベルヒテスガーデンの別荘にこもり、弱気になって愛人のエファに弱音を吐くシーンや、ハイテンションになって周囲を困惑させるシーンなどが盛り込まれている。(ソクーロフ監督の作品は、かなり“通向け”です)

「暗い日曜日」(Ein Lied von Liebe und Tod - Gloomy Sunday) 1999年、ドイツ・ハンガリー合作
ロルフ・シューベル(Rolf Schübel)監督
1933年にハンガリーで発表された「暗い日曜日(ドイツ語はDas Lied vom traurigen Sonntag、悲しい日曜日の歌)」にまつわるエピソードに着想を得、映画化したもの。当時、この曲を聴いた者が自殺するという事件が相次いだという。映画の舞台はナチ占領下のブダペスト。ユダヤ人のラズロは、美しい恋人イロナと共に高級レストランを経営していた。店に雇われたピアニスト、アンドラーシュが奏でるピアノの旋律は客だけでなくイロナも惹きつけた。やがてラズロ・イロナ・アンドラーシュの3人は奇妙な三角関係となる。しかしナチの将校が店を訪れるようになり、運命の歯車は少しずつ狂っていく。

「名もなきアフリカの地で」 (Jenseits von Afrika) 2001年
カロリーネ・リンク(Caroline Link)監督
第二次大戦直前、ナチによる迫害から逃れるため、ケニアに渡ったユダヤ人一家を描いた作品。弁護士の父とお嬢様育ちの母は慣れない土地で悪戦苦闘。やがて夫婦間もギクシャクし始める。一方、成長著しい娘はアフリカに溶け込み、のびのびと暮らすのであった。「ビヨンド・サイレンス」のカロリーネ・リンク監督の作品。女性監督ならではの細やかな描写と、美しいアフリカの大自然が印象的な作品。

「ヒトラー 最期の12日間」 (Der Untergang) 2004年
オリヴァー・ヒルシュビーゲル(Oliver Hirschbiegel)監督
ヒトラーの秘書をしていたトラウドゥル・ユンゲの告白を元に、ヒトラーが総統地下壕(Führerbunker)でピストル自殺するまでの日々を描いた作品。莫大な予算をかけて作っただけあって、非常にリアル。それまでの「悪の権化」「悪魔の手先」的なステレオタイプの化け物ヒトラーではなく、等身大のヒトラーをドイツ人が描いたことに賛否両論あった。また、ドイツの一般国民もまた戦争の被害者であったとの描き方も物議をかもしたと言われる。ヒトラー役を演じたブルーノ・ガンツは撮影前、試しにカツラをかぶってみたところ、あまりに似ているので「これは自分がやらないといけないな」と感じたという。これまであまり知られていなかった総統地下壕や戦争末期のベルリンの様子が分かる。普段、戦争映画はあまり見ない人までが映画館に足を運んだ。

「オペレーション・ワルキューレ」 (Stauffenberg) 2004年
ヨー・バイヤー(Jo Baier)監督
トム・クルーズ主演の「ワルキューレ」で日本でも有名になった、1944年7月20日のヒトラー暗殺事件を描いたTVドラマ。セバスチャン・コッホがシュタウフェンベルク役を好演。

「白ばらの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」 (Sophie Scholl - Die letzten Tage) 2005年
マルク・ローテムント(Marc Rothemund)監督
第二次大戦中、「白バラ」という反体制組織でレジスタンス活動を行っていた大学生の兄と妹を描いた映画。彼らは体制に反対するビラをミュンヘン大学構内でまいたことで逮捕され、ベルリンの民族裁判所(Volksgerichthof)長官ローラント・フライスラー裁判官による一方的な裁判の末、ギロチンで処刑された。ゾフィーのひたむきさが胸を打つ。

「ドレスデン、運命の日」 (Dresden) 2006年
ローラント・ズゾ・リヒター(Roland Suso Richter)監督
1945年2月13日~15日に連合国軍によって行われたドレスデン爆撃を描いた作品。病院の看護師アンナが爆撃に巻き込まれ、地下に逃げ込む。イギリス人兵士との禁断のロマンスを織り交ぜつつ、火に包まれて瓦礫の山と化すドレスデンの街並みを再現。後半では再建された聖母教会の映像も。本国で2回にわたって放映されたドラマを劇場用に編集したもの。

「ヒトラーの贋札」 (Der Fälscher) 2007年
シュテファウン・ルツォヴィツキー(Stefan Ruzowitzky)監督
偽札を流通させることで敵国の経済にダメージを与えようというナチの「ベルンハルト作戦」の下、ザクセンハウゼン強制収容所にて精巧な偽札を作らされていたユダヤ系印刷技師の苦悩を描いた作品。実話に基づくもので、第80回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。ナチは敗戦直前に大量の偽ポンド紙幣を湖に沈めた。なお、この紙幣は1959年に発見され、2000年に引き上げられた。

「我が教え子、ヒトラー」 (Mein Führer – Die wirkliche wahrste Wahrheit über Adolf Hitler) 2007年
ダニー・レヴィ(Dani Levy)監督
ユダヤ系の監督が制作したブラック・コメディ。ヒトラーの演説を指導した人物がいたという事実を元にしたフィクション。敗戦の色が濃くなった頃、ヒトラーは神経を病み、引きこもりがちになっていた。ゲッベルスら側近は、ヒトラーにかつての威厳を取り戻させ、国民の前で堂々と演説させようと苦心する。強制収容所に収容されているユダヤ人の俳優を官邸に呼び寄せ、演説の指導をさせるのだった。「ドイツ人がヒトラーを笑いの対象にすることが許されるのか?」という問題提起となった作品。

「ベルリン陥落1945」 (Anonyma – Eine Fraun in Berlin) 2008年
マックス・フェルバーベック(Max Färberböck)監督
第二次大戦末期、ベルリンの惨状を目の当たりにした女性ジャーナリストが記した日記を映画化した作品。当時、幼い少女から老女まで、女性という女性(一説によると10万人)がソ連兵によって暴行されたという。主人公のジャーナリストは、赤軍の将校の愛人となることで、不特定多数の兵士から乱暴されることを防ごうとした。戦後、その日記を公開したところ“ドイツ女性の恥”と激しく非難され、ジャーナリストは深く傷つく。そしてその後は長い間自分の名前を伏せていた。

「アイガー北壁」 (Der Nordwand) 2008年
フィリップ・シュテルツル(Philipp Stölzl)監督
世界にドイツ人の優秀さを誇示するため、ヒトラーはアイガー北壁の初登頂を果たした者にベルリン五輪で金メダルを授与すると発表。それに刺激され、優秀な登山家4人がアイガー初登頂を目指す。ところが悪天候に阻まれ、悲劇が起こった…。第二次大戦前のドイツで人気のあった「山岳映画(Bergfilm)」はナチのイメージがつきまとい、戦後は長く作られていなかったが、シュテルツル監督が敢えてそのジャンルに再挑戦。

「ミケランジェロの暗号」(Mein bester Feind) 2011年
ヴォルフガング・ムルンベルガー(Wolfgang Murnberger)監督
ユダヤ人ヴィクトル・カウフマンの父は裕福な画商。しかしナチによるオーストリア併合で運命は一変。父は収容所へ送られる。美術品の没収を恐れた父は、最も価値のあるミケランジェロの素描画をどこかに隠した。ヴィクトルに「私から目を離すな」という謎の言葉を残し、父は収容所にて死亡。当局の目から逃れるため、そしてどこかに隠されたミケランジェロの素描画を探すため、ヴィクトルはSS将校になりすますという驚くべき手に出る。あるユダヤ人の運命をコミカルに描いた痛快なストーリー。


●戦後のドイツ~東西問題~東西ドイツ統一

「トンネル」(Der Tunnel) 2001年
Roland Suso Richter(ローラント・ズゾ・リヒター)監督
愛する人たちを東ベルリンから西ベルリンへ逃亡させるため、秘密裏に145メートルのトンネルを掘った男性の実話をもとにしたドラマ。Zweiteilerと呼ばれる2話完結ドラマを劇場用に編集したもの。ベルリンの壁が作られたころの東西ドイツの状況がよく分かる。

「グッバイ、レーニン!」(Good Bye Lenin!) 2003年
ヴォルフガング・ベッカー(Wolfgang Becker)監督
東西ドイツ統一の混乱ぶりをユーモアたっぷりに描いた作品。主役のダニエル・ブリュールは、この作品で一気に国際的なスターとなった。一見、東ドイツを揶揄しているようであるが、実は「オスタルギー(OstとNostalgieの造語)」も根底にある(ように私は思いました)。そして母を思うひたむきな主人公アレックスの奮闘ぶりに、東西とは無関係の大事なものが見えてくる。東ドイツの国産ブランドの消滅や西ドイツマルクの導入による通貨統合など、東西統一がいかに混乱を巻き起こすものであったのか、市民レベルで追体験できる。

「善き人のためのソナタ」(Das Leben der Anderen) 2006年
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(Florian Henckel von Donnersmarck)監督
東ドイツの秘密警察「シュタージ(国家保安省)」の諜報部員と、行動を監視される劇作家ドライマン、そしてその愛人クリスタとの関係を描いたアカデミー外国語映画賞受賞作。綿密な調査のもとに再現された監視・盗聴の手口は見ていると背筋が寒くなる。主役ヴィースラー大尉を熱演した名優ウルリッヒ・ミューエはその後、ガンで亡くなった。劇作家役のセバスチャン・コッホ、愛人で女優のクリスタを演じたマルティナ・ゲデックらの演技も光っている。

「バーダー・マインホフ 理想の果てに」(Der Baader Meinhof Komplex) 2008年
ウリ・エーデル(Uli Edel)監督
RAF(ドイツ赤軍派)の中心的メンバー、アンドレアス・バーダーとウルリーケ・マインホフ、そしてその仲間たちの活動を描いた問題作。戦後ドイツに大きな影響を与えた68年運動(68er-Bewegung)やRAFのテロ活動(「ドイツの秋、deutscher Herbst」と呼ばれる1977年の事件が有名。経済界の重鎮マルティン・シュライヤー誘拐殺害事件、ルフトハンザハイジャック事件など)、そしてそれらの結末が描かれている。モーリッツ・ブライプトロイやマルティナ・ゲデック、ブルーノ・ガンツなど、豪華なキャストも見もの。監督によると、当時の事件で発砲された弾の数まで数え、本作で忠実に再現したという。

「ハイジャック181」(Mogadischu) 2008年
Roland Suso Richter(ローラント・ズゾ・リヒター)監督
テロリストにハイジャックされた飛行機の乗客を、特殊部隊GSG9が突入して救出するまでを描いたドラマ。1977年に実際に起きた事件を元にしている。テロリストたちは刑務所にいるRAFのメンバーの釈放を求めていたが、シュミット首相は彼らとの交渉を拒否し、特殊部隊に突入の指令を出す。GSG9は、ミュンヘンオリンピックで起きたテロ事件の苦い経験を教訓に結成された特殊部隊。上記の「バーダー・マインホフ 理想の果てに」と同様、ドイツ国民を震撼させたテロリストたちの活動、そして彼らの脅しに屈することなく毅然と立ち向かった政府の対応を描いている。(日本のDVDはパニック物の扱いですが、過去の事件を忠実に再現したということで、ドキュメを見ているような感じです。)

●現代のドイツ

「ビヨンド・サイレンス」 (Jenseits der Stille) 1996年
カロリーネ・リンク(Calorine Link)監督
聴覚障害者の夫婦と、それを支える少女の物語。少女は困難を乗り越えながら大人になっていく。美しい景色と、少女が奏でるクラリネットの音色が印象的な作品。カロリーネ・リンク監督の細やかな演出が心を打つ。同監督の「点子ちゃんとアントン」もオススメ。

「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」 (Knockin' on Heaven's Door) 1997年
トーマス・ヤーン(Thomas Jahn)監督
余命わずかと宣告された男性2人のロードムービー。1人が「海を見たことがないと天国で物笑いの種となる」ともう1人に話したことから、2人は海を目指す。主役を演じたティル・シュヴァイガーの才能とセンスが感じられる作品。日本でもリメイクされた。書店で偶然ティル・シュヴァイガーを見かけたタクシー運転手トーマス・ヤーンが、それまで温めていた原案を初対面のシュヴァイガーに持ちかけたという。それが映画化につながった。この作品のあと、ティル・シュヴァイガーは俳優業だけでなく、監督業でも活躍するところとなる。

「ラン・ローラ・ラン」 (Lola rennt) 1998年
トム・ティクヴァ (Tom Tykwer)監督
将来を嘱望される若手監督の1人、トム・ティクヴァの出世作。赤い髪を振り乱して走る女性(フランカ・ポテンテ)と恋人(モーリッツ・ブライプトロイ)の演技が話題になった。ティクヴァ監督の「パフューム ある人殺しの物語」(原作:パトリック・ジュースキント)もオススメ。ただし、こちらは英語。

「MON-ZEN」 (Erleuchtung garantiert) 1999年
ドリス・デリエ(Doris Dörrie)監督
日本通デリエ監督による、日本が舞台の映画。禅にかぶれた中年ドイツ人兄弟による日本珍道中。監督は「漁師と妻」「HANAMI」など、日本を舞台にした映画を数多く撮っている。(残念ながら、後者2本は日本ではDVD化されていません。よくある“西洋人の目を通した日本の姿”を超えるものではなく、日本人からすると気恥ずかしいところもあります。しかし根底にあるのは普遍的なテーマであり、素直に感動できるように思います)

「アナトミー」 (Anatomie) 2000年
シュテファン・ルツォヴィツキー(Stefan Ruzowitzky)監督
パウラ・ヘニングはハイデルベルク大学の解剖学講座で学ぶ優秀な医学生。ある日、不思議な死体を解剖することになった。血液がゴムのように凝固しており、さらに足には「AAA」の文字が刻まれていたのだ。それが中世から続く秘密結社の頭文字であることに気づいたパウラは、その流れをくむ組織が大学内に存在することを突き止める。彼らの目的は、人間を生きたまま解剖し、最高の標本を作ることだった…。本作に続き、「アナトミー2」も制作されている。ルツォヴィツキー監督は2006年に「ヒトラーの贋札」でアカデミー賞外国語映画賞を受賞。

「es」 (Das Experiment) 2001年
オリヴァー・ヒルシュビーゲル(Oliver Hirschbiegel)監督
アメリカのスタンフォード大学で実際に行われた実験を、場所をドイツに移して映画化したもの。被験者を看守役と囚人役に分け、ロールプレーイングさせる。そのうち双方とも役になりきってしまい、看守役はより残忍に、囚人役はより卑屈になり、人間性が崩壊していく。被験者たちは暴走し始め、想像を絶する結末を迎える…。モーリッツ・ブライプトロイの演技が鮮烈な印象を与えた。

「マーサの幸せレシピ」 (Bella Martha) 2001年
ザンドラ・ネッテルベック(Sandra Nettelbeck)監督
天才的センスを持つ一流シェフのマーサ。順風満帆に見えた人生だったが、姪を引き取ることで人生が一変する。姪や同僚との交流を通し、自分のレシピに欠けていたものを発見する…。ハリウッドでリメイクされたことでも知られる。ドイツを代表する女優の1人、マルティナ・ゲデックがこの作品で日本でも有名になった。

「愛より強く」 (Gegen die Wand) 2004年
ファティ・アキン(Fatih Akın)監督
トルコ系ドイツ人ファティ・アキン監督の出世作。一貫してドイツにおける移民の姿を描いてきたアキン監督の名前を世界に知らしめることとなった。保守的な家族から離れるため、偽装結婚を持ちかけたトルコ系の少女が主人公。男は渋々了承するものの、やがて奔放な少女に強烈に惹かれていく。第54回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作。アキン監督の作品を見ると、トルコ人を始め多くの移民が住む今のドイツがよく分かる。同監督の「太陽に恋して」「そして、私たちは愛に帰る」もオススメ)

「みえない雲」 (Die Wolke) 2006年
グレゴアー・シュニッツラー(Gregor Schnitzler)監督
青春を謳歌するヒロインが深刻な原発事故(Super-GAU)に遭い、母や弟を失う。自らも被曝の後遺症に苦しみつつ、恋人と励まし合いながら前を向いて生きて行こうとする。原発事故の恐ろしさを描き、ドイツの国内外で話題となった小説を映画化したもの。

「マルタの優しい刺繍」 (Die Herbstzeitlosen) 2006年
ベッティーナ・オーベルリ(Bettina Oberli)監督
長年連れ添った夫を亡くして塞ぎ込んでいたマルタが友達の慰めに奮起し、かつての夢だった手縫いのランジェリーショップを開く。ところが保守的なスイスの村は、ランジェリーショップに大反対。スイスらしい美しくのどかな風景の中で繰り広げられるプチ騒動。老いても前向きなマルタが素敵。スイス映画なのでスイスドイツ語。

「素粒子」 (Elementarteilchen) 2006年
オスカー・レーラー(Oskar Röhler)監督
ミシェル・ウエルベックのベストセラー小説を、オスカー・レーラー監督が映画化したもの。『現代社会の恐ろしいほどの愛の欠如と絶望感を、ユーモアと悲哀を交えて痛烈に描いた問題の恋愛劇(公式サイトより引用)』モーリッツ・ブライプトロイとマルティナ・ゲデックが共演している。

「ウェイヴ」 (Die Welle) 2008年
デニス・ガンゼル(Dennis Gansel)監督
独裁とはどういうものかを体験させるため、高校の授業でロールプレーイングを実施した教師ベンガー。最初は乗り気ではなかった生徒も、共通のシンボルマークや白いシャツ、敬礼を取り入れるうちに異様な一体感に酔い、洗脳されていく。やがて後戻りができないほど生徒たちは暴走するのだった…。実話を元にしているだけに、生徒たちがマインドコントロールされていく過程は非常に不気味。

「ソウル・キッチン」(Soul Kitchen) 2009年
ファティ・アキン(Fatih Akın)監督
ハンブルクで大衆レストランを営むギリシャ系移民のジノス。彼の頭痛の種は、腰痛と仮出所中の兄イリアスだ。愛する恋人ナディーンとは遠距離恋愛中だが、どうも最近の彼女はよそよそしい。店の経営も苦しく、税金も滞納中。ところが変人の天才シェフを雇ったところ、店は大繁盛。そこへ、かつての同級生で不動産業を営むノイマンが近寄ってくる。彼はソウル・キッチンを乗っ取ろうと画策し、ギャンブル好きの兄イリアスに目をつけるのだった。はたして店の運命は…。一貫して移民問題を取り上げてきたファティ・アキン監督のコメディ。DJの経験もあるアキン監督らしく、音楽が軽快で楽しい。


●サッカー

「ベルンの奇跡」(Das Wunder von Bern) 2003年
ゼーンケ・ヴォルトマン(Sönke Wortmann)監督
時は1954年。ドイツは第二次大戦の敗戦からまだ完全には立ち直っていなかった。炭鉱の町エッセンに住む少年マティアスはサッカー好きの少年だった。そこに11年間ソ連に抑留されていた父が戻ってきて家族の雰囲気は一変。戦前の厳しい教育方法を持ち込もうとする父に子供たちは反発し、共産思想に心酔していた兄は家族に黙って東ベルリンへと行ってしまう。同年、スイスでワールドカップが開催された。ドイツは苦戦しつつも勝ち進み、決勝で無敵のハンガリーと対戦することになった。地元出身の選手ラーンを応援するため、父とマティアスは車でベルンへ向かう。かたくなだった父も、サッカーを通して少しずつ変わっていくのだった。そしてベルンで奇跡は起こった…。

「ワン・デイ・イン・ヨーロッパ」(One Day in Europe) 2005年
ハンネス・シュテーア(Hannes Stöhr)監督
サッカーのチャンピオンズリーグ決勝戦の当日、モスクワ、イスタンブール、サンティアゴ・デ・コンポステラ、ベルリンの4都市で繰り広げられるドラマをオムニバス形式でまとめたもの。キーワードは「盗難」と「サッカー」。言葉が通じないために意思の疎通がうまくできず、会話がかみ合わない登場人物。困惑する彼らをよそに、地元民はサッカーで盛り上がる。様々な言語、様々な人種、様々な文化が複雑にからみあうヨーロッパを、サッカーという共通語を通して描いた作品。

「ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由」(FC Venus – Elf Paare müsst ihr sein) 2006年
ウーテ・ヴィーラント(Ute Wieland)監督
三度の食事よりもサッカーが好きな夫に辟易している妻たち。夫にサッカーをやめさせるため、彼女たちは賭けに出る。サッカーの試合で妻たちが勝てば夫たちはサッカーをやめるという条件だ。それまでサッカーなどしたこともなかった妻たちがトレーニングを積み、試合に臨む。その結果は…。明るいタッチのコメディで、バカバカしいけれど楽しめる作品。



●アクション映画、パニック映画

「アウトバーン・コップ」「アラーム・フォー・コブラ11」シリーズ (Alarm für Cobra11)
アウトバーンを取り締まる高速警察隊の刑事2人組が数々の事件に立ち向かうカーアクションドラマ。毎回お約束の派手なクラッシュが見もの。

「トルネード」(Tornado – Der Zorn des Himmels) 2006年
アンドレアス・リンケ(Andreas Linke)監督
首都ベルリンをトルネードが襲うというパニック映画。ベルリンのシンボルであるテレビ塔が大変なことに…。B級ですが、ドイツやベルリンがお好きな方ですと、それなりに楽しめます。

「タワーリング・インフェルノ08」 (Das Inferno – Flammen über Berlin) 2007年
ライナー・マツタニ(Rainer Matsutani)監督
ベルリンのテレビ塔で火災が発生、人々はパニックに陥り、ベルリンのシンボルであるテレビ塔が大変なことに…。B級ですが、ドイツやベルリンがお好きな方ですと、それなりに楽しめます。


●音楽好きな方、古典的作品がお好きな方向け

「未完成交響楽」(Leise flehen meine Lieder) 1933年
ヴィリー・フォルスト(Willi Forst)監督
貧しい作曲家シューベルトと、ワガママな伯爵令嬢との純愛物語。身分の差から結婚はかなわず、令嬢は別の軍人と結婚することに。結婚式でピアノを演奏したシューベルトは、未完成の楽譜に「わが恋の成らざるが如く、この曲もまた未完成なり」と書き込んだ。フィクションながら、シューベルトの名曲がちりばめられ、楽しめる。トーキー初期の作品なので、白黒。

「シシー」三部作
・「エリザベート ロミー・シュナイダーのプリンセス・シシー」(Sissi)1955年
・「エリザベート2 若き皇后」(Sissi – Die junge Kaiserin)1956年
・「エリザベート3 運命の歳月」(Sissi – Schicksalsjahre einer Kaiserin)1957年

エルンスト・マリシュカ(Ernst Marischka)監督
若きロミー・シュナイダーとカール=ハインツ・ベームのコンビで大人気を博した3部作。バイエルンの王家からオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世御のところに嫁いだエリザベート。シシーという愛称で呼ばれた彼女は自由を愛し、窮屈な宮廷生活を好まなかった。そんなシシーの半生を描いた作品。

「野ばら」(Der schönste Tag meines Lebens) 1957年
マックス・ノイフェルト(Max Neufeld)監督
ハンガリー動乱の頃、母の故郷であるオーストリアに逃れてきた孤児のトーニは、親切なおじいさんに引き取られる。その天使のような歌声に驚いたおじいさんは、トーニをウィーン少年合唱団へ連れていく。ウィーンやチロルの美しい風景を背景に、ウィーン少年合唱団が歌う名曲が随所にちりばめられ、目と耳で楽しめる作品。

「哀愁のトロイメライ “クララ・シューマン物語“」(Frühlingssinfonie) 1981年
ペーター・シャモニ(Peter Schamoni)監督
名ピアニストのクララ・シューマンと、作曲家ロベルト・シューマンの出会いから結婚までを描いた作品。クララをナスターシャ・キンスキーが、ロベルトを「U・ボート」のヘルベルト・グレーネマイヤーが演じている。父親から英才教育を受けて育ったクララの半生が興味深い。

「4分間のピアニスト」(Vier Minuten) 2006年
クリス・クラウス(Chris Kraus)監督
殺人罪で服役中の若い受刑囚ジェニーにはピアノの才能があった。それを見抜いたピアノ教師が正統派の演奏法を教え込もうとする。頑なだった少女は少しずつ心を開いていき、コンクールでの4分間の演奏に向けて練習に励む。しかしその少女だけでなく、老いた女性教師も複雑な過去を持ち、心に傷を抱えていた…。モーリッツ・ブライプトロイの母親モニカ・ブライプトロイの熱演が圧巻。

「僕のピアノコンチェルト」(Vitus) 2006年
フレディ・M・ムーラー(Fredi M.Murer)監督
優れた頭脳を持つ天才少年と、少年の唯一の理解者であるおじいちゃんの物語。名優ブルーノ・ガンツの演技と、本物の神童が奏でるピアノの音色、そしてスイス特有の牧歌的な風景が見事。ほのぼのとした作品。スイス映画なので、スイスドイツ語。

「クララ・シューマン 愛の協奏曲」(Geliebte Clara) 2008年
ヘルマ・サンダース=ブラームス(Helma Sanders-Brahms)監督
夫ロベルトが精神に異常をきたし、精神病院で亡くなるまでの、クララの苦悩を描いた作品。ロベルトを敬愛するとともに、クララを慕っていたブラームスの存在もカギ。シューマン夫妻は2人とも人一倍才能に恵まれていたが、天才であるがゆえの苦悩もまた人一倍であったことが伝わってくる。

「ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~」(Goethe!) 2010年
フィリップ・シュテルツル(Philipp Stölzl)監督
若きゲーテがシャルロッテ・ブッフと激しい恋に落ち、やがて失恋して「若きウェルテルの悩み」を執筆するまでの日々を描いた作品。18世紀という時代を忠実に再現したそうで、道はぬかるみ、ドロドロ。男性がかぶるカツラも、お世辞にも清潔とは言い難い状態。監督の話では、これが当時のスタンダードだったとのこと。


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2013/02/28(Thu)

ヒマラヤ 運命の山

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『ヒマラヤ 運命の山』(原題:Nanga Parbat)2009年
Joseph Vilsmaier(ヨゼフ・フィルスマイヤー)監督
Florian Stetter(フロリアン・シュテッター) ラインホルト・メスナー役
Andreas Tobias(アンドレアス・トビアス)ギュンター・メスナー役
Karl Markovics(カール・マルコヴィッチ)カール・マリア・ヘルリヒコッファー役

<チョ~簡単なあらすじ>
 「裸の山(周囲に何もないことから)」と呼ばれ、恐れられてきた8,125メートルの高峰ナンガ・パルバート。標高差4500メートル(!)というルパール壁がクライマーたちの挑戦を阻み、多くの犠牲者を出してきました。1970年、このナンガ・パルバートの初登頂を目指し、ドイツで遠征隊が組まれました。隊を率いるのはヘルリヒコッファー博士。メンバーの中にはラインホルト・メスナーと弟のギュンター・メスナーもいました。しかし山の状況の悪化によりメンバー内で対立が起こります。そんな中、メスナー兄弟は登頂に成功。ところが下山中、弟は無理な登山がたたり、衰弱してしまいます。極限状態に陥りながらも弟を励ます兄ラインホルト。しかし悪天候の中で弟の姿を見失ってしまいます。何度も意識を失いながらも、ラインホルトは奇跡的に生還。でも弟は戻りませんでした…。
 そんな兄を待っていたのは、マスコミの厳しいバッシングでした。弟の死は兄に責任があるというのです。凍傷で足の指を失い、心身ともに傷ついたラインホルトは、弟の遺体を探すべくたった1人でナンガ・パルバートに登るのでした…

*******************

 山には全く詳しくない私がご紹介するのもナンですが、素人の私でも「おお!」と思える映画でした。ラインホルト・メスナーって世界的に有名なクライマーなんだそうですね。南チロル(イタリア内のドイツ語圏です)出身で、“アルパイン・スタイル”で登ることで知られているんだそうです。

アルパイン・スタイルとは: 
『アルパイン・スタイル(Alpine-Style, アルプス風登山)とはヒマラヤの様な超高所や大岩壁をヨーロッパ・アルプスと同じ様な扱いで登ることを指す登山スタイル・用語。
大規模で組織立ったチームを編成して行う極地法とは異なり、ベースキャンプを出たあとは一気に登り、下界との接触は避ける。また、サポートチームから支援を受ける事もないし、あらかじめ設営されたキャンプ、固定ロープ、酸素ボンベ等も使わない、登る人の力にのみ頼ることを最重要視して行う登山スタイルである』(ウィキペディアから引用いたしました)


 弟の死の責任を問われたことで、遠征隊の隊長や周囲と対立。やがて裁判沙汰にまで発展するそうです。しかし弟の遺体が2005年に発見されたことで、彼の証言(無謀なルートを取ったのではと非難されていたそうですが、そのルートではなかったことを証明するとのこと)に信憑性が出てきたようです。この遺体は兄たちの手によって回収され、荼毘に付されたというのは私もニュースで聞いていました。

 本作はメスナーの証言をもとに作られているため、どうしてもメスナー寄り。だけど真実はどうなのかということより、なぜ山に登るのか、登山とはどういうものなのか、どういう心理状態に陥るのかとか、そういったことが伝わってきて興味深かったです。「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるからだ」というのは、あまりに有名な言葉ですが、どうもそんな純粋なものだけじゃない気がします。名声、お金、欲。人間である以上、そういったものも切り離せない。そんなところも伝わってくる作品でした。

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2012/11/17(Sat)

Heimatfilm (郷土映画)

(字幕ほにゃく日記からの転載です)

 突然ですが、Heimatfilm (郷土映画)というジャンルをご存じでしょうか。ワタシは名称しか知りません(恥) いえ、前から聞いてはおりましたし、このジャンルに含まれる映画を何本かほにゃくしたこともありました。が、なんとなく食指が動かず、自分から進んで見ようとも思わなかったのです。でもねー戦後のドイツ映画ってコレ抜きには語れないんですよねー。そもそも、なんで戦後の西ドイツで、こんなに牧歌的でユルい映画が大人気となったのか。ホント不思議です。が、なんとなく納得いく解説が「ドイツ映画」(ザビーネ・ハーケ著、山本佳樹訳)という本に載っていたので、引用させていただきますね。長くてすみません。自分用のメモを兼ねておりますので…


『ジャンル映画に新風を吹き込み、連邦共和国にとっての戦後のアイデンティティを構築するために必要な、異文化間や異世代間の遭遇といったものを供給する役目は、「郷土映画」とその物語空間に残されることになった。郷土についての非政治的な概念は、信用を失ったドイツ・ナショナリズムの歴史と、冷戦期の二つのドイツ国家の競争的な状態の両方に、一つの代案を約束した。』

『ハンス・デッペの「黒い森の娘」(1950年)と「緑の原野」(1951年)を皮切りに、「郷土映画」は商業的に最も成功した戦後映画のジャンルとして頭角を現し、安定して500万人以上の観客を動員することになる』

『多くの研究者は、このジャンルの桁外れの人気を、その本質的な保守性によって説明してきた。すなわち、バイエルン・アルプス、シュヴァルツヴァルト、リューネブルガー・ハイデといったドイツの代表的な風景のなかで描かれたのは、父権的家族の正当化であり、規範的道徳への回帰であり、そして前興行的な共同体への隠遁であった。だが、「郷土」をめぐる言説はまた、戦争、排除、強制移住といった歴史的経験や、伝統と近代性とのあいだの進行中の折衝とも、解きがたくつながっていた』

『「郷土映画」は、世代間の葛藤とステレオタイプ的なよそ者の形姿とを通じて、国家の敗北を甘受し、連邦共和国を新しい祖国にするための、想像上の空間を作り上げた。意味深いことに、このジャンルの牧歌的な村や美しい風景のなかに現れるよそ者の多くは、東プロイセンやポンメルンからの難民か、合衆国からの帰国者であった。』

『こうした再生の物語の背後にあって、その推進力となっていたのは、伝統的な社会構造と、同時代の経済的・政治的現実との、調和的な両立を求める欲求であったが、この過程は、しばしば、異質なものとの対決や、そのどうかや編入の成功を中心にして描かれた。こうした矛盾した諸傾向に照らしてみれば、「郷土映画」は、退行的であると同時に進歩的な、帰属のファンタジーであることがわかるのであり、それは、「郷土」という馴れ親しんだ図像を動員して、「都市」対「田舎」といった古い対立よりも、全西ドイツ市民の社会的安寧と経済的繁栄の前提条件としての近代性への共通の信仰に基礎をおく、新しい共同体のアイデンティティを構築しようとするものであった。』(以上、引用終わりです)

↓ ここで挙げられていた、「緑の原野」Grün ist die Heide です。なんちゅうのんびり感とユルさ!なごみ系で牧歌的!…と、この動画を見ただけじゃ、そういった感想しか出てこない。だけどハーケさんの解説を読むと、なんとなくイロイロ納得できちゃう。



 ところで先日、古書店でキネマ旬報1952年6月下旬号を買ってしまいました。ドイツ映画特集があったので、ポチったわけです。そこに、この「緑の原野」の映画評も載っておりました。ご紹介いたしますね。以下、引用いたします。

『ドイツの色彩映画:最近ドイツ最初のゲファーカラー映画「荒野は綠なり」が好成績を収めている。東部からの難民が北ドイツに横たわるリューネブルクの荒野で密猟を生業とする物語。彼の可憐な一人娘(ソンヤ・ツィーマン)と密猟監督の山林官との戀がからみ、主題歌には有名な詩人ヘルマン・レースの詩がそのまま用いられる。これはドイツ人の郷愁豊かなリューネブルクの荒野を舞臺とした點もさることながら、はじめて使ったベルギーのゲフュールト社のゲファーカラーが非常い成功した點で、好評を博している。』

                   キネマ
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2012/11/17(Sat)

Indianerfilm(ネイティブアメリカン映画)の東西比較、そしてパロディ

(ほにゃくブログからの転載です)

、「Indianerfilme」というジャンルをご存じでしょうか。ネイティブアメリカンが主人公の映画。アメリカの西部劇は、どちらかというと白人が中心だけど、Indianerfilme はあくまでも主人公はネイティブアメリカン。60年代のドイツで流行ったジャンルです。その人気を支えたのが、19世紀末から20世紀初頭にかけて次々と出版された Karl May (カール・マイ)の冒険小説。このカール・マイという人、ドイツではチョ~人気なんだそうですが、日本ではそれほど知られていないですよね。でもドイツ人って、とにかくこのカール・マイが大好きなような気がします。

 で、このインディア~ナ~フィルムの人気に火をつけたのが、この作品↓ カール・マイ原作「Winnetou (ヴィネトゥ)」(1963年)。ネイティブアメリカンのヴィネトゥと、アメリカへ渡ったドイツ人のオールド・シャッターハンドとの友情物語です。そしてキーワードは、Blutsbruderschaft(辞書によると、「互いに血をまぜた杯を飲み合った血盟の友、盟友。義兄弟とも。)。2人が向き合い、正面で手を組み合わせて盃をかわすシーンは他の映画でもちょくちょく見かけます。実は私も友人宅へ遊びに行ったとき、「面白いから見ておけ」と言われ、このヴィネトゥのビデオを見たのでした…(大人のワタシには、ちょっとタイクツだったかも^^;途中でコックリコックリしちゃった)撮影地はクロアチアですって。



面白いのは、このインディア~ナ~フィルムが東ドイツでも流行ったこと。当初、カール・マイは東ドイツでは禁止されていたということで、カール・マイもどきの作品が上映されたようです。それが、コレ ↓ 「偉大な雌熊の息子たち」(1966年)。撮影地は、ぬゎんとザクセン・アンハルト。背景に針葉樹林も見え、どう見てもアメリカの西部じゃない…。いえ、風光明媚ではあるのですがね。西ではネイティブアメリカンと白人の友情を描いたのに対し、東では植民地主義と闘うネイティブアメリカンの姿を描いたんだとか。うーん、いかにも共産主義な作風。この作品で東ドイツにおけるネイティブアメリカン役の座を不動のものにした俳優さん、実はユーゴスラヴィア人なんですって。ゴイコ・ミティツという俳優で、声は吹き替えです。でもこの人、西ドイツのインディア~ナ~フィルムにも出まくっています(苦笑)。いえ、分かります。濃ゆ~い風貌と立派なガタイですから引く手あまただったんでしょう。

ザビーネ・ハーケ著「ドイツ映画」(山本佳樹訳)より引用いたします:『「荒野の七人」(1960年)のようなレトロ調の西部劇や、「荒野の用心棒」(1964年)のようないわゆるマカロニ・ウェスタンの影響を受けたデーファの作品は、インディアンの視点を用い、植民地的な関心や帝国主義の攻撃に対する彼らの苦闘を語り直すことで、西ドイツの「ヴィネトゥ」シリーズへの代案を提出することになった。「雌熊の息子たち」(1966年)における、誇り高く反抗的なダコタ部族の物語によって、シリーズ全体の基本の型が確立した。』『インディアン映画(本文ママ)は、労働階級の文化を保存し、アメリカ流の資本主義の誘惑に抵抗するという、ドイツ民主共和国自身の試みについての、明示的・暗示的な言及を数多く含んでいた。だが、インディアンを闘争と抵抗の象徴として理想化していた初期の映画に対して、のちの作品では、彼らが受けた弾圧により大きな注意が払われるようになるのであり、これは、おそらく、1970年初期に社会主義の危機が高まったことの徴候でもあった。』 (引用終わり)



そしてさらに面白いのが、西ドイツ「ヴィネトゥ」のパロディ。これ、「荒野のマニト」(2001年)というタイトルで日本でも公開されております。「面白い」というのは「興味深い」という意味でございます。ドイツでは大ウケでも、「ヴィネトゥ」を知らない日本人には、何のことだかサッパリ…。元ネタを知らないパロディほど、見ていてイタイものはありませんな。実はワタシ、これの試写を見たのですが、笑い声がクスリとも起こらない「爆笑映画」を見るのってホントに辛い。いたたまれなくなりましたぜ。主演のミヒャエル・ブリー・ヘルビヒって、ドイツではすっごく有名。芸達者でコミカルなのですが、いかんせん日本では無名。今年の初めに東京のゲーテ・インスティトゥートで上映された「ホテル・ルックス」で主役を演じていました。いい俳優さんだと思うのですが、いかんせん日本では…(以下省略)。酒場が実はベニヤ板で、バタンと倒れたり、ネズミ取りを踏んじゃって「イテ~」と飛び上がったり、何かの拍子にウ●チを踏んじゃったりと、まるでドリフターズのノリ。主人公のアバハチがコテコテのバイエルン訛りなので、ドイツ語が分かる方にとってはそれなりに面白いんだけど。オネエ言葉のオカマちゃんも出てきます。


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2012/11/14(Wed)

パウルとパウラの伝説

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『パウルとパウラの伝説』(原題:Die Legende von Paul und Paula)1973年
Heiner Carow (ハイナー・カロウ)監督
Ulrich Plenzdorf (ウルリッヒ・プレンツドルフ)脚本
Heiner Carow (ハイナー・カロウ)脚本
Angelica Domröse (アンゲリカ・ドムレーゼ)パウラ
Winfried Glatzeder (ヴィンフリート・グラッツェダー)パウル


<チョ~簡単なあらすじ>

 パウルには美しい妻がいるものの、ソリが合わず、結婚生活はうまくいっていませんでした。一方、向かいのアパートに住むパウラは2人の子供を女手一つで育てるシングルマザー。彼女は幸せな生活を夢見ていました。そんな2人が出会い、恋に落ちます。しかし一途なパウラとは違い、パウルは妻や自分のキャリアを捨ててまでパウラと一緒になる気はありません。仮面夫婦の生活を続けようとします。煮え切らない態度のパウルに腹を立てたパウラは、つい子供につらく当たってしまいます。そんなある日、パウラの下の息子が自動車にはねられて死亡。自責の念に駆られたパウラはパウルと距離を置こうとします。パウラに強烈に惹かれていることに気づいたパウルは(今更ながら)パウラに猛烈アタック。家の前に籠城します。そんな努力(?)が実り、二人はとうとう一緒になります。ところがパウラは医者から出産を止められていました。母体がもたないというのです。パウラはそれでも子供を産むことを選び、そして医師が危惧したとおり命を落としてしまいます。パウルはパウラが残した子供2人、そして自らの子供2人の4人を独りで育てる決意をするのでした…

 …と、簡単にあらすじを書いてみましたが、これだけを読むと安っぽいメロドラマ。まるで昼ドラですな。ところがこの映画、挿入歌とともに大ヒットを記録したそうです。なぜ?どして?パウルの役者さんなんて、まるでゴリラ(失礼)。イケメンとは程遠いし、パウラも「おきゃん」な感じで、美人女優といった雰囲気ではないのです。この映画が公開された1973年と言えば、西ドイツではまだまだRAF(ドイツ赤軍派) によるテロの嵐が吹き荒れた頃。前年の1972年には、RAFの中核メンバー、アンドレアス・バーダーとウルリーケ・マインホフが銃乱射事件などで逮捕されています。そんな激動の時代だっただけに、本作のような「純愛」「一途」「けなげでたくましい主人公」がテーマの映画が西ドイツ国民には新鮮に映ったのかなぁ?

 さらに、この映画が作られた背景も興味深いのです。東独では1971年にヴァルター・ウルブリヒトが書記長の職を降り、エーリヒ・ホーネッカーが後任となりました。文化政策では、それまでの厳しい締め付けが多少緩み、ある程度の自由が認められるようになったとのこと(あくまでも「ある程度」で、厳しい検閲はなされたそうですが)。映画でも、それまでの「いかにも社会主義的」な映画が大衆に飽きられ、映画館の来場者数は大きく落ち込んでいたとのこと。V字回復(?)を狙うためにも、大衆にウケる映画を、という事情もあった模様です。「パウルとパウラの伝説」は一見、単純なメロドラマのように思われますが、シングルマザーのパウラがスーパーのレジで一生懸命働いて子供を育てたり、純粋でとにかく一途だったりと、やはり模範的な部分があったのかと思います。

 さらに面白いのは後日談。一躍スターとなったパウル役の俳優とパウラ役の女優が、80年代初頭に相次いで西へ亡命しちゃったのです。いわゆる「Republikflucht」(共和国からの逃亡)ってやつ。DDRの模範となるべき2人が西ドイツへ行っちゃうなんて、当局のお偉方は頭を抱えたでしょうねぇ…。シャレにならないもん。そしてこの映画は上映禁止となった模様。

 ところが壁の崩壊後、オスタルギーの流れの中で、この映画が再び注目されるようになったんだとか。カルト的人気があるそうで、NHKラジオテキスト「まいにちドイツ語」11月号の巻頭グラビア(…とNHKテキストでも呼べるのかな)にもパンフレットが載っていました。 ベルリンのHackescher Markt という地区にある映画館では、この映画をずっと上映し続けたんだそうです。パウルとパウラが本当に伝説になっちゃった…。

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2012/09/14(Fri)

最後の人

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『最後の人』(Der letzte Mann) 1924
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ(Friedrich Wilhelm Murnau)監督
カール・マイヤー(Carl Mayer) 脚本
エーリヒ・ポマー (Erich Pommer) 製作
エーミール・ヤニングス(Emil Jannings) 主演

<チョ~簡単なあらすじ>
 高級ホテルのドアマンだった男は、金モールの立派な制服が自慢。その堂々とした制服姿から、近所の人からも尊敬を集めていた。ところが客の重い荷物を扱うのに四苦八苦しているところを支配人に見られてしまう。年齢的限界と判断した支配人は、男をトイレ係に降格させる。自慢の金モールから薄っぺらい白衣姿へと変わり、トイレを掃除しながら客にタオルを渡すことが彼の仕事となった。その屈辱にすっかり打ちひしがれる男。そして降格となったことを家族にも言えず、家に帰るときはこっそり金モールの制服に着替えるのだった。ところがトイレで這いつくばっているところを人に見られ、家族にバレてしまう。家族や近所の人々の冷たい目…。男は絶望した。ところが捨てる神あれば、拾う神あり…(以下、ネタバレになるので省略^^;)

******************************

 ムルナウの傑作と呼ばれる作品の1つで圧巻なのは主演ヤニングスの演技です。インタータイトルによるセリフは全くなく、すべて無言のまま主人公の心の動きを見事に表しています。立派な制服を身にまとって得意げな様子、降格を告げられて打ちひしがれる様子、高慢な客に顎で使われて屈辱に震える姿。この作品でヤニングスは一気にブレイク。その後ハリウッドから招かれることになり、ドイツ人で唯一、アカデミー賞の主演男優賞も受賞しています。しかし英語が苦手だったヤニングスはトーキー出現とともに英語での限界を感じ、ドイツに戻ったとのこと。前からヤニングスは気になっていたのですが、この作品を見てさらに好きになりました!!名作と呼ばれるだけのことはあると、改めて感心。「嘆きの天使」(1930年)におけるラート教授の原点がここにあった!と思えます。また、制服つまり外見によって人の評価がガラッと変わることに対する皮肉も、この作品には込められているのかな、と思いました。結末の展開については意見の分かれるところだと思います。痛快と取るか、カタルシスと取るか、皮肉と取るか。

 なお、この作品は画期的なカメラワークでも知られているんだそうな。ドイツ語の解説を読むと、「entfesselte Kamera(解き放たれたカメラ)」という言葉が出てきます。ちょっと古い本で恐縮なのですが、キネマ旬報社の「世界の映画作家34」の説明をこちらに引用させていただきますね:
『観客をうならせたのは、カメラの自由な動きであった。閉ざされた空間、出口のない現実の中をカメラは自由に動き回り、次々と新しい空間を提示し、めまぐるしい画面の変化のうちに、現実空間は心理空間に、ものは象徴に変わってゆく。』『字幕のかわりに、カメラがセリフを語っている』『マイヤーはシナリオのなかに細かくカメラの動きを書き込みムルナウはマイヤーのイメージを完璧に形象化した』

 脚本家カール・マイヤーについてちょこっと調べたりしているうちに、俄然興味がわいてきてしまいました。この「最後の人」の脚本もそうですが、かの「カリガリ博士の小屋」の脚本家としても知られます。ムルナウ監督がアメリカへ招かれた際、友人であるカール・マイヤーも一緒に来るよう勧めたそうですが、マイヤーは住み慣れたドイツにとどまります。ところがユダヤ人であるが故に、ヒトラー政権成立後には国外へ亡命を余儀なくされました。しかしドイツのような成功を収めることもなく、ロンドンで若くして亡くなったとのこと。




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2012/07/05(Thu)

暗い日曜日

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『暗い日曜日』(原題:Ein Lied von Liebe und Tod - Gloomy Sunday) 1999年、ドイツ・ハンガリー合作
Rolf Schübel (ロルフ・シューベル)監督
Erika Marozsán (エリカ・マロジャーン)イロナ・ヴァルナイ役
Joachim Król (ヨアヒム・クロール)ラズロ・サボー役
Stefano Dionisi(ステファノ・ディオニジ)アンドラーシュ・アラディ役
Ben Becker (ベン・ベッカー) ハンス・ヴィーク役

<チョ~簡単なあらすじ>
 ナチ占領下のブダペスト(ハンガリー)。ユダヤ人のラズロ・サボーは恋人のイロナとともに、高級レストランを経営しています。店の自慢はビーフロール(Roulade)。それを目当てに、裕福な客が毎日詰めかけ、店は繁盛しておりました。ピアニストを募集したところ、一番最後にやってきた青年アンドラーシュの演奏にラズロは強烈に惹かれます。既に決まっていたにもかかわらず、ラズロは彼を雇うことにしました。アンドラーシュが作曲した曲「暗い日曜日」はラズロやイロナだけでなく、客をも引きつけるのでした。そしてイロナはアンドラーシュといつしか恋仲に。一方、アンドラーシュとラズロも友人として惹かれあい、3人の奇妙な関係が始まります。

 ラズロの計らいでアンドラーシュの「暗い日曜日」はレコードとして発売されることになりました。たちまちこの曲は話題となり、ラジオでも流されるようになります。そして事件は起きました。この曲を聴いた者が、次々と自殺をするようになったのです。その事実にアンドラーシュは苦しめられます。

 かつて客として店に通い、イロナに恋をしていたドイツ人がいました。ハンス・ヴィークです。そのハンスがナチの将校としてブダペストに戻ってきます。軍服を身につけ、すっかり傲慢になったハンス。その横暴な態度に屈せざるをえなかったアンドラーシュは、「暗い日曜日」を演奏したのち、ハンスの銃を奪って自殺してしまうのでした。

 やがてユダヤ人に過酷な運命が訪れます。次々と強制収容所へ送られるのでした。ラズロも連行されてしまいます。必死でハンスに懇願するイロナでしたが、ハンスはそれを裏切ります。愛するアンドラーシュとラズロを失ったイロナ。そのお腹には新たな命が宿っていたのでした…


*******************

 これ以上はネタばれになってしまうので書けません^^; アンティークの調度品が品よく置かれたラズロのレストランやブダペストの古い街並みがとても素敵。エキゾチックな魅力にあふれたハンガリー人のヒロインが、これまた素敵で…。男性必見、生唾ゴックンの入浴シーンなどもあるのですが、とにかくスタイルがよくて同性から見てもうっとり。出るトコロはちゃ~んと出ているのに、全体的に細いゾ~みたいな感じ。ウラヤマシーー!!

この「暗い日曜日(ドイツ語はDas Lied vom traurigen Sonntag、悲しい日曜日の歌)」という歌をめぐる本作のエピソードは、実話に着想を得て書かれたものなんだそうです。安易にウィキからの引用で恐縮ですが、ご覧ください → コチラ。(なお、日本語のウィキには作曲者とその恋人はその後死亡、と書いてありますが、ドイツ語のウィキにはそうは書かれていませんでした。BBCが放映禁止にした、ということもドイツ語のウィキでは否定されていますが…。とにかく、この曲が「自殺の歌」として流行ったことだけは事実のようです。)

 ラズロ役のヨアヒム・クロールって童顔で結構好きだったのですが、最近は見かけませんね…。私が気づいていないだけかしら。ほかにもドイツの将校役でせバスティアン・コッホが、曲を聴いて自殺してしまう令嬢役にドルカ・グリルシュ(移民の役で最近よく見かけます)など、知った顔もちらほら。タイトル通り、「暗い」内容に浸ってやりきれない思いにかられますが、最後はちょっぴり救われます。よろしかったらご覧くださいねー。

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2012/04/30(Mon)

ミケランジェロの暗号

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『ミケランジェロの暗号』(原題:Mein bester Feind)
Wolfgang Murnberger (ヴォルフガング・ムルンベルガー)監督
Moritz Bleibtreu (モーリッツ・ブライプトロイ)ヴィクトル
Georg Friedrich (ゲオルク・フリードリヒ) ルディ

<チョ~簡単なあらすじ>
 時は1938年、舞台はドイツに併合(Anschluss)される直前のオーストリア。ヴィクトル・カウフマン(モーリッツ・ブライプトロイ)の父は大きな画廊を経営する裕福な画商でした。しかしナチがオーストリアに併合を迫り、時のシューシュニック内閣は総辞職、時代が一気に変わります。そんな中、裕福なユダヤ人たちは資産没収と収容所送りという過酷な運命に直面するのでした。そしてカウフマン一家も同じ運命が待ち受けていたのです。

 一方、巨匠ミケランジェロの素描画がカウフマン家の画廊にあるという噂が流れておりました。そしてそれは事実でした。父は没収を恐れ、その絵を巧妙に隠します。ナチ政権がその絵に目をつけていたからです。ムッソリーニがその絵を欲していたのでした。イタリアとの関係改善を狙い、交渉の切り札にせんと狙っていたナチ政権はその絵を何とか手に入れようと画策します。

 一方、カウフマン家に長年仕えた使用人の息子ルディ(ゲオルク・フリードリヒ)もその絵に目をつけた1人でした。カウフマン家の夫妻からは我が子同然にかわいがられ、ヴィクトルと兄弟のように育ったルディでしたが、貧しい少年時代を送ったルディは裕福なユダヤ人の主人に対してゆがんだ感情を持っていたのです。彼は自分が生き残るためにSS(親衛隊)の一員になる道を選び、出世のために絵を差し出そうともくろんだのでした。

 そんなルディの魂胆を知ったヴィクトルは、驚くべき作戦に出ます。ルディと入れ替わり、SS将校になりすましたのでした…。キーワードは、収容所で死んだ父が残した言葉「Verlier mich nicht aus den Augen(私から目を離すな)」。


<チョ~簡単な感想>
 ナチによる併合、そして開戦前夜とあり、ヴィクトルの父も心が揺れ動きます。ヒトラーは愚かだが、連合国相手に戦争を始めるほどバカじゃない」とも言い、まだ多少楽観視しているところもありました。しかし運命は残酷。父は収容所で死亡します。巨匠の素描画を求めて右往左往するナチの将校たちの慌てぶりが滑稽に描かれていました。そして運命に翻弄されながらもユーモアを忘れない主人公のお茶目っぷりも。(実際、モーリッツ君は目がお茶目^^;)確かにシリアスなテーマなのですが、なぜか悲壮感がない。それでも、血も涙もないのナチ政権に対する批判と原作者の怒りが伝わってきます。こういう描き方もアリだな、と思ってしまった次第です。恩人であるユダヤ人夫妻の財産を狙い、画策するルディですが、彼が憎むべき人間かと思うと、そうでもない。アホなのです、この男が。なぜか憎めない…。ルディを演じたのは「アイガー北壁」でオーストリア人クライマーを演じたゲオルク・フリードリヒという俳優さん。この人がですね~ モロ、オーストリア訛りなんですね。この人ほどコテコテのオーストリア訛りを話す俳優さんはいないんじゃないかしら。このユルいドイツ語が、憎めないキャラ作りに一役も二役も買ってます、ハイ。もしご覧になることがありましたら、ルディの方言に注目です★ 主演はモーリッツ・ブライプトロイ。この人は少々“見飽きちゃった感”が否めないのですが(そのくらい多くの映画で活躍しまくり)、スクリーンで見るとやはり存在感が違います。途中までは「モーリッツ君じゃなくてもよかったのでは?」なんて思ったりもしたのですが、後半~エンディングを見て、「やっぱモーリッツ君じゃないとダメだ!」と思えました。「過酷な運命に翻弄される悲劇のユダヤ人」的な人物像は、モーリッツ君に似合わないのでは…」と最初は思ったのです。が、違いましたぜ。転んでもタダでは起きないキャラなんです。最後のシーンがとにかく気に入りました♪ オススメでございます~♪ ネタばれになるから詳しくは書けませんが、ドヤ顔なんですな、これが。

 ところでオーストリア人やドイツ人なら、「シューシュニックが退陣」と聞けば、「オーストリア併合」とピンと来るんだと思います。そしてその後、一気に悪化していく国内情勢についても。「大政奉還」と聞けば、江戸時代が終わって明治が始まる!とピンとくる我々と同じように。そのあたりの「つーかー度」が日本人とオーストリア人&ドイツ人とは違うので分かりにくいところもあるかもーとも思ったのですが、そこは映画。映像の力で時代の流れが伝わってきますです。

 本作のスタッフは、かつてアカデミー賞外国語映画賞に輝いたオーストリア映画「ヒトラーの偽札」を手掛けたメンバーなんだそうです。本編の最後に、ザクセンハウゼン強制収容所の話がチラっと出てきます。ここは「ヒトラーの偽札」の舞台となった収容所。これはおそらく、スタッフが「分かる人には分かるだろう」との思いから盛り込んだのでは、と思いました。うふふ。





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2012/03/09(Fri)

愛より強く

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『愛より強く(2004年)』 原題:Gegen die Wand
Fatih Akin (ファティ・アキン)監督、脚本
Birol Uenel(ビロル・ユーネル)ジャイト
Sibel Kekilli(シベル・ケキリ)シベル
Catrin Striebeck(カトリン・シュトリーベック)マレン
第54回ベルリン映画祭金熊賞受賞作

 トルコ系ドイツ人のジャイトは、最愛の妻を亡くしたことから自暴自棄になり、すさんだ生活を送ったあげく、壁に激突して(=Gegen die Wand)自殺を図ります。入院した病院で知り合ったのは、同じくトルコ系ドイツ人の女性シベルでした。自殺未遂を繰り返し、病院に入院していたのです。厳格で保守的なイスラム教徒の家に育ったシベルが欲しいものはただ一つ。それは自由でした。好きに恋愛を楽しみ、奔放に生きたかったのです。そんなシベルはジャイトに偽装結婚を持ちかけます。両親の家を出るには結婚するしかないと考えたのでした。同居するだけで、それ以上の迷惑はかけないとの条件で。渋々承知したジャイトは、シベルと結婚式を挙げ、同居生活をスタートさせるのでした。念願の自由を手に入れ、生活を満喫するシベル。そんな奔放なシベルにジャイトは惹かれていきます。そしてシベルに言いよる男を殺害し、収監されてしまいます。
 殺人事件が新聞で報道され、シベルは帰る場所を失います。彼女もまた、ジャイトを愛していることに気付くものの、時すでに遅し。彼女は傷心のまま、イスタンブールへ向かい、ドラッグと酒に溺れてしまいます。
 シベルの「待ってる」との言葉を信じたジャイトは、出所後すぐに彼女の元へ駆けつけます。しかしシベルは穏やかな暮らしをしていたのでした…。

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 本作がメジャーデビューとなるシベリ・キケリはまさにはまり役。あどけなさと妖艶さ、したたかさ、一途さなど、さまざまな面を見せてくれます。それまで無名だったとは思えないほど、スクリーンの中で存在感を放っています。本作でドイツ映画賞の主演女優賞の栄冠にも輝きました。また、酒とドラッグに溺れて荒んだ日々を過ごす男を演じさせたら、ビロル・ユーネルの右に出る人はいないんとちゃうかーと思うほど、これまたぴったり。死んだ妻が忘れられずに自暴自棄になる繊細さや、シベルに惹かれて殺人まで犯してしまう不器用さ、出所したあともシベルを追わずにはいられない一途さが見ていてとても切なく、悲しい。目で演技ができる人だな~と改めて感じました(ワタシ、実は隠れファンです)。一貫してドイツにおける移民を撮り続けてきたアキン監督の出世作。今回、この映画をブログに書こうと思い、久しぶりにDVDを見たのですが、この作品が持つエネルギーに改めて驚かされました。見終わったらすっかり疲れてしまって。アキン監督自身、相当なエネルギーをこの作品に込めたのではないかと思います。劇中で流れるトルコの音楽がとても効果的。エキゾチックで、どこか物悲しいのです。

 余談ですが、シベルの保守的な父親を演じたのは、「ソウル・キッチン」で味のある演技を披露していた「よっしゃ」な船長だったんですね…。初めて気づきました。キャラが違いすぎ。

   
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2012/03/07(Wed)

ヒトラー 最期の12日間

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『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年) 原題:Der Untergang

Oliver Hirschbiegel (オリヴァー・ヒルシュビーゲル)監督
Bernd Eichinger (ベルント・アイヒンガー)脚本、製作
Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ)アドルフ・ヒトラー役
Alexandra Maria Lara(アレクサンドラ・マリア・ララ)トラウドゥル・ユンゲ役
Corinna Harfouch(コリンナ・ハルフォウフ)マグダ・ゲッベルス役
Urlich Matthes(ウルリッヒ・マテス)ヨーゼフ・ゲッベルス役
Juliane Koehler(ユリアーネ・ケーラー)エファ・ブラウン役
Heino Ferch(ハイノ・フェルヒ)アルベルト・シュペアー役
Christian Berkel(クリスティアン・ベルケル)シェンク教授役
Thomas Kretschmann(トーマス・クレッチマン)フェーゲライン中将役
Ulrich Noethen(ウルリッヒ・ネーテン)ハインリヒ・ヒムラー役
Rolf Kanies(ロルフ・カニース)ハンス・クレープス役
Justus von Dohnányi(ユストゥス・フォン・ドホナーニ)ブルクドルフ役

原作:ヨアヒム・フェスト著「ヒトラー ~最期の12日間~」
   トラウドゥル・ユンゲ著「私はヒトラーの秘書だった」

 ヒトラーの秘書を務めたトラウドゥル・ユンゲのモノローグのあと、物語は1942年にさかのぼります。そのユンゲを含む数名の女性が、秘書の採用試験を受ける場面です。皆、心から敬愛するヒトラー総統を前に緊張で硬くなるのでした。秘書に採用されたトラウドゥルは緊張のあまり、口述筆記で失敗してしまいます。しかしヒトラーは怒ることもなく優しく緊張をほぐすのでした。

 そしてドイツ敗戦が濃厚となった1945年春。前線ではドイツ軍が苦戦を強いられる中、ヒトラーだけは強気の姿勢を崩さず、たとえ祖国が焦土になろうと戦い続ける意思を表明していました。食料も弾薬も尽き、疲弊する国民。赤軍はベルリン近郊まで迫り、空襲も激しくなる一方。いよいよベルリンも危ないということになり、ヒトラーは地下壕に避難します。Fuehrerbunker (フューラーブンカー)と呼ばれる地下の要塞でした。ヒトラーと愛人のエファ・ブラウン、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスと妻のマクダ、そして子供たち。さらに秘書のトラウドゥルや料理人、側近たちもヒトラーと共に地下へ避難するのでした。

 しかし、戦況は悪化の一途をたどります。地下壕に避難した者たちも誰もが死を覚悟するようになり、極限状態となっていきます。もはやこれまでと悟ったヒトラーは自殺を決意し、前日に愛人エファと結婚します。お伴をする覚悟のゲッベルス夫人は自ら子供たちに毒を飲ませ、1人1人殺害していきます。そしてヒトラーと妻エファ、ゲッベルス夫妻は自ら命を絶ちました。死体はガソリンで徹底的に焼くよう部下に指示し、部下もそれに従います。一方、トラウドゥルたちは決死の覚悟で要塞を出て逃亡します…


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 先日急逝した大物プロデューサー、ベルント・アイヒンガーが製作を手掛け、「es」のオリヴァー・ヒルシュビーゲルが監督した超大作。秘書の目を通し、極限状態の中に置かれたヒトラーとその側近たちの様子、そしてヒトラー政権の終焉を描いています。ヒトラーを演じるのはドイツ語圏を代表する名優、ブルーノ・ガンツ。これまで幾度となくヒトラーやナチは映画で描かれてきましたが、ドイツ人が等身大のヒトラーを描くということで、映画公開前から大きな話題となりました。特に、ヒトラーの人間的な面を描くことに周囲の反発が強かったといいます。きっかけは、トラウドゥル・ユンゲの告白「私はヒトラーの秘書だった」でした。素顔のヒトラーを知る数少ない人物の1人、ユンゲの告白とあり、こちらも大きな話題となりました。彼女が知るヒトラーは、普通の支配者であり、ホロコーストをやるような人物だとは当時は思わなかったそうです。そしてナチ政権の終焉を詳しく記したヨアヒム・フェストの「Der Untergang(映画の原題と同じ)」をもとに、この作品が製作されました。

 ドイツの歴史における最大のタブー、アドルフ・ヒトラー。等身大のヒトラーを演じてよいのかどうか、ブルーノ・ガンツも最初は迷ったといいます。しかし試しにカツラをつけ、チョビヒゲをつけてみたところ、鏡の中にはヒトラーがいました。「これは私が演じなければ」と思ったと本人もインタビューで答えています。顔や姿は本人とは違うのですが、その演技力でヒトラーになりきっていました。大物プロデューサーが手掛けるだけあって、出演者が豪華。ドイツの有名な俳優・女優が勢ぞろい。よくぞここまでそろえたと思える豪華な顔ぶれです。マクダ・ゲッベルスを演じた東ドイツ出身の女優コリンナ・ハルフォウフの演技力は“凄まじい”の一言。追い詰められ、我が子を次々と手にかけていくシーンは鬼気迫るものがあります。本人いわく、ゲッベルス夫人になりきって演じた結果、子供を手にかけるシーンの撮影後はしばらく情緒不安定になってしまったとのこと。

 ヒトラーが最期の12日間を過ごした地下壕は、赤軍が爆破を試みますが失敗に終わり、そのまま地下に埋められた状態になりました。当時の資料や証言をもとに、映画のスタッフが当時の地下壕を再現。非常に凝ったセットです。破壊されつくしたベルリンの街並みは、サンクトペテルブルクで再現。この町はもともとドイツ風に作られたため、戦前のベルリンと似ているんだそうです。美術担当が具体的に例をあげていましたが、Hinterhof(中庭)のある建物が軒を連ねており、それが当時の雰囲気とよく似ているんだとか。

 原作者のヨアヒム・フェストがインタビューで答えているのを聞いたことがありますが、彼はドイツの一般市民が非常に疲弊した状態であったことを伝えたかったと。本作の映像をよく見ると、処刑されて街頭につるされたベルリン市民(戦争に非協力的、という理由でリンチにあったり、兵士に殺されたり)が再現されて映っています。ドイツ人が自分たちの被害を語ることは長らくタブー視されてきたといいますが、こうした史実も少しずつ描かれるようになってきたと思います。

     


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2011/10/19(Wed)

マルタのやさしい刺繍

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『マルタのやさしい刺繍』(原題:Die Herbstzeitlosen)2006年
Bettina Oberli (ベッティーナ・オーベルリ) 監督
Stephanie Glaser (シュテファニー・グラーザー) マルタ
Heidi Maria Glössner (ハイディ=マリア・グレスナー リージ
Annemarie Düringer(アンネマリー・デューリンガー) フリーダ
Hanspeter Mueller-Drossart (ハンスペーター・ミュラー=ドロサート) ヴァルター

<ほにゃくブログより転載し、一部追記しました>

横着して、あらすじを公式HPから引用させていただきます:
『スイスの小さな村、トループ村に住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれ生きる気力をなくし、意気消沈しながら毎日をただ何となく過ごしていた。そんなある日、彼女は忘れかけていた若かりし頃の夢、“自分でデザインして刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること”を思い出す。しかし保守的な村では、マルタの夢はただ周りから冷笑され軽蔑されるだけ。それでもマルタは友人3人とともに夢を現実のものとするために動き出す。スイスの伝統的な小さな村に広がる、夢に向かって頑張るマルタと彼女を支える仲間たちの夢と希望の輪。マルタの刺繍が、人々の心をやさしくあたたかく紡いでゆく―。』(以上、引用終わり)

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 こちらは、ほのぼのとしたスイス映画。ただしドイツ語圏と言ってもスイスドイツ語なので、普通の標準ドイツ語とはかなり違います。マルタ役を演じた女優さんは、1920年生まれ(!) この映画を演じたのは86歳のときというからビックリ。夫の死にすっかりふさぎ込むものの、友人(←この友人も村では変人扱いされている女性なのです)の励ましに元気を取り戻し、若い頃の夢を実現するべく前向きに奮闘するマルタの姿がとっても輝いて見えました。エメンタールチーズで有名なエメンタールが舞台。いかにもスイスといった風光明媚かつ牧歌的な村で繰り広げられるプチ騒動が見ていてとっても楽しい。女性監督ならではの細やかな演出が随所に見られました。周囲の冷たい目にも負けず、若き日の夢を追いかけるマルタに、思わず「頑張れ!」と言いたくなります。マルタ以外の出演者も高齢の女性ばかり。みんなキラキラしています。女性ってやっぱり強いな~♪♪ 本国スイスだけでなく、海外でも大ヒット。高く評価されたそうです。ほのぼのとして、心温まるとっても素敵な映画です。


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2011/10/19(Wed)

ワン・デイ・イン・ヨーロッパ

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『ワン・デイ・イン・ヨーロッパ』(原題:One Day In Europe)2005年
Hannes Stöhr (ハネス・シュテーア) 監督
Megan Gay (ミーガン・ゲイ) ケイト
Luidmila Tsvetkova (ルドミラ・ツヴェートコヴァ) エレナ
Florian Lukas (フロリアン・ルーカス) ロッコ
Erdal Yildiz (エルダル・イルディズ) セラル
Peter Scherer (ペーター・シェラー) ガボア
Miguel de Lira (ミゲル・デ・リラ) 警官
Boris Arquier (ボリス・アキエール) クロード
Rachida Brakni(ラシダ・ブラクニ) ラシダ

 この作品は同じ日にヨーロッパの4個所で起こる出来事を描いています。
1.エピソード・モスクワ
 ヨーロッパのチャンピオンズリーグ決勝。スペインのデポルティボ・ラコルーニャとトルコのガラタサライが激突するとあり、両国のサポーターが決勝の地、モスクワのルジニキ競技場へ向けて続々と集まっています。興奮したサポーターで現地は異様な雰囲気。そんな中、ビジネスでモスクワを訪れたイギリス人女性ケイトが盗難に遭います。それを目撃した中年女性エレナが助けてくれるものの、言葉が通じずケイトは苦労します。何とか警察へ行ったものの、警官たちはサッカー中継に夢中。取り合ってくれません。ケイトが1人イライラする中、とっぷり日は暮れていくのでした…。

2.エピソード・イスタンブール
 ドイツ人のロッコは、イスタンブールを旅行中。狂言強盗で保険金をだまし取ろうと画策します。助けに現れたのは、なぜかドイツ語(それもコテコテのシュヴァーベン訛り)を話すタクシー運転手セラル。ロッコはセラルの運転で警察へ行き、ウソの被害を申告します。ところがイスタンブールの警官たちはサッカー中継に夢中。ガラタサライの試合が気になり、まともに取り合ってくれません。そして強面の警察官にすごまれ、逆に拘束されてしまうのでした…

3.エピソード・サンティアゴ・デ・コンポステーラ
 巡礼の地として名高い古都を訪れた敬虔なガボア。巡礼のフィニッシュとして、大聖堂をバックに写真を撮ってもらおうと、行きずりの人にカメラを託します。ところがその人物はそのままカメラを持ち去ってしまいました。カメラより、たくさんの写真を失ったことがショックでならないガボアは、警察に被害を訴えます。ところが警官たちはサッカー中継に夢中。デポルティボ・ラコルーニャの結果が気になって仕方がありません。対応してくれた警官は愛人といちゃつく始末。ガボアはただただ呆然とするばかり…

4.エピソード・ベルリン
 大道芸人のカップル、クロードとルシダ。町を渡り歩いては、大道芸で日銭を稼いでおりました。しかしお金も底を突き、2人の間にすき間風が吹き始めます。クロードは狂言強盗を計画。警官に被害を訴えますが…

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 モスクワ、イスタンブール、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、ベルリンの4都市で繰り広げられるハチャメチャっぷりをユーモラスに描いた作品です。共通点は「チャンピオンズリーグ決勝」と「盗難」と「旅行者」。ただそれだけなのですが、サッカーに熱狂して仕事が手につかない警官たちや、異様な盛り上がりを見せるサポーター集団、セコいことを考えて小金をせしめようとする旅行者たちが、何とも滑稽で憎めないのです。大きな盛り上がりはないけれど、なぜか面白い。日本でも最近はサッカーですっごく盛り上がるようになりましたが、伝統の点ではヨーロッパにはまだまだ追いつきません。というか、彼らの熱狂ぶりは日本の比じゃないって感じ。それが各エピソードに現れています。様々な言語が飛び交い意思疎通に困るけど、サッカーという共通語でつながってるって感じです。流れる音楽がエキゾチックで素敵。サッカー好きの方にお勧めです。サッカーシーンは全くないんだけどねっ






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2011/10/18(Tue)

ソウル・キッチン

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『ソウル・キッチン』(原題:Soul Kitchen)2009年
Fatih Akin (ファティ・アキン)監督、脚本
Adam Bousdoukos (アダム・ボウスドゥコス)脚本、ジノス・カザンザキス役
Birol Ünel (ビロル・ユーネル) シェイン
Moritz Bleibtreu (モーリッツ・ブライプトロイ)イリアス・カザンザキス
Anna Bederke (アンナ・ベデルケ) ルチア
Pheline Roggan (フェリーヌ・ロッガン)ナディーン
Wotan Wilke Moehring (ヴォタン・ヴィルケ・メーリング)トーマス・ノイマン
Udo Kier (ウド・キア)投資家

 ジノスはギリシア系移民。ハンブルクで「ソウル・キッチン」という場末ちっくな食堂を経営しています。出す料理は冷凍食品ばかり。しかし安いため、そこそこ客は入っています。ところがある日、壊れた食洗機を運び出そうとしてギックリ腰に。ここから少しずつ歯車がズレ始めます。上海の特派員となった恋人のナディーンは中国へ赴任。一方、兄イリアスが刑務所から仮出所で出てきます。働き口があれば定期的にシャバへ出られるということで、無理に弟の店に押しかけてきたのでした。ところがジノスは災難続き。腰痛のためにまともに厨房に立てないだけでなく、滞納していた税金の取り立てでステレオのセットを差し押さえられてしまいます。同級生の不動産業者トーマス・ノイマンは「ソウル・キッチン」の土地に目をつけ、密かに営業妨害を画策。店を乗っ取ろうとします。

 そんな時、変人で流れ者の天才シェフ、シェインと出会います。「愛とセックスと魂と伝統は売っちゃいけねえ」がモットー。そんなシェインをスカウトしたところ、魂のこもったその料理にお客が殺到。傾きかけていた「ソウル・キッチン」は大繁盛します。ところが喜んだのもつかの間、遠距離恋愛中の恋人ナディーンの態度がよそよそしくなります。どうやら現地で恋人ができた模様。いてもたってもいられないジノスは、店を兄に任せて上海へ行く決心を固めます。一方、店を狙うノイマンが、イリアスを誘惑に誘うのでした。そして「ソウル・キッチン」は乗っ取られてしまいます…。

******************************

一貫して「移民」や「異文化」をテーマに映画を撮り続けてきたトルコ系ドイツ人監督ファティ・アキンのコメディです。これでもか、これでもかとトラブルがジノスを襲うのですが、なぜかめげないジノス。ひたすら正直に生きています。ところが兄のイリアスはトラブルメーカー。盗みで捕まり、服役中なのでした。昼間のみ仮出所が許されたものの、なかなか真面目に生きることができません。とにかくアホなんですな、この兄貴。だけどなぜかいとおしく思えるバカさ加減。演じるのは、今やドイツを代表する俳優の1人となったモーリッツ・ブライプトロイ。この人、こういういい加減な兄ちゃんの役がホントに上手。うさん臭さ全開なのです。だけど憎めない。ゴールドのチェーンをちゃらちゃら振り回す仕草が笑えます。

 風来坊のシェフを演じるビロル・ユーネルがとっても素敵。酒浸りなのですが、いったんナイフを手に握ると人が変わったよう。役作りのため、実際にシェフについて包丁さばいなどを習ったんだそうです。もっと出演させてほしかったなーと個人的には思ったのですが、監督がおっしゃるには、「どこからともなく現れ、いつの間にか消えていく」のが理想だったんだとか。流れ者であり、旅人ですもんね。終着駅はまだまだ先。自分探しの旅が続くのです。ビロル・ユーネルは、アキン監督の出世作「愛より強く」で一気に有名になったトルコ系の俳優さん。個人的にとっても好きです♪ 

 ナディーン役のフェリーヌ・ロッガンさんはモデルだけあってスタイル抜群です。その他、仁丹…ぢゃなかった、タブレット好きな謎の投資家とか、年中お船を磨いている「よっしゃ!」な船長とか、ボヨヨンな税務署の女性係官とか、骨折りケマルとか、とにかくキャラの濃ゆ~い人たちが脇を固めています。濃いです、ホントに。みんなおバカだけどヒュ~マン。あの溜まり場に集まる連中に、根っからの悪人なんていやしない。音楽好きでDJの経験もあるアキン監督らしく、音楽がとてもソウルでナイスです。人種偏見とか、異文化による衝突とか、そういったことでいがみ合うのがおかしく思えてくる、そんな素敵な映画です。とってもオススメ♪



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2011/10/18(Tue)

白いリボン

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『白いリボン』(原題:Das weiße Band)2009年
Michael Haneke(ミヒャエル・ハネケ)監督、脚本
Christian Friedel(クリスティアン・フリーデル)教師
Leonie Benesch(レオニー・ベネシュ)エファ
Ulrich Tukur(ウルリッヒ・トゥクル)男爵
Burghart Klaußner(ブルクハルト・クラウスナー)牧師
Rainer Bock(ライナー・ボック)医師
Leonard Proxauf(レオナルド・プロクスアウフ)マーティン
Josef Bierbichler(ヨーゼフ・ビアビヒラー)家令


<ブログに書いた内容を転載いたしました>

 時は第一次大戦開戦直前の1913年、物語の舞台は敬虔なプロテスタント信者が多い北部ドイツのとある農村。広大な農地を保有する男爵一家とそこに仕える家令(最初、家令ってナンジャラホイ?と思ったのですが、ドイツ語を聴いてナットク。Gutsverwalter。封建時代から存在する“Gut(=封建領主や貴族が所有する大農場)”を管理する人ですね。)や小作人、さらにその村の精神的な指導者である牧師とその一家、村の学校で教鞭を執る若い教師、村の医師、そして村人たちが主な登場人物です。

 のどかな農村で怪事件が相次ぎます。何者かによって張られた針金に馬がつまづき、乗っていた医師が怪我をします。小作人の妻は、男爵家の納屋の底が抜けて転落死。馬男爵家の幼い息子が行方不明となり、暴行を受けた状態で発見されます。男爵家のキャベツ畑が荒らされるという事件も発生。男爵夫人は子供を連れてイタリアへ行き、現地で愛人をつくります。一方、村の牧師は非常に厳格な人物。夕食に遅れた息子と娘を厳しく叱り、戒めのために白いリボンを腕に巻く儀式を行います。白いリボンは純粋・無垢の象徴だったのです。

 その間にも怪事件は続きます。男爵家の納屋が燃える事件が起き、中から首をつった小作人が発見されます。村の医師は不倫相手だった乳母をポイ捨て。その乳母の子供(父親はその医師)は何者かに連れ去られ、失明寸前という大怪我を負った状態で発見されます。

牧師として村人の尊敬を集める厳格な父親に子供たちはおびえています。その子供たちの行動に不信感を抱いた教師は、牧師の長男と長女を問い詰めるのでした…

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…と、簡単にあらすじを書いてみたのですが、たぶん読んでくださる方は「???」ですよね。ネタばれしないように気をつけたいと思いつつ、作品の最後まで犯人は分からないのでネタもばらしようがないのです。一連の事件の犯人を見つけることが本作の目的ではなく、権威の象徴たる、厳格な父親(とにかく厳しい!)の陰でおびえる子供たちの屈折した心理を描くことが一つの目的なのかも。正直、よー分からん。当然、その鬱屈した不満のはけ口は別の所へ向かいます。美しい農村で繰り広げられるドロドロの人間模様。不倫や近親相姦など、「大人の醜い面」も淡々と描かれております。裕福な男爵家と、貧しい小作人の家庭。厳格な父親たち。純粋な目をしながらも、どこか屈折した様子の子供。高圧的な態度でねじふせられる子供たちの心の中で、何かがフツフツしているような印象も受けます。。。

 映画評を読んでみると、「この子供たちが、のちのナチ政権を支えた世代となる云々」といった記述も目立ちます。私個人としては、この物語とナチを結び付けるのは深読みしすぎな気もするのですが… ドイツ人とナチの歴史は切り離せないけれど、「ナチとからめると売れる」的な思惑が感じられ、「むむ?」と思ってしまったのですが、私の読みが浅いのかなぁ? いずれにしても、1回じゃ理解できない作品でした。そのうち、DVDでじっくり見たいと思います。

 ドイツ語じゃないと分かりにくいのですが、子供たちは父親をHerr Vater、母親を Frau Mutter と呼び、Siezen(敬語)しています。ま、日本でも江戸時代の時代劇では子供が「父上様、母上様」と呼び、敬語で話していますから、それと同じノリかも。昔お世話になったホストファミリーのお父さんが言ってたっけ。「私が子供の頃(=第二次大戦前)は父親が今と比べ物にならないくらい厳格で、子供にも敬語を使わせる保守的な家もまだまだあった」と言っていました。第二次大戦前は、まだそんな風潮が残っていたんですね。

 全体的に暗いトーンで物語は進みます。犯人捜しがこの作品の主目的ではないため、犯人の暗示はあっても分からずじまい。好き好きは人によって分かれると思いますが、私はかなり好き。10人がこの映画を見たら、感想が10とおり出てきそう。それくらい、奥の深い映画です。





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2011/10/04(Tue)

殺人者は我々の中にいる

*ブログに載せた日記を一部変更し、転載いたしました。

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『殺人者は我々の中にいる』(原題:Die Mörder sind unter uns)1946年
Wolfgang Staudte (ヴォルフガング・シュタウテ)監督
Hildegard Knef (ヒルデガルト・クネフ) ズザンネ
Ernst W. Borchert (エルンスト・W・ボーヒャルト) メルテンス医師

<簡単なあらすじ>
終戦直後、1945年のベルリン。かつて栄華を誇った大都市も、今や瓦礫の山と化していました。強制収容所で生き延びた写真家のズザンネは自分のアパートに戻ってきましたが、そこには知らない男が住んでいました。戦場から戻ってきたメルテンスという医師です。前線での辛い経験によって心に深い傷を負い、自暴自棄になって夜な夜な酒に溺れるメルテンス。そんな2人は壊れかけたアパートで共同生活を始めました。

 ある日、メルテンスは死んだと思っていたかつての上官と再会します。ブリュックナー大尉です。鉄製のヘルメットを鍋に作り替えて売る事業が大当たりし、彼は豊かで幸せな暮らしをしていました。のうのうと暮らすブリュックナーを見て、メルテンスは激しい怒りを覚えます。ブリュックナーはかつて、大勢のポーランド人の処刑を部下に命じていたのです。1942年のクリスマスのことでした。彼の命令で虐殺されたのは男性36名、女性54名、子供31名。いまわしい出来事からちょうど3年経ったクリスマスの晩、メルテンスは犠牲者に代わって復讐すべく、銃を手にブリュックナーの所へ向かうのでした…。(結末は、一番下の「続きを読む」をクリックしていただくと出てきます)

***************************

 第二次大戦後、ドイツは戦勝4か国(英米仏ソ)の統治下に置かれます。混乱の真っただ中にあったドイツで最初に作られた作品が、この作品。東ドイツ側(まだ「DDR、ドイツ民主共和国」は成立していませんでしたが)で作られた映画です。当時のドイツはまだ瓦礫の山でした。そんな中で撮られた映画は、「瓦礫映画(Trümmerfilm)」と呼ばれたそうです。本作の監督はヴォルフガング・シュタウテ。そんな「瓦礫映画」の代表作と呼ばれるだけあって、破壊し尽くされたベルリンの町並みが何度も映し出されます。撮影用のセットではなく、実際の映像であるため、非常にリアル。かろうじて建っている壁だけの建物。ガラスが割れ、枠だけになった窓。どこまでも続く瓦礫の山。すべて本物。どの風景を見ても、戦争の悲惨さがリアルに伝わってきます。

 ヴォルフガング・シュタウテは、戦後は東ドイツで映画を撮っていましたが、その後西ドイツへ移住。一貫して左寄り・西ドイツ批判の映画を作り続けたそうで、60年代の西ドイツでは冷遇されていたそうです。本作はナチが犯した罪を告発する内容となっており、タイトルも意味深。「殺人者」が複数形なのです。本編で殺人者として登場する将校は1人なので、この「殺人者s」が意味するものもおのずと分かってきます。制作にあたった映画会社は、ソ連占領地区で設立されたDEFA。当然、内容もかなり左寄り。罪のない住民を虐殺する命令を下したナチの将校は、その罪を悔いることもなく、戦後は事業で成功して豊かに暮らしています。ファシズムの罪と資本家…。そういった構図が浮かび上がってきて、何となく見ていてムムム~となりました。詳しくないワタシが偉そうに書くのははばかられるのですが、「ナチの戦争責任」に対する旧東独の考え方が、早くもここに表れているような…(私の解釈が間違っていたらご指摘ください)

 途中、ブリュックナーが手にしている新聞が大写しになります。その新聞の見出しは「200万人がガス室に送られた」といった内容。アウシュヴィッツという単語も見えます。ソ連占領地域に住んでいた人は、1946年の段階では既にこういった内容を知っていたんですね…。

 ある映画評は、20年代に一世を風靡した表現派映画の影響が見られると指摘しておりました。ワタシもそんな気がしましたです。追い詰められ、精神を病む主人公の描写にその片鱗が…。そして影の効果を駆使する監督だな~とも思いました。また、「ドイツ映画に伝統的な室内劇的要素も見られる」とも指摘されています。

 余談ですが、ズザンネ役のヒルデガルト・クネフがこの作品でブレイク。世界的に有名になったそうで、このあとハリウッド映画にも出演しています。ぬゎんと、ドイツで初めて映画内でヌ~ドになった女優さんだとか。カトリック教会が猛烈に抗議したそうです。

<おまけ 瓦礫映画ってナンジャラホイ?>
第二次大戦後、1945年から1948年にかけて製作された映画で、文字どおり国土が瓦礫ばかりだった時代に生まれたため、そのように呼ばれているんだそうです。当時のドイツは米英仏ソ4カ国による統治下にありました。ナチの下で国有化された大会社ウーファは解体され、その後国内に存在したのはソ連占領地域に設立されたDEFAや、西側の小規模な映画会社やスタジオ。ナチお抱えの映画人は多くが映画界から追放され、機材やスタジオも焼失した中、撮影は困難を極めたんだそうです…。「瓦礫映画」が描いたのは、廃墟の中で生きる人々の様子や、ナチが犯した罪などだそうです(← 実際に観たわけではないので、伝聞ですが)。


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2011/10/04(Tue)

プラーグの大学生

*ブログに載せた日記を一部変更して転載いたしました。


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『プラーグの大学生』(原題:Der Student von Prag)1913年
Stellan Rye(シュテラン・ライ)、Paul Wegener(パウル・ヴェーゲナー)監督
Hanns Heinz Ewers (ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Edgar Allan Poe (エドガー・アラン・ポー) 原作
(ドッペルゲンガーが出てくる『William Wilson』に着想を得、エーヴァースが本作の脚本を書いたと言われています)
Deutsche Bioscop GmbH(ドイツ・ビオスコープ有限会社)制作

Paul Wegener (パウル・ヴェーゲナー)バルドゥイン役
John Gottowt (ヨーン・ゴットウト)山師スカピネッリ役
Grete Berger (グレーテ・ベルガー)伯爵令嬢マルギット役

<簡単なあらすじ(ネタばれありです。すみません)>
 1820年のプラハ。貧しい学生のバルドゥインは、プラハで一番の剣の使い手でした。ある日、バルドゥインは乗馬の最中に湖に落ちた美しい伯爵令嬢を助けます。その美しさに一目惚れしたバルドゥインでしたが、無一文の彼と伯爵令嬢では、あまりにも身分が違いすぎます。かなわぬ恋でした。そんなある日、怪しげな山師スカピネッリが彼の部屋を訪れます。伯爵令嬢に近づきたいバルドゥインは、大金をちらつかせるスカピネッリと契約してしまいます。彼は「10万グルデンと引き替えに、バルドゥインの部屋にあるものは何でも渡す」という誓約書にサインをするのでした。そしてスカピネッリは約束どおり、鏡に映ったバルドゥインの姿、すなわち分身を連れ去ってしまいます。

 大金を手にしたバルドゥインは一夜にしてプラハの名士となり、喜び勇んで伯爵令嬢に近づきます。令嬢も立派な身なりのバルドゥインに惹かれるのでした。ところが幸せに浸ったのもつかの間、バルドゥインの分身が行く先々に現れて彼を苦しめます。一方、令嬢には許嫁がいました。恋人を奪われた許嫁はバルドゥインに敵意を示し、とうとう2人は決闘することになります。伯爵令嬢の父が、未来の跡取りの命だけは奪わないでほしいとバルドゥインに懇願したにもかかわらず、分身が先回りして令嬢の許嫁を殺してしまうのでした。

 「決闘の末に相手を殺した」ことからバルドゥインは人望を失い、運命の歯車が狂い始めます。彼は弁解のために令嬢のもとへ駆けつけますが、鏡に姿が映っていないことに気づいた令嬢は恐怖のあまり、失神してしまいます。分身につきまとわれ、追い詰められたバルドゥインは、自分の部屋に現れた分身を撃ち殺してしまいます。ようやく呪縛から解き放たれたと喜ぶバルドゥインでしたが、胸から血が流れていることに気づき、そのまま絶命します。忌まわしい分身を抹殺したつもりが、実は自分自身を撃ってしまったのでした…。

********************************

 「ドイツにおける最初の芸術映画」と呼ばれるサイレント映画「プラーグの大学生(プラハの大学生)」。ドイツ映画史を調べると、必ずと言っていいほど出てくるタイトルです。残念ながら日本ではなかなか手に入らず、ドイツのアマゾンでも在庫切れ。本当はオリジナルのドイツ語バージョンで見たいところですが、それが難しそうなので、アメリカのアマゾンで英語バージョンを注文しました。ただしこのDVDは40分バージョンなので、ところどころ端折られているのが残念。当時のドイツ人が大好きだったと言われる「ドッペルゲンガー(Doppelgänger、分身)」が登場します。1913年に制作された後、1926年と1935年に別の監督、別の出演者によってリメイクされております。

 主演のパウル・ヴェーゲナーは表現主義映画として知られる「巨人ゴーレム」の監督も務めていますね。さらに、ナチのプロパガンダ映画として知られる「コルベルク」(ファイト・ハーラン監督)にも出演しました。ドイツ語のウィキによると、プロパガンダ映画に出演していた一方で、反ナチの姿勢を隠そうともせず、反体制派に資金を提供し、活動家たちを自宅にかくまっていたんだとか。山師を演じたヨーン・ゴットウトは、知る人ぞ知る「ノスフェラトゥ」でブルヴァー教授を演じた人だったんですね…。「山師」という言葉がピッタリの風貌でした。ウッヒッヒ~という笑い声が聞こえてきそうな感じ。サイレント映画の中でも初期の作品だけあり、「室内劇映画」の要素が随所に見られます。役者もスタッフも劇場関係者なので、劇場の影響が色濃く見られます。

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『Der Student von Prag』(1926年)
Henrik Galeen(ヘンリック・ガレーン)監督
Henrik Galleen(ヘンリック・ガレーン), Hanns Heinz Ewers(ハンス・ハインツ・エーヴァース)脚本
Sokal Film GmbH制作

Conrad Veidt(コンラート・ファイト)バルドゥイン役
Werner Krauss(ヴェルナー・クラウス)山師スカピネッリ役
Agnes Esterhazy(アグネス・エスターハージー)伯爵令嬢マルギット役

 こちらは1926年に制作された「プラーグの大学生」。バルドゥインを演じたコンラート・ファイトは「カリガリ博士」で夢遊病者ツェザーレを演じた俳優さんです。ツェザーレはメイクが濃かった上、ほとんど寝てばっかりだったので、同じ人だとは思えない(苦笑)。こっちの山師は「山師」というより、山高帽をかぶった「謎の男」といった雰囲気。「ウッヒッヒ~」とは決して笑わず、「フフフ…」といった不敵な表情が似合う。旧作に比べると、カメラ向けの演技も撮影方法も格段に進歩し、この間に映画が一大娯楽産業となっていったのが伝わってきます。観客も目が肥えてきていたでしょうね。完成度も高いです。よくよく考えてみると、旧作は第一次大戦前夜、帝政ドイツの時代だったんですねぇ…。一方、1926年版はワイマール共和制に移行した時期。たったの13年ですが、激動の時代だったわけですから、社会の変化は大きかったのでしょう。ナットク。

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2011/10/04(Tue)

ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

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『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』(原題:Knockin' on Heaven's Door)1997年
Thomas Jahn (トーマス・ヤーン) 監督
Thomas Jahn, Til Schweiger (トーマス・ヤーン、ティル・シュヴァイガー) 脚本
Til Schweiger (ティル・シュヴァイガー) マーチン
Jan Josef Liefers (ヤン・ヨーゼフ・リーファース) ルディ
Thierry van Verveke (ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ)ヘンク
Moritz bleibreu (モーリッツ・ブライプトロイ)アブドゥル

 マーチンとルディは、たまたま同じ病院に入院したことで知り合います。2人とも、余命いくばくもないと宣告を受けた身でした。自暴自棄になりかけるルディにマーチンが言います。「海を見たことがないと、天国へ行って笑われるぞ。あそこでは今、海の話が流行ってるんだ」 そこで2人は車を盗み、ルディがまだ見たことのない海を見に出かけます。ところがその車はギャングの車。中に危ないカネが積まれていたのです。それを取り返そうとするギャングのヘンクと頭が少々弱いアブドゥルの2人。警察の追跡も加わり、珍道中となるのでした…。

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 これまた、とっても有名な映画。私が感想を書いたところで、「今さら感」たっぷりなのですが、もしかしてまだご覧になったことがない人もいらっしゃるかもと思って書いちゃいます。是非是非ご覧になってくださいませ。ドタバタなロードムービーなのですが、随所にホロリと来る要素がたっぷり。おバカなシーンにププっと笑いながらも、一抹の寂しさが、そしてなぜか「ほのぼの感」も感じられます。主演のほかに脚本(共同作業ですが)も担当したティル・シュヴァイガーはこれで世界的にも大ブレイク。既にドイツ国内では「超」がつくほどの人気者だったそうですが、演技だけでなく、映画作りの才能も世に示したかたちとなりました。本作のあと、彼は監督業も手がけるようになり、次々とヒット作を世に送り出しています。ったく、「マルチ」という言葉がぴったり。役者・脚本家・監督・プロデューサー。何でもできちゃう。ただ、ティル・シュヴァイガーの作品って日本ではあまりDVD化されていないのが残念。セリフも非常に凝っていて面白い作品が多いのですが、オリジナルのドイツ語から他言語に訳すと面白さや持ち味が半減してしまうケースが多いような気がします。だからかしら。残念!

 脚本家は当時無名だった新人。いつか脚本家になりたいと思いつつ、タクシーのドライバーをしていたと本人がインタビューで打ち明けています。ある日、書店で偶然ティル・シュヴァイガーを見つけ、話しかけた上で脚本を彼に送り付けたとか。それを見たティルは「いける!」と思ったのか、すぐに映画化に向けて行動開始。それが大当たりとなったそうです。主演2人の演技はもちろんですが(ヤン・ヨーゼフ・リーファースは日本では無名ですが、ドイツではあちこちで見かける演技派の俳優さんです)ギャング2人の演技もコミカルで楽しい。ティエリー・ファン・ヴェルフェーケはルクセンブルクの俳優ですが、惜しくも昨年亡くなりました…。ちょっとマヌケなギャング、アブドゥル役のモーリッツ・ブライプトロイは、この頃から存在感ありまくり。この人も、どんな役でもこなせる役者さんですね。「海を見ておかないと、天国で笑われる」という発想もツボ。日本のように海に囲まれているわけではないので、北に行かない限り海は見られないですよね。

<おまけ>
 最後の最後に、不思議なおじさんが出てきます。これは今年の1月に急逝した名プロデューサー&名脚本家、ベルント・アイヒンガー。この作品のためにカメオ出演したのでした。「薔薇の名前」「ネバーエンディングストーリー」「ヒトラー 最期の12日間」「パフューム ある人殺しの物語」などを手掛けた、ドイツではとってもとっても有名でビッグな人でした。

 もし、もおぉぉぉ~し、ご覧になったことがなかったら、是非是非見てみてくださいねー。(って、ワタシが作ったんじゃないのですが…^^;)

☆主題歌(本編のシーンが見られます)



 
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2011/09/25(Sun)

グッバイ、レーニン!

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『グッバイ、レーニン!」(原題:Good Bye, Lenin!)2003年
Wolfgang Becker (ヴォルフガング・ベッカー) 監督
Daniel Bruehl (ダニエル・ブリュール) アレックス
Katrin Sass (カトリン・ザス) 母
Maria Simon (マリア・ジーモン) アリアーネ
Tschulpan Chamotowa (チュルパン・ハマートヴァ)
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) デニス
Burghart Klaussner (ブルクハルト・クラウスナー)父

 1989年10月、東ベルリン。DDR(ドイツ民主共和国、東ドイツ)に住むアレックスの母はガチガチの共産主義者。理想的な国家を目指して日々努力する、理想的な「東ドイツの母」です。一方、アレックスは母とは反対の立場。DDR建国40周年の記念行事が催される当日も、アレックスは民主化を求めるデモに参加していました。その彼の目の前で母が倒れます。心筋梗塞でした。

 倒れたその日から、母はこんこんと眠り続けます。母が意識を失っている間に東ドイツの状況は激変。ベルリンの壁が崩壊し、国境が開かれ、世の中の流れは一気に東西統一へ。アレックスも生まれて初めて西側の地を踏みました。姉アリアーネはさっさと大学を辞め、ハンバーガーチェーンで働くことになります。衛星テレビを取りつける会社に勤めたアレックスは、ワールドカップという特需の恩恵を受け、忙しい日々を過ごします。ソ連から来ていた看護師のララとも親密な仲に。そんな中、母が8か月もの眠りから覚め、意識を取り戻しました。しかし心筋梗塞を患った母にショックは禁物。愛する祖国がなくなりかけていることを知ったら命取りになりかねません。アレックスは、壁の崩壊という歴史的事実を隠し、何もなかったかのような生活を装うことに決めます。

 壁の崩壊を隠すこと ― それは、急速に西側化していく東ドイツの実情を隠すことでした。ものすごい勢いで失われていく旧東ドイツの“遺品”をかき集め、歴史の流れに逆行しようと涙ぐましい努力を払うアレックス。資本主義の象徴たるモノであふれかえる世間から隔離された自宅の部屋の中だけは、以前と変わらない東ドイツが存在するのでした。そんなアレックスの献身的な看病が功を奏し、母も一時は小康状態を保ちます。しかしその後、容体が悪化。西側へ行ったまま戻らなかった父に会いたがるのでした…

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 あまりにも有名な作品なので、今さらワタシがご紹介するのも気が引けちゃいますです。壁の崩壊と東西統一を面白おかしく描いた作品ですが、ドイツ以外の国でも広く支持されました。久しぶりにDVDを見ましたが、愉快で楽しい作品のはずなのに、なぜか一抹の寂しさがつきまとう。外国人である私にも、なぜか「オスタルギー(ノスタルジーと“東(オスト)”の造語)」が感じられるのです。共産圏特有の「トンデモ」な面を揶揄しつつ、そんな中でも理想を追い求めて頑張って生きてきた人たちに対して敬意を払うことを忘れていないからでしょうか。

 具体的に観ていくと、旧東ドイツを知る人にとっては「そう、それそれ!懐かしい~(感涙)」と言いたくなるブツのオンパレード。ピクルス、モカフィックス・ゴールドなるコーヒー、当時どこにでも掛けてあったホーネッカー書記長の写真、ウソを垂れ流した Aktuelle Kamera という番組…。華やかな西側の商品に比べると、はるかに地味で購買意欲をそそらない共産圏の商品は通貨統合と共にあっという間に姿を消しました。そういったモノが手に入るのは、のみの市だけ。誰もが西のモノを追い求めていた中、1人で東のモノを探しまくるアレックスの姿が何とも皮肉に映ります。衛兵交代の後ろをコカコーラのトラックが通るシーンが資本主義の勝利を象徴しています。歴史の中では、確かに東ドイツは消滅し、資本主義の西ドイツが併合した形になったけれど、息子が母を想う気持ちに東西の差はない。祖国を愛し、昔日の思い出を懐かしむ気持ちにも東西は関係ない。モノがなくても、共産党一党独裁の体制が矛盾だらけでも、経済が行き詰っていても、人の気持ちに違いはない。そんな、普遍的で人間的な“愛”にあふれた作品です。決して西側の「勝ち組的上から目線」ではないのです。だからこそ、旧東ドイツの人たちからも支持されたのでしょう。
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予告編 その1


予告編 その2




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2011/09/21(Wed)

善き人のためのソナタ

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『善き人のためのソナタ』(原題:Das Leben der Anderen)2006年
Florian Henckel von Donnersmarck (フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)監督、脚本
Ulrich Mühe (ウルリッヒ・ミューエ)ヴィースラー大尉
Sebastian Koch (ゼバスティアン・コッホ)ゲオルク・ドライマン
Martina Gedeck (マルティナ・ゲデック)クリスタ=マリア・ジーラント
Ulrich Tukur (ウルリッヒ・トゥクル)グルービッツ
Herbert Knaup (ヘルベルト・クナウプ)ヘッセンシュタイン

<簡単なあらすじ>
 1984年、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。ヴィースラー大尉は国家保安省(シュタージ)の有能な諜報員で、反体制派の人物に対して厳しい取り調べを行っています。そんなヴィースラーに、劇作家ドライマンと恋人で女優のクリスタ=マリアを監視せよとの命令が下されます。反体制の証拠を見つけるべく、ヴィースラーは作戦を開始。彼らの家に盗聴器を仕掛け、24時間体制で一部始終を記録するのでした。

 そんな中、劇作家ドライマンは、反体制の烙印を押されて活動禁止処分となった演出家イェルスカを何とか元気づけようと努めます。そのイェルスカがドライマンの誕生日に贈った楽譜には「善き人のためのソナタ」とのタイトルが書かれていました。盗聴器を通してその調べを聴いたヴィースラーは強く心を動かされます。そして彼らの思想、彼らの活動に少しずつ共感していくのでした。

 しかし生きる希望を失ったイェルスカは自らの命を断ちます。彼を死に追いやった当局に怒りを覚えたドライマンは、驚くべき手に出ます。西ドイツの雑誌記者に接触し、東ドイツで自殺者が多数出ていることを告発する記事を書き、それを西側で発表したのです。盗聴と監視により、すべてを知るヴィースラーでしたが、なんと2人をかばいます。どうしても証拠を上げたい当局は、あらゆる手を使ってゆさぶりをかけてきます。

 そして壁の崩壊。シュタージの資料を調べ、自分が監視されていたことを知って愕然とするドライマン。さらに、自分をかばってくれた諜報員の存在に気づきます。彼は彼なりの方法で、感謝の気持ちを伝えるのでした…

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 あまりにも有名な作品なので、今さら私がご紹介するのもなんだか申し訳ない気がします。本作で主人公ヴィースラー大尉を演じたのは、故ウルリッヒ・ミューエ。この作品に出演した数年後にガンで他界しています。旧東ドイツ出身のミューエ氏は、自らもシュタージに監視された過去を持ちます。妻がIM(非公式協力者)として夫であるミューエ氏を当局に密告していたと言われているのです。そんなミューエ氏による真摯な演技はとても迫真的で胸に迫ります。また、フォン・ドナースマルク監督が4年の歳月をかけて調べ上げたという、シュタージの手口が非常にリアル。見ていると背筋が寒くなります。(ただし、徹底的な訓練を受けたエリート諜報員が“変節”することは当時ありえなかった、この映画はシュタージの罪をむしろ矮小化しているとの批判もあるそうです。実際は本作よりもっと厳しかったということでしょうか。批判はあるにせよ、それまで外にはあまり知られなかった秘密警察「シュタージ」がクローズアップされ、その実態が明らかにされたという点で評価されているとのことです。)

 フォン・ドナースマルク監督は、名門ミュンヘンテレビ映画大学の卒業生。この作品は監督の卒業制作でした。低予算でしたが、その脚本の内容や完成度に驚いた俳優やスタッフが、通常のギャラの半分以下で撮影を快諾したため、制作が実現したと言われます。本作はドイツ国内の映画賞を総なめ。そして翌年、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。

<おまけ>
ミュンヘンテレビ映画大学とは:1967年、ミュンヘンに設立された名門大学。多くの映画人を輩出していることで知られます。卒業生の中には、ヴィム・ヴェンダース監督、ローランド・エメリッヒ監督、ウリ・エデル監督、ドリス・デリエ監督、カロリーネ・リンク監督、名プロデューサーのベルント・アイヒンガーなどなど、そうそうたる顔ぶれが見られます。第二次大戦後、ドイツ映画界は衰退の一途をたどります。優秀なユダヤ系の人材はナチの弾圧から逃れてアメリカへ。ナチお抱えの映画人は戦後は映画界から追放されています。「黄金の20年代」とも呼ばれた、かつての華やかさ・重厚さは失われ、制作されるのはテレビ放映用の映画ばかり。そんなドイツ映画界に危機感を抱いた若き映画人たちがオーバーハウゼンにて「ドイツ映画は死んだ」との声明を発表したのが1962年。その後、ベルリンやミュンヘンにこうした養成機関が設立され、少しずつドイツ映画はかつての勢いを取り戻しつつあったと言われます。

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2011/09/16(Fri)

ヴィーナス11(イレブン) 彼女がサッカーを嫌いな理由

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『ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由(わけ)』(原題:FC Venus - Elf Paare müsst ihr sein)2006年
Ute Wieland (ウテ・ヴィーラント) 監督
Christian Ulmen (クリスティアン・ウルメン)パウル・ブルーン
Nora Tschirner (ノーラ・チルナー)アンナ
Anneke Kim Sarnau (アンネケ・キム・ザルナウ)キム・ヴァーグナー
Florian Lukas (フローリアン・ルーカス) シュテフェン・ハーゲン
Andreas Pietschmann (アンドレアス・ピーチュマン) マーク・リッター

<簡単なあらすじ>
 サッカーが命のパウルは、親友シュテフェンの頼みでベルリンを離れ、生まれ故郷に戻ります。パートナーのアンナも仕事を辞め、パウルについて行きます。アンナは転職のための引っ越しだと思い込んでいたのですが、本当の理由は別のところにありました。故郷のサッカーチームのメンバーが負傷し、助っ人に呼ばれたのでした。ところがアンナは大のサッカー嫌い。それをよく知るパウルは、とても理由を言い出せなかったのです。引っ越し後に本当の理由を知ったアンナは激怒。同じく、パートナーのサッカー好きに嫌気がさしていた妻や恋人たちが意気投合し、夫に賭けを持ちかけます。「サッカー対決を行い、女性チームが勝てば、サッカーを禁止する。男性チームが勝てばサッカー解禁。ただし女性チームのメンバーは、男性チームのメンバーと関係を持った者とする。」これが賭けの内容でした。サッカーをしたこともない女性に負けるはずがないと考えたパウルたちは、賭けを快諾します。

 パートナーにサッカーを禁止すべく、女性たちはサッカーの練習を始めます。アンナはU15の代表選手だった過去をカミングアウト。このことはパウルも知りません。有名なサッカー監督だった父に反発し、サッカーをやめてしまったのでした。しかしアンナ以外の女性たちはみんな素人。とても試合になりません。考えた末、アンナは知り合いの女子サッカー選手に助っ人を頼みます。ネックなのは「男子選手と関係があった女性をチームのメンバーとする」という賭けの条件。それをクリアするため、彼女たちは驚くべき手段に出ます。さらにゲイのメンバーも合流。いよいよ試合が始まりました…

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なでしこフィーバーに便乗してご紹介しちゃいます。すっごく楽しい映画です。フィンランド映画をリメイクした作品で、三度のメシよりもサッカーが好きという男たちにウンザリしていた女性が立ち上がるという痛快なストーリー。随所にぷぷっと笑える演出があって楽しめます。ヒロインのノーラ・チルナーはティル・シュヴァイガーのラブコメ常連ですが、こういったコメディがよく似合う女優さんです。女性も男性もキャラ揃い。主役のクリスティアン・ウルメンはお人好しでちょっとヌケてるキャラがぴったり。親友役のフローリアン・ルーカスもいい味出しています。イケメン俳優アンドレアス・ピーチュマンがなんとオカマ役。くねくねしているのに、ひとたびサッカーボールを蹴り始めると別人のようになるのが素敵。DVDのジャケットは何となくチャチな印象を受けますが、とんでもない。しっかり作ってある楽しい作品です。ちょっぴり下ネタも入っていますが、なぜか下品じゃない。オススメです。





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2011/09/15(Thu)

Freiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft(ドイツにおける映画のレイティング)

 日本で公開される映画作品は映倫による審査を受けますが、ドイツでも似たようなレイティングシステムが存在します。それがFSK。FSKとはナンジャラホイ?

→ Freiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft:ドイツにおける映画産業の自主規制組織。ズバリ、ドイツの映倫。青少年に有害と思われる内容を審査し、レイティングするのがその仕事で、審査規定は JuschG (Jugendschutzgesetz、青少年保護法)に準拠したもの。

組織:映画やテレビ、ビデオなどの映像産業の16団体で構成される上部団体 SPIO (die Spitzenorganisation der Filmwirtschaft e.V.) の100%子会社で、GmbH(有限会社)の形態を取っています。主な収入源は審査料。

歴史:第二次大戦後、ドイツ映画界は占領軍の支配下にあり、厳しい検閲が行われていました。アメリカ軍占領地域で検閲を行った人物は、敏腕プロデューサーとして知られたエーリヒ・ポマー。ユダヤ系であったため、ドイツからアメリカへ移住してハリウッドで活躍していましたが、アメリカ軍にその手腕を買われて戦後のドイツに呼び戻されたのです。その後、連合軍の要求により新しく検閲制度を整えることになりました。そこでドイツ映画界をよく知るポマーに白羽の矢が立ち、1949年6月に検閲機関FSKが誕生するに至りました。その後、1970年までは、このFSKが検閲を行った作品しか上映を許されなかったそうです。なお、初めてこの組織の審査を受けた映画は、戦時中に制作されたものの、ナチ政権からNGを出された作品だとか。しかし戦後、連合軍側(ソ連を除く)からOKが出、設立間もないFSK が初めて審査することになったそうです。1949年のことでした。

審査を行うメンバー:190名を超える担当者が審査に当たるとのこと。映像産業の従事者以外にもジャーナリストや教師、心理学者、学生、主婦など様々な分野の人々で構成され、その任期は3年。

レイティング:主に次のように分けられます。

●freigegeben ohne Altersbeschränkung:年齢制限なし
●freigegeben ab 6 Jahren:6歳からOK
●freigegeben ab 12 Jahren:12歳からOK
●PG (Parental Guidance):「freigegeben ab 12 jahren(12歳から)」と書かれている場合でも、PG の条件つきなら、保護者同伴で 6歳~の子供も見ることができる。
●freigegeben ab 16 Jahren:16歳からOK
●keine Jugendfreigabe :以前は「nicht freigegeben unter 18 Jahren(18禁)」と表示されたそうですが、2003年4月以降は、「未成年入場禁止」という表示に変わったとのこと。』

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2011/09/03(Sat)

クララ・シューマン 愛の協奏曲

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『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(原題:Geliebte Clara)2008年
Helma Sanders-Brahms (ヘルマ・サンダース=ブラームス) 監督
Martina Gedeck (マルティナ・ゲデック) クララ・シューマン
Pascal Greggory (パスカル・グレゴリー) ロベルト・シューマン
Malik Zidi (マリック・ジディ) ヨハネス・ブラームス

 ピアニストのクララ・シューマンと作曲家のロベルト・シューマンはコンサート・ツアーのためにヨーロッパ各地を飛び回る日々を送っていました。ハンブルクでのコンサートで、夫妻は不遜な青年と知り合います。無名のピアニスト、ヨハネス・ブラームスでした。その奔放な態度に興味を持ったクララは夫を連れて場末の酒場を訪れます。そこで彼が奏でるピアノに、彼女はたちまち引き込まれるのでした。

 その後、夫妻はデュッセルドルフに落ち着きます。ロベルトがデュッセルドルフのオーケストラの音楽監督に招かれたからでした。ライン地方の明るい日差しを浴び、ツアーで心身ともに疲れ果てていたロベルトも元気を回復。交響曲「ライン」を書き上げます。そんな夫妻の前に再びブラームスが現れました。彼が贈ったソナタを弾いたクララは、その才能に衝撃を受けます。それはロベルトも同じでした。そのままブラームスは夫妻の家に住むこととなります。

 音楽監督の仕事と作曲に精を出すロベルト。ところが彼は楽団員とそりが合わず、うまく指揮ができません。クララは幼い子供たちの世話に追われつつ、夫を支えるのでした。しかしロベルトは次第に精神のバランスを崩し、薬物に溺れるようになります。一方、才能が認められたブラームスは脚光を浴びるようになりました。

 ロベルトの症状は改善せず、とうとうライン川に身を投げてしまいます。漁師に引き上げられ、一命を取り留めたロベルトでしたが、もはや限界でした。とうとう精神病院に入院することとなりました。献身的に尽くしてきたクララをブラームスが支えますが…。

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結婚を認めない父に対して裁判まで起こし、ようやく一緒になれたクララとロベルトでしたが(詳しいいきさつは、『哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~』を是非ご覧ください★)、その生活は順風満帆とはいかなかったようです。「Wunderkind(奇跡の子供)」とまで呼ばれた名演奏家のクララでしたが、結婚後は子供や夫の世話に追われ、ピアノの練習もままならなかった模様。夫はオーケストラの楽団員と合わず、引きこもりがち。さぞかし大変な思いをしたと思われます。

 それにしても、ロベルト・シューマンとヨハネス・ブラームスという2人の大音楽家から愛されるクララって、やはり魅力的だったのでしょう。ロベルトも妻とヨハネスの関係を疑いつつ、一方でヨハネスの才能を絶賛していた模様。また、ヨハネスもロベルトを心から尊敬していたようです。この3人の奇妙な関係は、凡人にはとうてい理解できないけれど、こんな三角関係も各自が天才だからこそ成り立ったのかもしれません。本作は史実どおりというわけではなく、フィクションもかなり織り交ぜてあるそうです。ロベルト・シューマンをこよなく愛する人にとっては不満かもしれません。本作でのロベルトは、かなりトホホな状態ですから。本作の監督は女性だということもあり、2人の男性に挟まれて悩むクララ、母・妻・ピアニストという役割の中で悩むクララを描きたかったようです。

 ところえクララを演じたマルティナ・ゲデックは、役作りのためにヒマを見つけてはピアノを弾いていたそうです。余談ですが、ラインから引き上げられたロベルトの体がマッチョでびっくり。この俳優さん(フランスでは有名な方だそうです)、相当鍛えてます。カッチカチやぞ~(古っ)。

<おまけ>
若きブラームスがクララに捧げたピアノソナタ第2番。とても情熱的で、愛を感じます…。


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2011/08/30(Tue)

都会のアリス

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『都会のアリス』(原題:Alice in den Städten)、1973年
Wim Wenders (ヴィム・ヴェンダース) 監督
Veith von Fürstenberg (ファイト・フォン・フュルステンベルク)、ヴィム・ヴェンダース 脚本
Rüdiger Vogler (リューディガー・フォーグラー) フィリップ・ヴィンタース
Yella Rottländer (イェラ・ロットレンダー) アリス・ファン・ダム
Lisa Kreuzer (リザ・クロイツァー) アリスの母

 ジャーナリストのフィリップ・ヴィンターは、旅行記を執筆するためにアメリカを旅行中。ところが、広大なアメリカはどこを見ても同じに見え、個性が見いだせない。モーテルで見るテレビ番組も空しいだけ。ポラロイドカメラの写真だけが増えていき、肝心の旅行記はどうしても筆が進みません。その結果現地のエージェントの怒りを買い、フィリップはドイツへ戻ることになります。ところがドイツの空港はストライキ中。仕方なく、翌日のアムステルダム行きに乗って帰国することに。そんな折、同じくドイツへ帰国しようとしていた母娘と出会います。母は娘をフィリップに託したまま、姿を消してしまいました。途方に暮れるフィリップ。9歳の少女アリスと2人でアムステルダムへ戻ります。アリスに振り回されるフィリップでしたが、いつしか彼の心の中に変化が芽生えます。それまではどちらかというと投げやりで、生きる意味を見失っていたようなフィリップが、アリスに情を動かされたのです。面倒なことは嫌いだったはずなのに、この少女を見捨てておけなくなるのでした。2人は車を借り、アリスの記憶を頼りに祖母宅を探しに出かけます…。

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 ヴィム・ヴェンダース監督によるロードムービー3部作のうちの1作目。ウィキペディアによると、『即興撮影を用いたヌーヴェルヴァーグ風であり、随所に監督がファンだと言う小津安二郎へのリスペクトが感じられる』んだそうです。ほにゃく犬個人の感想で大変恐縮ですが、それまでどちらかというとニュージャーマンシネマ系の映画は敬遠しておりました。が、この作品はとっても分かりやすかったです。アメリカに対する羨望と失望。傷心のままアムステルダムに降り立つと、そこがまた彼にとっては異質の町。大都会って、そこに溶け込む人にとっては刺激的で魅力のある空間だけど、どうしても溶け込めない人間からすると、とっても冷たくて無機的。モノクロの映像が、彼の空しい気持ちを如実に物語っているよう。また、ルール地方を車でドライブするシーンが映りますが、工業地帯特有のもの悲しさがあるのです。何となく「かつて繁栄した」感が漂い、寂しげで独特の雰囲気。母から見捨てられかけ、心細く思う少女の心情と重なります。

 モノクロだけあって、全体的に無力感とか、寂寥感みたいなのが漂います。そんな中で、“身を置く場所がない”男と少女には共通する何かがあります。言葉で表すのは難しいのですが、2人の間に少しずつ信頼関係とか、共通意識みたいなものが芽生えてくるのが感じられました。アリス役の少女が好演。こちらのサイトの解説がとっても分かりやすくてよかったです → コチラ 良作だと思います。お薦めいたします。

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2011/08/27(Sat)

哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~

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『哀愁のトロイメライ ~クララ・シューマン物語~ (原題:Frühlingssinfonie)、1983年
Peter Schamoni (ペーター・シャモニ) 監督
Nastassja Kinski (ナスターシャ・キンスキー) クララ・ヴィーク
Rolf Hoppe (ロルフ・ホッペ) 父ヴィーク
Herbert Grönemeyer (ヘルベルト・グレーネマイヤー) ロベルト・シューマン

 娘クララ・ヴィークの才能を見抜いたピアノ教師の父は、幼い頃から英才教育を施します。クララも父の期待に応え、数々の演奏旅行で成功を収めてきました。そんなピアノ教師ヴィークの下には、多くの生徒が集まります。若きロベルト・シューマンもその一人でした。彼は20歳、そしてクララは11歳の少女でした。ヴィーク氏の生徒となったロベルトは熱心に練習に打ち込みますが、練習しすぎがたたって指を故障してしまいます。ピアニストとしての道を絶たれたロベルトは、作曲家の道へ進もうと決めます。そしていつしか2人は愛し合うようになります。

 しかしロベルトは、まだ作曲家として世に認められてはいません。そんなロベルトと愛娘が親しくするのが許せない父親は、2人を引き離そうと画策。クララをドレスデンへ行かせます。後を追うロベルト。しかし、2人が一緒になることを父ヴィークは許そうとしません。とうとう2人は結婚の許可を得るために、裁判を起こすのでした…。

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 本作は冷戦のさなかに製作された、初めての東西ドイツによる合作です。史実に合わせ、ロケは当時の東ドイツにあったライプチヒとドレスデンで行われました。また、父ヴィークを演じたのは東ドイツの俳優です。ロベルト・シューマン役は「U・ボート」で成功を収めた俳優ヘルベルト・グレーネマイヤー。しかし彼はこの作品以降は大きな作品には出演せず、音楽の道に進んで現在に至ります。成人してからのクララを演じたのはナスターシャ・キンスキー。撮影当時は21歳で、めちゃくちゃキレイです。

 本作は当時の歴史を忠実に描くことを目的に製作されたそうで、衣装、髪型、楽器、調度品など、どれも忠実に再現されています。古い町並みが時代を感じさせ、とっても素敵。父は娘クララを手塩にかけて育てますが、ロベルトと恋に落ちたクララは父から離れていきます。ひたむきにロベルトを愛するクララ。一方、ロベルトは女癖が悪く、ロベルト一筋のクララをやきもきさせます。天才少女として小さい頃から注目され、名声と父の愛に包まれて何不自由なく暮らしてきたクララは、ロベルトとの愛を成就させるものの、その後の苦労を暗示するような雰囲気が画面から伝わってきます。この作品で、ナスターシャ・キンスキーは「連邦映画賞主演女優賞」を受賞。なお、連邦映画賞は、現在のドイツ映画賞の前身です。音楽がお好きな方は必見。クララやロベルト・シューマンのほかに、メンデルスゾーンも登場します。

 監督はペーター・シャモニ。1962年に若手映画監督たちが発表した「オーバーハウゼン宣言」の中に名を連ねています。この宣言は、「古い映画は死んだ。我々は新しい映画を信じる」といった内容で、後に「ニュージャーマンシネマ」と呼ばれる新しい潮流を生み出したことで知られています。

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(↑ この写真だと、まるでダルビッシュ投手みたいに見えますが、映画の中のクララはもっと可憐です^^;)



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2011/08/22(Mon)

ベルリン陥落1945

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『ベルリン陥落1945』(原題:Anonyma)2008年
Max Färberböck (マックス・フェルバーベック)監督、脚本
Mrta Hillers (マルタ・ヒラーズ)
Nina Hoss (ニーナ・ホス)匿名の女性
Jewgeni Sidichin(エフゲーニ・シディチン)赤軍将校アンドレイ
Irm Hermann (イルム・ヘルマン)老婦人
Juliane Köhler (ユリアーネ・ケーラー)エルケ
August Diehl (アウグスト・ディール)ゲルト

主人公の女性はフランスやロシアでジャーナリストとして働いていましたが、ドイツの運命を自分の目で確かめるため、敗戦の色が濃い祖国ドイツの首都に戻ってきました。ベルリンは連日の空爆で壊滅状態。主人公は近隣の人たちと防空壕に避難する毎日を送っています。やがて赤軍がベルリンに侵攻、荒くれ兵士がなだれ込んで来ます。そして怖れていたことが起きました。幼い子供から老女まで、女性という女性が赤軍兵士に繰り返し暴行されたのです。

 主人公の女性も例外ではありませんでした。複数の兵士から暴行される屈辱だけは何とか避けようと考えた彼女は将校の愛人になろうと決めます。愛人となった将校はインテリで紳士的な男性で、彼女に食料も融通してくれるようになりました。

 そして敗戦。戦場から男たちが少しずつ戻ってきます。しかし生きる気力を失い、自らの命を絶つ男性もいました。主人公の夫も戻ってきます。ところが妻の日記を読んだ夫は妻を責め、去っていくのでした…。

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この作品は、ある女性ジャーナリストの手記をもとに作られたものです。

『ベルリン終戦日記 ある女性の記録』
アントニー・ビーヴァー序文
山本浩司 訳
白水社

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 ベルリンで被害に遭った女性は10万人とも言われており、その後自殺した女性も多数いるそうです。この女性は戦後、自分の経験を記した手記を出版しました。ところがこの勇気ある告白が「ドイツ女性の恥」とされて激しく非難されてしまいます。著者は深く深く傷つき、それ以降は名前を隠すようになりました。原題の「Anonyma(=匿名の女性)」はそこから来ています。我が身を守るために苦肉の策として愛人となったことが、「恥」と受け止められたとのこと。そうせざるをえなかった苦しみというのは、経験した人にしか分からないのかもしれません。平和な世の中に生きる私たちには想像もできないほどの苦しみだったのだと思います。

 日本では「ベルリン陥落1945」というタイトルでDVDが出ています。ジャケットは限りなく「ドンパチ系」に見えますが、内容はもっとシリアス。美人女優ニーナ・ホスが体当たりの演技を披露しています。ベルリンで再会する友人は、「ヒトラー最期の12日間」や「名もなきアフリカの地で」のユリアーネ・ケーラー。主人公の夫は「青い棘」や「ヒトラーの贋札」などに出演したアウグスト・ディールが演じています。ドイツは長らく、自国の戦争被害を描くことをタブー視してきましたが、ここ数年になって少しずつ映画化するようになったようです。

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2011/08/21(Sun)

嘆きの天使

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『嘆きの天使』(原題:Der Blaue Engel)1930年
Joseph von Sternberg (ジョセフ・フォン・スタンバーグ)監督
Heinrich Mann(ハインリヒ・マン)原作
Marlene Dietrich (マレーネ・ディートリヒ)ローラローラ役
Emil Jannings (エミール・ヤニングス)ラート教授

<簡単なあらすじ>
 ラート教授はギムナジウムで英語を教える非常に厳格な先生。博士の肩書きも持つ教養ある人物で、反抗期の生徒たちを厳しく指導していました。しかし家にはお手伝いさんだけ。毎朝、さえずりを楽しみにしていた小鳥も死んでしまい、わびしい生活を送っています。

 そんなある日、生徒たちが盛り場に出入りしていることを知り、取り締まりに乗り込みます。そこは場末のキャバレー「嘆きの天使」。旅芸人の一座が芸を披露していました。場末特有の退廃的な雰囲気に嫌悪感を抱く教授でしたが、そこで美しい足を惜しげもなく披露しながら歌う娘に心を奪われます。一座の看板娘、ローラローラでした。厳格だった教授はすっかり魅せられ、ローラローラ目当てに通うようになります。盛り場の女性と付き合っていることが校長に知れ、ラート教授は職を失います。次の興業を行う町へ移動するその日、教授はローラローラに求婚するのでした。ローラローラも結婚を受け入れ、2人は結ばれます。ギムナジウムの教授という、誰からも尊敬される職業を失っても教授は幸せでした。愛するローラローラと一緒にいられるのですから。

 蓄えの尽きた教授はローラローラの一座とともに各地を巡業して回ります。ローラローラの歌が終わるとブロマイドを客に売るのが彼の仕事でしたが、プライドが邪魔をして稼ぐことができません。そんな教授も舞台に立つことになりました。かつて教授として教えていた町で興業することになったのです。昔の教え子や同僚の前で道化の芸を披露をするのは屈辱でした。道化師の衣装に身を包んだ教授がふと舞台裏に目をやると、妻のローラローラは別の男に言い寄られています。舞台では頭で生卵を割られ、鶏の鳴き真似を強要される…。誇り高き教授は屈辱にまみれ、自暴自棄になって暴れるのでした…

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 それまで無名だったマレーネ・ディートリヒが、これで一気にスターダムにのし上がったことで知られる有名な作品。ネットで立派な解説がいろいろ読めますので、今さら私が何かを書いたところで、申し訳ないばかりなのですが…。若くて無邪気なローラローラに一目惚れし、すべてを捨ててでも一緒になろうとする教授が哀しい。老いらくの恋は激しいんですよね。「教授+博士」とうダブルの肩書きは、ドイツでは水戸黄門の印籠。誰もが「はは~」っとなっちゃうくらい、権威があるものだと思います。でも、そんな肩書きも場末で陽気に歌う若い娘には通用しない。「それが?」といった反応に、教授はある種の新鮮さを感じたのではないでしょうか。若くてはつらつとしていて したたかで、小悪魔的な魅力があって。それまで大切に守ってきたものを教授に捨てさせるのに十分な魅力だったのでしょう。それがいつしか娘の下僕のようになり、ひざまずいてストッキングをはかせるほど落ちぶれてしまいます。誇り高き教授も肩書きや職を失うと、こうも惨めなのか。カレンダーが映るシーンがありますが、時は1929年。世界恐慌の時代ですよね。町は失業者であふれ、その日のパンを稼ぐだけでも大変な時代。ラート教授のような運命をたどった紳士も多かったのかも。

 この作品の監督はドイツ系ユダヤ人ジョセフ・フォン・スタンバーグ。幼い頃にアメリカにわたりましたが、ドイツに戻ってこの作品を撮っています。無名だったマレーネ・ディートリッヒを発掘して主役に抜擢した話は有名です。原作はハインリッヒ・マンの「Professor Unrat」。教授の名は「Rath(ラート)」でしたが、生徒たちが頭に「un」をつけて、「Unrat(ウンラート)」と呼んでいたことに由来します。Unrat とは「汚物、クズ、排泄物」という意味。原語で考えると哀しいです。そのあだ名のとおり、悲惨な最期を遂げます。自身が教鞭を執っていた高校の教室に遺体が転がっていたのですから…。

 ご参考までに、ある映画評を引用いたしますね。個人的には、うがった見方のように思えるのですが…:
『高校教師という職業が、ドイツでは一つの権威を象徴し、女との生活に託した自由への脱出が、結局主人公を自滅させる――と見るのはクラカウアーである。映画の成功は、ディートリッヒという新しい性の魅力をめぐるマゾ的な共感によるものにほかならない。とすれば、この自虐性こそ、高校教師に代表されるドイツ中産階級の立場――やがてヒトラーに屈服する彼等の未来を予言していると言えるのである』(以上、キネマ旬報社「世界の映画作家34ドイツ・北欧・ポーランド映画史」より引用いたしました)

(あり注:クラカウアーとは、「カリガリからヒトラーまで」の著者である学者ジークフリート・クラカウアーのことです)

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2011/08/19(Fri)

ハイジャック181

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『ハイジャック181』(原題:Mogadischu)、2008年
Roland Suso Richter (ローラント・ズゾ・リヒター)監督
Thomas Kretschmann (トーマス・クレッチマン)ユルゲン・シューマン機長役
Nadja Uhl (ナディヤ・ウール)客室乗務員ガービ役
Said Taghmaoui (サイド・タグマオウィ)マフムート役
Herbert Knaup (ヘルベルト・クナウプ)GSG9隊長ヴェーゲナー役
Christian Berkel (クリスティアン・ベルケル)シュミット首相役

<簡単なあらすじ>
 時は1977年。ドイツではRAF(ドイツ赤軍派)によるテロの嵐が吹き荒れていました。政治家や企業家が誘拐や暗殺の憂き目に遭い、爆破事件も頻発。経済界の重鎮マルティン・シュライヤーもRAFのメンバーに誘拐された1人でした。彼らの目的は、刑務所で服役中の仲間を釈放させることでした。しかし政府はテロリストとの交渉を拒み、釈放に応じようとしません。業を煮やしたRAFは共闘関係にあったパレスチナゲリラに接近。政府にさらなる圧力をかけるため、ルフトハンザ「ランツフート号」のハイジャックという手段に出ます。

 スペインのマヨルカ島からドイツへ戻るはずだった「ランツフート号」の機長はユルゲン・シューマン。彼はあくまでも冷静に対応し、4人組のハイジャック犯をできるだけ刺激しないように努めます。機長は犯人が命じるまま、ローマ、キプロス、ドバイ、南イエメンへと飛ぶのでした。

 乗客を救いたい機長は犯人に隠れて無線でこっそり犯人の人数をドイツに伝えます。ところがその情報が現地のラジオに流され、犯人の耳に入ります。態度を硬化させた犯人は機長を射殺。「ランツフート号」は副機長の操縦でソマリアのモガディシュへ。そして再三、要求を受け入れなければ機体を爆破させるとドイツ政府に迫ります。

 時の首相シュミットはテロリストとの交渉を一切拒否。その上で、特殊部隊GSG9に突入の機会をうかがわせていました1972年のミュンヘンオリンピックで起きたテロ事件の苦い教訓から結成された精鋭部隊です。刻々と期限が迫る中、人質の救出作戦が始まりました…。

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日本語版DVDのパッケージはアクションドラマのようですが、本作はむしろ歴史ドラマ。事件を忠実に再現した作品です。テレビ映画とは言え、緊迫する機内の様子やGSG9の突入シーンはとてもリアル。日本ではそれほど知られていないRAF(ドイツ赤軍派)ですが、60~70年代にドイツ国民を震撼させたと言われています。「バーダー・マインホフ 理想の果てに」と合わせてご覧になるといいかも♪

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2011/08/19(Fri)

バーダー・マインホフ 理想の果てに

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『バーダー・マインホフ 理想の果てに』(原題:Der Baader Meinhof Komplex)、2008年
Uli Edel(ウリ・エーデル)監督
Bernd Eichinger(ベルント・アイヒンガー)脚本
Moritz Bleibtreu(モーリッツ・ブライプトロイ)アンドレアス・バーダー役
Martina Gedeck(マルティナ・ゲデック)ウルリケ・マインホフ役
Johanna Wokalek(ヨハンナ・ヴォカレク)グードゥルン・エンスリン役
Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ)ホルスト・ヘロルト連邦刑事庁長官役

(公開当時、拙ブログに書いた感想を少し直して転載いたしました)

<簡単なあらすじ>
 時は1967年。イランのパーレビ国王のベルリン訪問に反対する若者たちがベルリンでデモを起こします。そこで悲劇が起きました。学生が警官に撃たれたのです(この警官が実は東ドイツ秘密警察の密偵だったことが最近になって判明します)。これをきっかけにデモは過激になります。折りしもベトナム戦争が泥沼化し、反米感情も高まっていたころ。のちにドイツ赤軍派(RAF)の初期メンバーとなるアンドレアス・バーダーがベトナム戦争に抗議し、仲間とともに百貨店に放火。そしてその後、逮捕されます。一方、ジャーナリストだったウルリケ・マインホフも左傾化し、激しい論調の手記を雑誌に投稿するようになります。

 やがてバーダーは仲間の手引きにより脱獄。そしてウルリケ・マインホフと出会うことにより、ドイツ赤軍派が誕生します。彼らは銀行強盗や爆弾テロを繰り返し、世間を震撼させます。そんなとき、ホルスト・ヘロルトがBKA(連邦刑事庁)長官に就任。コンピューターを駆使する最新技術を投入し、断固テロリストたちと戦う姿勢を見せるのでした。やがて初期のメンバーが次々と逮捕され、投獄されていきますが、RAFでは第二世代と呼ばれるメンバーが育っていました。

 投獄されたメンバーたちはハンガーストライキを決行。1名が死亡します。精神的に追い詰められたウルリケ・マインホフは独房の中で首を吊って自殺。その自殺をRAFメンバーは国家権力によって処刑されたと世論に訴え、獄中の仲間を釈放させるべく、さらにテロ行為を激化させるのでした。

 追い詰められたメンバーはパレスチナゲリラと組み、ルフトハンザ機181便「ランツフート号」のハイジャックを企てます。目的は仲間の釈放でした。しかし時のシュミット首相は毅然とした態度で臨み、テロリストとの交渉や妥協を一切拒みます。そしてミュンヘンオリンピックのテロ事件での苦い経験を元に結成された警察の特殊部隊GSG-9投入を決定。そして突入の末、人質の救出に成功します。その知らせに落胆するメンバーたち。そしてその結末は…

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 本作は1967年のパーレビ国王ベルリン訪問に反対するデモから始まり、1977年のルフトハンザハイジャック事件や実業家シュライヤー氏誘拐・殺害事件までの10年間を描いております。この10年間を2時間半に凝縮するのは、確かに大変だったと思います。ドイツの60年代、70年代の歴史がコンパクトにまとめられております。テロリストのドンパチが多いため、派手なアクション映画と思われがちなのですが、さにあらず。監督の話では、実際に撃たれた弾の数を調べ、忠実に再現したとのこと。観客をひきつけるための大げさな演出ではなく、あくまでも史実に基づいたものと知り、むしろ歴史の再現ドラマに近いという印象を受けました。

 モーリッツ・ブライプトロイはすんごい存在感。彼が出てきただけで、画面の空気が変わったような気がします。オーラ出まくり。彼を見ていると「演技をしている」という感じがまったくしません。役作りがうまいのか、それとも天性のカンで役になりきってしまうのか。とにかく難しい役を次々と完璧にこなす役者だな~と改めて感心。マルティナ・ゲデックも相変わらずの存在感。ノーメークに近いメークとボサボサ髪。独房で次第に精神のバランスを崩していく様を見事に表していました。見ていて感心したのがヨハンナ・ヴォカレク。この女優さんは「アイガー北壁」で幼なじみの記者を演じた人ですが、そのときは素朴で垢抜けない印象でした。その印象が一変。ハマり役だったように思います。

 そのほかにも、アレクサンドラ・マリア・ララ(めちゃくちゃキレイ!以前より華やかさが増したような…)、ハイノ・フェルヒ(映画「トンネル」でトンネル掘った人)、ハンナー・ヘルツシュプルング(初主演映画「4分間のピアニスト」でブレイクした女優さん)など、華やかな顔ぶれが見られました。

 この作品はテロリストたちを美化して描くこともなければ「巨悪」として描くスタンスでもなく、淡々と史実を追っているように思います。あの時代をどう判断するかは見る側に委ねられているのでしょう。

 ドイツの戦後史のキーワードRAF。現代の日本ではそれほど取り上げられることもありませんが、本作を観るとRAFのことが少し分かるような気がします。彼らの主張には正直な話、共感できませんし、彼らが自分たちのイデオロギーを正当化して起こしたテロ行為にも嫌悪感を覚えます。それでも驚いたのは、彼らが放つすさまじいエネルギー。デモで学生に発砲した警官が実はシュタージの手先だったことが最近明らかになりましたが、仮にその事実が当時明らかになったとしても、別のきっかけでRAF は生まれていたんではないか、と思えました。そのくらい、彼らのエネルギーは激しかったのではないかと。地下にたまったマグマが吹き出るような印象を受けました。なぜ彼らはあのような行為に走ったのか。何が彼らをそうさせたのか。世間は彼らをどう見ていたのか。難しいテーマですが、RAFを知るきっかけになると思います。ドイツにご興味がある方は必見♪ 「ハイジャック181」と合わせてご覧になると面白いかも。

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(本国の予告編です)



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2011/08/18(Thu)

UFA (ウーファ)映画会社

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 サイレント映画など、戦前の古~い映画でよく見かける「UFA」のロゴ。「ウーファ」映画会社はドイツの映画産業を支えたとともに、時代に翻弄された会社でもありました。ざざっと社史を調べると、波瀾万丈。以前、旧ブログで書いた日記ですが、こちらにも転載しちゃいました。

 ウーファ は、Universum Film AG (ウニヴァーズム・フィルム株式会社)の略。その前身は、1917年にドイツ陸軍省内に設立されたBufa (Bild- und Filmamt、写真・映画局)。設立の目的は、戦争用のプロパガンダを流し、戦意高揚に役立てることでした。第一次世界大戦のさなかでしたから。しかし参謀本部はBufa に満足せず、軍人 Ludendorff (ルーデンドルフ)が中心となって同年12月に大規模な映画会社を設立することになりました。それが ウーファで、政府の意を受けた化学資本(後のIGファルベン)、軍需資本(クルップ)、電気産業資本(AEG)、ドイツ銀行が資金を出しています。ウーファは有力映画会社を併合したほか、配給網や劇場も傘下に収めた大会社となりました。

 ウーファは記録映画、ニュース映画、文化映画、サイレント映画を作り始めます。ウーファによる「Kulturfilm(文化映画)」も見たことがありますが、今のNHKが作るような教育的な映画で、それなりに面白くためになる内容になっていました。

 その後の1921年に民営化され、娯楽映画の制作が中心となっていきます。ところが財政事情は悪化。何とか立て直すために1925年、アメリカのパラマウント社およびMGM 社と「Parufamet(パルファメット)」協定を締結。Parufamet とは、Paramount のPar と、Ufa と MGMのMetro~のMet と結びつけた名前だそうです。その内容は、400万ドルの融資を受ける見返りとして、Parufamet という名の配給会社を設立、パラマウント社とMGM 社の映画を年に20本ずつ上映するというものでした。ドイツの映画もアメリカで上映してもらう約束でしたが、それには「アメリカサイドが断ることもできる」という条項つきで、事実上はアメリカ優位の不平等な協定だったそうな。その結果、ドイツの映画館ではハリウッド映画ばかりが上映され、ウーファの財政難はますます深刻に。このパルファメット協定は1927年まで続きました。この窮地を救い、倒産寸前のウーファを買い取ったのは、ドイツ国家人民党の党首にして企業家の Hugenberg (フーゲンベルク)。しかし彼は、ナチに従順かつ深くかかわった人物で、後に経済相として入閣しています。

 ナチ政権になってからはゲッベルスの宣伝戦略に利用され、他の映画会社と同様、国有化されてしまいました。ナチスが映画というメディアを駆使して巧みに宣伝を行い、国民を洗脳していったのは有名な話ですよね。ゲッベルスの指導に従い、当時大勢いたといわれるユダヤ系の映画人を率先して社から追放したそうです…これがドイツ映画界にとっての悲劇の始まり。「アーリア人条項」により人材は次々と海外に流出。

 ドイツの敗戦と戦後の混乱期。東側にあったスタジオは、DEFA となり、東ドイツのプロパガンダを垂れ流す映画会社へ。西側に残ったウーファは紆余曲折を経て1956年に再び民営化…。

 …と、ざっと調べただけですがこんな感じでした。大変な時代を経てきたんですね。それにしても、才能ある映画関係者(監督、製作者、脚本家、カメラマン、映画音楽の作曲家、俳優など)が流出したのはイタかった・・・。レニ・リーフェンシュタールがナチス寄りの映画を作り続ける一方で、ナチスを嫌ってアメリカに渡った映画人たちはハリウッドで活躍する存在となっていきました。皮肉ですな。

(参考文献:キネマ旬報社「世界の映画作家34、ドイツ・北欧・ポーランド映画史)
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